第九話
※執筆にAIツールを使用しています。
※カクヨム様にも投稿しました。
ドリュアによる能力講座が終わり、森の影がすっかり長くなった頃、小道もない茂みを抜け、俺たちはようやく目的地へと到着した。
そこは、目を疑うような光景だった。
俺たちの目の前にそびえ立っていたのは、樹齢など見当もつかないほどに太く、巨大な一本の木だった。
何本もの太い腕のように枝が広がり、その一つひとつが、白銀の衣をまとうように雪を載せていた。
幹は悠久の時を刻んだかのようにねじれ、深く苔むしたその肌には、雪がところどころに積もり、緑と白がまだら模様を描いていた。
あたりはしんと静まり返り、吐く息が白く流れていく音すら聞こえそうなほど、空気は凍りつくように澄んでいる。
その根元近くには、ぽっかりと大きな洞が開いていた。
降り積もった雪に縁取られたその入口は、まるで太古の獣が雪に埋もれながら静かに眠りについているかのような佇まいだった。
「ワフ……(すげぇ……!)」
俺は思わず感嘆の声を上げた。
まるで、ファンタジーの世界に出てくる精霊の住処そのものだ。
ユユが洞に向かってぺこりと頭を下げると、枝の先の葉がさらさらと揺れた。
風が吹いたわけではない。
それは、そこに宿る存在が――この大木に息づく精霊が、返事をしたのだ。
『この大樹は、野営と比べれば天国と地獄ほどの差があります。
心して感謝してください。』
ドリュアが口を開き、背筋を伸ばして洞の中に入って行く。
ユユが軽やかにその後に続き、俺もついて行くと、中は、原始的な動物の巣のように見えた。
木の皮が剥がれたような床、草の葉で編まれた寝床、光源は天井のどこかで光る苔のようなものだけ。
しかし、足を踏み入れた瞬間に、ふわりと包まれるような温もりが体を撫でた。
空気は柔らかく、音は静かで、森の外とはまるで別世界のようだった。
――気がつけば、尻尾が勝手に振れていた。
その居心地の良さに、本能が歓喜していた。
『この大樹にも、精霊が宿っています。
その恩恵で、冬の凍えるような夜でも、中は常に温かく保たれるのです。』
ドリュアが説明してくれた。
なるほど、道理で居心地がいいわけだ。
外の厳しい寒さが嘘のように、心地よい温もりに包まれる。
ユユは洞の中央あたりにたどり着くと、ようやく、顔を覆っていたフードをゆっくりと脱いだ。
「ワフン?」
その瞬間、俺は思わず目を丸くした。
フードの下から現れたのは、黒い髪の間からぴょこんと生えた、小さなケモミミだった。
犬耳でも、猫耳でも、ウサ耳でもない。
ぺらりとした形のそれは、可愛らしい耳だった。
それまでフードで隠されていたため全く気づかなかったが、確かにユユの頭に、それらは自然に収まっていた。
ドリュアは、俺の驚きを察したのか、得意げに鼻を鳴らした。
そして、ユユの隣に寄り添い、説明を始めた。
『ユユは、亜人という種族に分類されます。
厳密には、半人半蝙蝠の亜人です。
耳と羽根はその証拠です』
俺はユユの後ろに回り込み羽の存在を確認しようとしたが、服の中に隠れているのか羽は見えず、ついでにシッポは……
『ちなみに、尻尾はありません。』
ドリュアは俺の行動を見透かしたかのように、侮蔑を込めたかのように念話で突っ込んできた。
……そうか、シッポはないのか、いや、何も期待などしてないけど
「ワフゥ……(ハーフ……そうなのか……)」
俺は小さく一鳴きした。
ユユはにかっと笑うと、ほんのりと尖った小さな八重歯も、彼女の可愛らしさを引き立てている。
どこか異質で、でも、親しみを持たせる笑顔だった。
ユユは、俺が耳を見つめていることに気づいたのか、照れたように俺を抱きかかえ、そのまま突然、『モフモフ、だいすき!』と念話で叫びながら、俺を抱きしめたまま洞の中を駆け回り始めた。
「ワフン!?(ちょ、おま、いきなりかよ!?)」
ユユの小さな体が、俺を抱きかかえながら、洞の中をぐるぐる、ぴょんぴょんと跳ねる。
まるで、興奮した子犬がじゃれつくようだ。
俺も釣られてテンションが上がり、ユユの首元に顔をうずめて「ワフフフフ!」と笑い声を上げた。
よし、こうなったらドリュアも巻き込んでやる!
