第七話
※執筆にAIツールを使用しています。
※カクヨム様にも投稿しました。
──なぜだ。
どうして、ばれた。
確信を突くようなその一言に、俺は思わず身を固くした。
俺の中身が人間だと見抜いたのか?
それとも、ただの勘?
呼吸の音が止まる。
まるで小石を呑みこんだように、喉が詰まった。
今の言葉、俺の正体に……いや、少なくとも"異質"な存在であることに気づいているような……?
しかし、その緊張は次の瞬間、霧散した。
ドリュアの言葉が終わると同時に、その姿が、俺の目の前に完全に実体化したからだ。
そこにいたのは、十歳ほどの少年。
艶やかなプラチナシルバーの長髪を後ろで綺麗にまとめ、片目には大きめのモノクルを嵌めている。
腕を後ろ手に組み胸を張り、磨き上げられたような燕尾服を身につけている。
その姿は、確かに完璧な執事そのものだった。
だが、俺は、耐えきれずに吹き出してしまった。
「ワフッ……!」
──え、なにこれ……ちっさ!?
声の主、ドリュアと名乗った精霊は、俺の目線の少し上、少女の肩のあたりで宙に浮かんでいた。
その姿は、どう見ても“人形”サイズ。
大きさはせいぜい、アクションフィギュアか、デッサン用の木製モデルくらい。
偉そうに見下ろしてくる視線は、確かに上からだったが、幼い子供が一生懸命真面目そのものの顔で、大人の真似をしている様な姿は、微笑ましくも滑稽で、俺の緊張を根こそぎ持っていった。
しかもその小さな顔には、くるんと巻いた立派な──いや、立派すぎるカイゼル髭。
――あの名探偵ポ〇ロのような、ぴんと跳ね上がったカイゼル髭が、真剣な表情の上に鎮座していたのだ。
「ワフッ、ワフフッ!」
いけないと思いつつも、こみ上げる笑いを止められなかった。
『……わんこ、今、笑いましたね?』
不愉快な感情を隠さずドリュアは念話で話しかけてきた。
──え、いや、だってショタ執事がカイゼル髭って、ギャップありすぎだろw
『ユユはすき!ドリュアのおひげ!すごくよい!』
念話で話に割り込んできたユユを見ると、ユユも小さな体の胸を張り、なぜかとても自慢げに仁王立ちをしている。
その純真な言葉と、自慢げなユユの姿。
その光景が、さらに俺の笑いのツボを刺激した。
「ワフフッ、ワフフフフフフフフッ!」
いけない、いけないと思いつつも、もう笑いが止まらない。
涙目になりながら雪に転がり、必死に笑いをこらえようと、鼻先を雪に埋めた。
しかし、ぶるぶると震える体は、笑いの発作を抑えつけることなどできやしない。
『ふん、何がおかしいのですか?“人は理想によって育つ”――この真理を、あなたのような本能丸出しの毛玉に語っても無駄でしょうが、一応申しておきましょう。
この一糸乱れぬ燕尾服、この落ち着き払った凛々しき物腰、全てが最も高尚で、最も優雅で、そして最も教育的な模範なのです!
わたしは、ユユの成長を照らす灯台、精神の錬金術師、理想を具現した存在!
そしてなにより芸術的で知性がにじみ出るこの跳ね上がったカイゼル髭に、どれだけの威厳と風格が詰まっているか、お分かりですか?
理解できぬなら、せめてその無理解を恥じなさい、駄ワンコ!』
鼻で笑い見下すような言い草でドリュアの念話が届き、それに合わせるようにユユからも、自分はわかってる感を感じさせる念話が割り込む。
『モコはおこちゃまわんこ、おひげのよさまだわからない、しかたないなぁ』
──え、その髭そんなに大事なの?
