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一体

作者: 地下林
掲載日:2026/03/08

 店に入ると、乾いたベルが鳴った。


 狭い店だった。

 壁の棚に、義手の指、膝関節、視覚補助アイ、古い医療フレームが並んでいる。掃除機のヘッドや充電器まで混ざっていて、売り物の境目が曖昧だった。


 カウンターの奥で新聞を畳んだ老人が、顔を上げた。

 視線が、真壁(まかべ)(りょう)の顔から左耳の後ろへ一瞬だけ滑る。


「何を探してる」


触覚束(しょっかくそく)¹だ」


「新品か中古か」


「登録外のやつ」


 老人は遼の胸の記章を見てから、肩をすくめた。


「うちはそういう店じゃない」


「第五世代の膝を棚に出してるのに」


 老人がちらりと棚を見る。

 銀色の膝関節ユニットが、箱にも入らずそのまま置かれていた。


「廃品で混ざることはある」


「同型が二週間で三件、感覚暴走を起こしてる」


「それで?」


「出所を探してる」


「熱心だね」


「仕事だ」


「そうかい」


 老人は新聞を脇へ寄せた。


「束線そのものはない。けど、君にはそっちの方が早いかもしれない」


「何が」


「待ってな」


 カウンターの下から端末が出てくる。老人は画面を叩き、遼の方へ滑らせた。


 在庫一覧だった。


 年式。損耗率。保証。認証残。

 品名の列に、《巡査仕様・旧市警払い下げ》のタグがいくつか並んでいる。


「……これは」


「同型だよ」


 老人は言った。


「その耳のライン、まだ現役だろ。なら書類も通しやすい。束線だけ追うより、本体ごと替えた方が早い」


 遼は画面を見たまま黙っていた。


「今の脚、少し鳴ってる」


「聞こえるのか」


「商売だからね」


 老人は自分の耳を指で叩いた。


「第五世代は膝から来る。束線だけ替えても、そのうち肩、腰、眼だ。どうせ順番にやるなら、一式で替えた方が工賃が浮く」


「俺は部品の相談をしに来たんじゃない」


「保守の話をしてるだけさ」


 老人はまた画面を払った。


 同じ型番。

 同じ旧市警仕様。

 外装B。右眼社外品。保証三か月。


「これなんか悪くない。慣らしも早いはずだ。顔殻(がんかく)²だけ今のを載せりゃ、ぱっと見じゃわからん」


「……同じ型を売るつもりか」


「君ら、同型がいちばん楽だよ。感覚のズレが少ない」


 老人は画面の端を指で叩いた。


「これなら一体百八十万。二体まとめるなら三百でいい」


 遼が顔を上げた。


「今、何て言った」


「百八十」


「その前だ」


 老人は少し考えてから言った。


「一体?」


 店の冷房が、どこかで低く鳴っていた。


「在庫なんだから、そう数えるだろ」


 遼は返事をしなかった。


 端末の上では、保証の欄が白く光っている。


 老人はそれを値段への反応だと思ったらしい。


「高く見えるかもしれないが、現役上がりはこんなもんだよ。雑に使われてない個体が多いからな」


「個体」


「気にするところかね」


 遼は画面を下に払った。まだ一覧は続いている。顔写真はない。型番と年式と保証だけが並んでいた。


「これを誰が売る」


「組合経由もあるし、家族が手放すこともある。更新しないやつもいる。いろいろだ」


「手放す」


「使わなくなったらそうなる」


 老人はカウンターの下から透明ケースを出した。中に細い束線が巻かれている。


「ほら、これだって同じだ。新品なら四十、中古なら十五。残すか替えるかは、結局金の話になる」


 遼はケースを見た。海藻みたいに細い線が何重にも重なっている。


「君の型はまだいい方だ。もっと古いやつは顔殻すら取れない。残すなら残すで金がかかる。家の者だって困る」


 遼は端末をカウンターへ戻した。


「触覚束はあるんだな」


「あるにはある」


「見せろ」


「先に言っとくが、焼き直し品はやめた方がいい。感覚が散る」


「どこから入る」


「そこまでは言えない」


「そうか」


 遼は扉へ向かった。


「令状でも持ってまた来るのかい」


「必要なら」


「困るね」


「困るだろうな」


 扉に手をかけたところで、老人が言った。


「巡査さん」


 遼は振り返らない。


「本当に悪く取らないでくれ。こういうのは早い者勝ちなんだ。今のうちに押さえとけば、後が楽になる」


 遼はそのまま外へ出た。


 夜気は冷たかった。

 運河の方から鈍い水の匂いがする。


 通信が入る。


『真壁、どうだった』


「黒に近い」


『踏み込めそうか』


「まだ薄い」


『了解。ほかは?』


 遼は少し歩いてから答えた。


「……中古が安いらしい」


『は?』


「いや。なんでもない」


 回線を切る。


 角を曲がる。

 濡れてもいない路面に、自分の足音だけが妙にはっきり響く。


 遼は右手を握った。

 内部で小さく、駆動音がした。


 そのまま手を開く。


 運河の向こうで、低い警笛が鳴った。


 一体百八十万。

¹ 触覚束しょっかくそく

「継続体において触覚情報の集約と伝達を担う束線ユニット。通常は皮膚下に配され、部位ごとの交換を前提として設計される。制度上は消耗部材として整理されるが、その交換可能性それ自体が、感覚を身体から切り離して管理対象へと変える契機でもある。」

 高槻蓮司『継続体制度批判序説――人格の継続と身体の可換性』白塔社、2047年、72頁。


² 顔殻がんかく

「継続体³の顔面部を構成する交換外殻。外観材であると同時に感覚素子および表情駆動層の保護部を兼ねる。実務上は外装材と機能部材の中間として扱われるが、そのことは顔貌が人格の表れである以前に、更新・流通・査定の対象として把握されていることを示す。」

 高槻『継続体制度批判序説』、91頁。


³ 継続体けいぞくたい

「継続認証⁴を経て、記憶・人格・権利義務の継続を認められた人工身体。法令上は本人性の継続が推定されるが、その実態は『人』の承認であると同時に、部品交換と外殻更新を前提とした維持可能個体の登録でもある。」

 高槻『継続体制度批判序説』、18頁。


継続認証けいぞくにんしょう

「人工身体移行後の個体を法的に本人として扱うための認証。戸籍、契約、就労その他の法的関係の継続は原則としてこれを前提とする。もっとも、この認証が確認しているのは人格の尊厳そのものではなく、社会が当該個体を従前の権利義務の担い手として引き続き処理可能である、という行政的判断である。」

 高槻『継続体制度批判序説』、31頁。

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