2つの素顔
初めて書いた物語です。
静かな辺境を舞台に、少し不器用で、でもまっすぐな二人の心の距離を書きたいと思いました。
派手な戦いや劇的な展開ではなく、穏やかな空気を感じてもらえたら嬉しいです。
森の中を駆け抜けるたび、剣が手に馴染む。
私はリヴィア・アルマンド、辺境の貴族の娘。
家族の名誉と領地を守るため、男装して騎士として振る舞う日々を送っている。周囲には私が女であることなど分かっていない――そう信じているけれど、心の奥には小さな緊張がある。
木漏れ日が枝の間を差し、森の空気はひんやりとして心を引き締める。鳥のさえずり、風に揺れる枝葉の音、遠くで水が流れる音――森のすべてが私の感覚を研ぎ澄ます。
軽く息を整え、剣の感触を確かめる。今日も、いつ襲ってくるか分からない危機に備える日だ。
突然、森の奥から小さな悲鳴が響く。瞬時に駆け出す。音の方向へ向かうと、木陰に少女が立っている――長い白銀の髪、透き通った蒼の瞳、柔らかな顔立ち、高貴な気品を纏っている。優雅な女の子だと思った瞬間、胸が跳ねるのを感じた。
「落ち着いて、わたくしが守るわ」
その声は柔らかいけれど、どこか凛とした力がある。女の子のはずなのに、どうしてこんなにも安心感があるのだろう――。
「……わかった」
私は剣を握り、森の中で襲いかかる獣たちに立ち向かう。戦闘は私の得意分野だが、この少女を守るという思いは、単なる任務以上のものだった。心臓の奥が熱くなる。
敵は木々の間を飛び回り、爪や牙で襲いかかってくる。私は剣を振るいながら、相手の動き、森の地形、足元の枝の位置――すべてを意識する。彼女は戦闘能力は高くないが、森の地形や敵の動きを読み、私に指示を出す。小さな目配せで意図を伝えるその冷静さに、次第に信頼を覚える。
戦闘が終わり、森は再び静寂に包まれる。木々の隙間から差し込む光の中、彼女の目が私をじっと見つめる。心がざわついた。
「……あなた、すごく強いのね」
「……君、すごく聡明だね」
「わたくし、セリアンと申しますわ。
先程は助けて頂きありがとうございます」
「私はリヴィア・アルマンド。
君の的確な指示で私も助かったよ」
微笑みが交わされると、胸の奥で小さな高鳴りを覚える。女の子として尊敬と憧れの入り混じった気持ち――騎士として守りたいという思いが芽生えた瞬間だった。
翌日、森の中で偶然再び顔を合わせる。男として振る舞う私のことを彼女は知っているのだろうか。私は彼女が気づかないことを願いながら、心の奥で小さく思う――「もっと彼女と話がしたい」。
「今日は森が静かだね」
「そうね、でも油断は禁物よ。昨日の獣たちも、森の奥まで追ってきそうだわ」
「……きみは、どうしてここに来たんだ?」
「……わたくしの用事よ。でも、あなたに会うためでもあるかもしれないわ」
その言葉に胸が少し熱くなる。私は道案内のふりをして少し彼女の前を歩く。枝葉を払い、道を整えながら、心の中では「守る存在でありたい」と思う。
「ねぇ、あの怪我は大丈夫?」
「……ああ、少し擦りむいただけよ。心配してくれてありがとう」
こんな会話の中でも、心はドキドキする。騎士として守りたい気持ちと、女の子として惹かれる気持ち――二つの思いが交差して胸を温かくする。
森の小道を進むたび、私は彼女の仕草を観察する。木の葉が揺れるたびに髪が頬にかかる指先、剣の手入れを見ながら瞳を輝かせる様子――些細な動作のすべてが私の心を揺さぶる。
数日後、森の奥で偵察をしていると、かすかな音に背筋が凍る。枝が折れる音、落ち葉のざわめき――敵か、野生の獣か。剣を握り直し、息を整える。
