猫アレルギーは嘘の匂い
王都の外れにある小さなカフェ《Chat Noir》。
店主クロエは、猫と会話できる不思議な力を持つ元男爵令嬢だ。
昼下がり、柔らかなベルの音とともに、ミント色のドレスの令嬢が訪れた。
クラリッサ嬢。
肩の上には、雪のように白い猫・フロスティが乗っている。
「クロエさん……どうか、相談を聞いてくださいませ」
声が震えていた。
クラリッサの話によれば、婚約者ヴィンセントが突然こう言い出したのだ。
“急に猫アレルギーが出た。
だからフロスティを屋敷から出してほしい”
クラリッサは胸を押さえ、涙をこらえる。
「フロスティは私の家族なんです。
どうして急に……?」
カウンターの黒猫ノワールが、しっぽをゆっくり揺らした。
“怪しいね、クロエ”
クロエは静かに微笑んだ。
「少し調べてみましょう」
クラリッサは深く頭を下げた。
「お願いします……!」
◇◇◇
その日の夕方。
シャノワールの裏口へ、情報を集めてきた猫たちが次々と戻ってきた。
茶トラのルカが一番に飛び込んでくる。
「クロエ! 聞いてよ!
あいつ、アレルギーじゃないよ!
さっき、浮気相手の家の前で 野良猫を普通に撫でてたの!」
続いてサビ猫ローズが鼻を鳴らす。
「しかも、その女……猫嫌いみたいね。
“毛が服につくから嫌い”って言ってたわ」
ノワールが冷静にまとめた。
「つまり、こういうことだよ。
浮気相手が猫嫌い。
だからクラリッサの猫が邪魔で、ヴィンセントに “アレルギーのふり” をさせてるんだ」
クロエは息を呑んだ。
「最低ね……」
◇◇◇
翌朝、クラリッサは不安そうな顔で店に現れた。
クロエは猫たちの証言を、丁寧に伝える。
「―――クラリッサ嬢。
だからヴィンセント様は……アレルギーではありません」
クラリッサの顔がゆっくり青ざめていく。
「……浮気、していたのですか?」
クロエは静かに頷いた。
「フロスティを手放させたがっていたのは、猫嫌いのその女性です」
クラリッサの指が震える。
でもその瞳の奥に、強い意志が宿った。
「クロエさん……真実を教えてくださってありがとう。
私、すぐにこの婚約を終わらせます。
フロスティは、私が守ります」
フロスティが“にゃっ”と鋭く鳴いた。
——背筋の伸びた誇らしげな声だった。
◇◇◇
数日後。
伯爵家は正式に婚約破棄を申し渡し、
ヴィンセントの浮気は相手の家からも暴かれ、
彼は瞬く間に社交界で評判を失った。
一方クラリッサは——
凛とした笑顔で《Chat Noir》を訪れた。
「クロエさん。私、フロスティと旅に出て、心を整理してこようと思います」
肩の上のフロスティは尻尾を揺らし、
“もう大丈夫だよね”
とでも言っているみたい。
クロエは優しく微笑んだ。
「あなたは強いわ。
きっと、次はあなたとフロスティを心から大切にしてくれる人と出会えます」
ノワールたちが“にゃー”と合唱する。
祝福の歌のように、柔らかく響いた。
《Chat Noir》には、またひとつ嘘が暴かれ、
ひとりの未来が救われた香りが広がっていた——。