俺は、ユユの腕の中で体をよじり、宙に漂うドリュアに狙いを定めた。
そして、ユユの体を踏み台にするように、勢いよく頭を突き出す。
「ワフン!(ドリュア!俺のモフモフアタックを受け止めろ!)」
そう叫ぶと、俺の頭は、何の抵抗もなくドリュアの体を通り抜けた。
「ワフッ!?」
すかっ、と空を切った感触。
ドリュアは、俺の頭が自分をすり抜けたことに、全く動じる様子を見せない。
むしろ、わずかにモノクルの奥の目を細め、呆れたように鼻を鳴らした。
『やれやれ。
無駄な労力ですね、モコオ。
私たち精霊族は、物理的な干渉を受け付けません。』
ドリュアの念話が、脳に直接響く。
その声には、微塵も慌てる気配がない。
『私たち精霊族は、いわば“精神体”に近い存在です。
イヌコロのその毛玉めいた頭突きも、爪も牙も、私には一切通じません。』
「ワフン……(うそ……だろ……?)」
俺は唖然として、目の前で飄々と漂うドリュアを見上げた。
そうか、精霊ってそういうことか!
納得がいったと同時に、ものすごく悔しい気持ちになった。
この小さくて生意気な執事を、いつかギャフンと言わせてやりたいと思っていたのに……物理攻撃が通用しないなんて、チートすぎるだろ!
「まぁ、逆に私たち精霊族は物理攻撃をすることも出来ないのですがね……」
ドリュアが異世界言語で何かをつぶやくのを聞いたが、俺には理解できない。
だが、何か大事なことを言ったような気がする!
「ガウガウ!(おいドリュア、念話使ってくれよ!異世界語じゃわからん!)」
『ふん、何でもありません、お気になさらずに』
ドリュアからはつれない念話が返ってくるだけだった。
ユユはそんな俺たちのやり取りなど気にせず、「モコオ、つぎはこっち!」と、無邪気に俺を抱きしめたまま洞の奥へと駆けていくのだった。
洞の外で木の枝の雪が一斉に「どさっ……」と落ちた。
まるで大樹が笑っているかのように。
森の静けさが、また少しだけ、温かくなったような気がした。
しばらくして、ユユが急に「お腹すいた!」と念話で訴えかけてきた。
俺も腹の虫がぐぅ、と鳴り響いている。
『やれやれ。
食欲旺盛なのは良いことです。
食事にしましょう、ユユ。
モコオも。』
ドリュアがそう言うと、どこからともなく、色とりどりの木の実や、干からびた果物が現れた。
おそらく、精霊族がユユのために集め、保存しておいたものだろう。
肉こそ見当たらないが、こうして用意してもらった食事に文句を言うほど、俺は図々しくない。
出されたものをありがたくいただくのが礼儀だ。
俺は差し出された木の実をパクリと頬張った。
うん、素朴な味だが、悪くない。
干し果物も甘酸っぱくて、意外と美味い。
ユユは目を輝かせながら、両手に持った木の実を夢中で頬張っている。
そんなユユの様子を見ていると、俺の心も満たされるような気がした。
食事が一段落した頃、俺はドリュアに念話で問いかけた。
「ワフ……(なあ、ドリュア。お前とユユの能力は、大体わかった。
だが、俺がどんな能力を持っているのか、それが分かる方法はないのか?)」
俺の問いに、ドリュアは一瞬沈黙した。
いつもならすぐに軽口を叩く彼が、珍しく考えるような素振りを見せた。
モノクルの奥の目が、何かを探るように細められる。
『……ふむ。』
ドリュアは宙を漂いながら、腕を組み、小さく唸った。
その表情は、普段の尊大なものではなく、真剣な探求者のそれだった。
『何人か思い当たる仲間がいます。
連絡を取ってみますが……モコオは覚悟していたほうが良いですね。』
ドリュアは、口の端をわずかに持ち上げ、子供の容姿に似合わない大人びた笑みを浮かべている。
その隣で、ユユは頬をふくらませながら、乾燥果物をむぐむぐと頬張っていた。
凍てつく森の奥深く、粗末な木の洞の中で、俺は人生で初めて味わうような、穏やかな幸福感に包まれていた。
それは、決して豪華な食事でも、快適な寝床でもない。
しかし、隣で笑い、無邪気に食べ物を頬張るユユの姿と、小言を言いながらも、どこか安心感を与えるドリュアの存在が、俺の心を深く満たした。
たった一日の付き合いだが、この異世界で初めて、心から落ち着ける場所を見つけたような気がした。
肩の力が抜け、全身の毛がふわりと逆撫でられるように心地よい。
まるで、ずっと探し求めていた、柔らかな毛布に包まれているような、そんな幸福感が、この洞の中を満たしていた。
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