「右側、茂みの影に敵影!」
私は即座に指示を出す。彼女――セリアンは小さな剣しか持っていないが、目の奥に冷静さと確信が宿る。私の動きを読み、軽やかに位置取りを変え、敵を誘導する。
敵の一体が飛び出し、森の茂みに潜む。私は冷静に対応するが、胸は高鳴る。戦闘のリズムは、まるで息を合わせるダンスのようだ。彼女の一瞬の目配せ、手の動き、微かな呼吸の乱れ――すべてが私に情報を与える。
「こっちよ、追って来てるわ!」
「わかった、私が誘導する」
声を交わすたび、自然と心が通じ合う。戦場では言葉よりも動作が先に信頼を伝える。敵を振り切った後、茂みの奥で息を整える。
「……リヴィア、あなたはどうしてそんなに冷静なの?」
「生き延びるためだよ。でも、きみの存在が心強い」
「わたくしの存在……そう思ってくれてるのね」
「もちろん。きみがそばにいてくれるから戦えるんだ」
言葉にしなくても、互いの呼吸で心が繋がるのを感じた。胸の奥が暖かくなる。
戦闘の後、森で休息する時間も増えた。木陰で水を分け合い、野生の小鹿に出会う。剣を構えるが、目を丸くして立ち止まる。
「どうするつもりなんだ?」
「大丈夫、逃がすわよ」
小さな笑顔を交わす瞬間、森の静けさが二人だけの世界のように感じられる。木の枝に引っかかった果実を見つけ、取り合うと互いに笑い合う。些細な日常が、心の距離を少しずつ縮める。
「君は本当に森が似合うね」
「あなたもね。戦いの合間の静けさの中で、少しずつ知る姿が素敵だわ」
彼女の言葉に胸が高鳴る。守るだけではなく、互いを認め合う存在――それが今の私たちだと実感する。
ある夕暮れ、森の縁で風が二人の髪を揺らす。ふと彼女の裾が揺れた瞬間、目の端に映ったその姿に息を呑む。――女の子として見ていた彼女は、女装していたのだ。戦場では分からなかった本当の姿が、今、はっきりと目に映る。
「……セリアン、女装していたの?」
僕は一瞬躊躇する。心臓が高鳴り、声が震えるかもしれない。
「そうだ。君の男装は最初から知っていた」
「……え?」
「君が森で戦う姿を、ずっと見ていた。
だから、僕はずっとそばにいたかったんだ」
目を見開いた彼女の瞳に、驚きと戸惑い、少しの安堵が混じる。僕の手が少し震えながらも、差し出す。
「僕は……セリアン・ヴァレンティン、この国の第三王子だ」
その瞬間、森の光が二人の間で揺れ、影と光が交錯する。彼女の胸の高鳴り、僕の心臓の鼓動――互いに響き合う。
「……でも、なぜこんな所に?」
「僕の命は狙われている。だから、辺境に隠れているんだ。
ずっと不安だった、でも、君のそばにいると安心できる」
沈黙の中、彼女の手がそっと僕の手を握る。驚き、戸惑い、安心、喜び――複雑な感情が交錯する瞬間だ。
「守りたい、ずっとそばにいたい――」
その思いを胸に、僕は彼女の瞳を見つめる。互いに秘密を抱えていた日々も、この瞬間には意味を持つ。
森の風が、二人の髪を揺らす。影に隠れ生きてきた二つの素顔は、ついに重なり合う。
だが、心の奥に微かな疑問が残る――彼女の家族や、この森に潜む不穏な気配……。完全に安全ではないことを、私たちはまだ知らない。
それでも、今はただ互いの手を握り合い、信頼と恋心に包まれている。秘密と恐れを越えた先に、未来の可能性がゆっくりと広がっていた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
お互いに秘密を抱えたままでも、確かに通じ合っているそんな関係を書けたらと思いました。