俺には理解できない二人の髭話念話で、押さえつけることができなかった笑いの発作がすんっと引いていく、これ以上髭話を長引かせたくないため、露骨に話を変え……
「ワオンワンワン?(あー、すまん、何の話をしてたんだっけ?)」
ドリュアはモノクルの奥から、冷徹な視線を向けてくる。
先ほどの騒ぎが嘘のように。
『コホン。私が姿を現し、自己紹介を終えたのですから、次はそちらの番でしょう。
あなたは何者“なに”なのです?』
ドリュアの静かな声が、心に直接響く。
その声には、先ほどの怒りはなく、ただ純粋な問いかけだけがあった。
「……ワフ。(どう説明すればいいかな……正直、俺にもよく分かってないんだ。)」
『ん?』
「……ワフフッ。(気が付いたら、この雪の中にいた。ここがどこなのかも、まるで分からない。)」
『ふむ。』
「……ワフ、ワフゥ。(俺は、日本っていう場所から来た人間なんだと思う……)」
『それは……記憶が曖昧ということですか?』
「……ワフ、ワフワフ(……なんていうか、“日本”って国の記憶だけはある。そこの暮らしとか、習慣とか。だからたぶん、俺は元々そこにいた人間……けど、自分の名前とか、大事な記憶がすっぽり抜け落ちてる。)」
俺の言葉に、ドリュアは眉根を寄せた。
理解しがたいものを見るような視線だった。
「ワフッフ、ワフウゥゥ(今は、こんな子狼の姿だけど……中身は成人した大人の日本男子だと思う)」
ユユが『モフコロおじさんっ?』と呟き、俺は心の中で泣いた。
いろんな意味で……
『ユユ。』
ドリュアの静かだが、有無を言わせぬ声が響いた。
『時に、真実は人を傷つけるものです。
配慮が足りません。
率直すぎる発言は控えるよう、日頃から申し上げておりますね。』
ドリュアは淡々とユユを諭す。
ユユは、叱られたことに不満げに口を尖らせたが、『はーい……』と小さな声で返事をした。
ドリュアは再び、モノクルの奥から俺をじっと見据える。
『さて。記憶の欠落や“ニホン”とやらについてと、本質がニホンの成年男子ということはひとまず置いておきましょう。』
「ワフ!ワフ!!(大事だから、成年のお兄さん大事だからね!)」
「もふころおじ……」
ユユのつぶやきは異世界語のため意味は理解できない、理解できないが俺にはハッキリとおじさん扱いして喜んでるユユの感情だけはビシッと伝わってくる。
ドリュアが咳払いをひとつすると、こちらへ静かに問いかけてきた。
『……ご高齢なのかはひとまず置いておきましょう。
……それと別世界の話は噂で聞き覚えがあります……』
「がう!」
……まじか!!
高齢者扱いされたことなどすっ飛ばし、俺の頭の中で、まるで雷鳴が轟いたかのような衝撃が走った。
全身の毛が逆立ち、尻尾がビーンと跳ね上がり、心臓がバクバクと暴れ出す。
期待と混乱と、そして一抹の恐怖が入り混じった感情が、俺の脳を駆け巡った。
「ワフッ、ワフン!(その噂!詳しく教えてくれ!どんな話なんだ!?)」
俺は食い気味に、前のめりになってドリュアに詰め寄った。
藁にもすがる思いだった。
この状況を理解する手掛かりが、ようやく見つかるかもしれない。
ドリュアは、そんな俺の狼狽ぶりに、わずかに目を細めた。
『あくまで噂ですが……別の世界の知識を持つ“マレビト”という存在が、過去に暮らしていたとの記録を目にしたことがあります。』
「クゥン!?」
“マレビト”。
ドリュアの口から出たその言葉に、俺の胸は高鳴る。
……別世界の知識を持つマレビト……それって、“転生者”か“転移者”じゃないのか?
つまり……先輩がいたのか!?
俺と同じような存在なのか?
日本から来た、という自分の記憶と結びつくのか?
「ワフフッ!?(マレビトって、どんなやつなんだ!?どこにいたんだ!?どんな知識を持っていたんだ!?)」
矢継ぎ早に問いかける俺に、しかしドリュアは、小さく首を横に振った。
『残念ながら。
それ以上の詳しいことは、わたくしも存じ上げません。
断片的な記録を、ごく稀に耳にしたことがある程度です。
それも、信頼に足る情報源かどうかも定かではありません。』
ドリュアの言葉は、冷たい雪のように俺の胸に降り積もった。
俺の期待は、はかなくも打ち砕かれる。
結局、何も分からないままか……。
しゅんと垂れる耳。
しっぽもだらんと下がる。
身体から、急速に力が抜けていくのを感じた。
『モコオ、大丈夫?お腹すいた?』
ユユからも俺を同情し哀し気な感情とともに、何もわからないなりに俺を気遣う念話が届く。
『さて、マレビトについては分からないことばかりですが……もう一つ分からないことを解決したいと思います。
……あなたは――本当に“狼”なのですか?』
俺はこれだけは被るように即答した。
「ワフッ!(断言できる!俺は狼だ!)」
俺は、もはや理屈ではなく、精神論で押し通すことにした。
「ワフワフ!アオォォ-ン(この魂が!この本能が狼だと叫んでいるんだ!
野生の気高さと孤独を背負った、誇り高き……)」
『イヌコロですね』
『ワンコ!モフコロおじさん!モコオだよ!!』
ドリュアとユユが同時に念話で犬呼ばわりしてきたため、俺は思わず反論の声を上げた。
「ワン!ワフン!(いや、狼だって!
ちょっとモフいけど、子狼、特に子ニホンオオカミは丸いんだ!)」
『モコオ、わんわんがうがう、かっこいいモコオだよ!』
ユユの親しみや愛情のこもった暖かな感情とともに念話で語りかけてくる。
「ワフ!ワフワン!(ユユ!さっきから犬なのかどうかも分からんモコオってなんだよ!!)」
ユユはきょとんとした表情で何を言ってるのと不思議さを感じさせながら
『もふのモ、ころのコ、おじさんのオだよ?
モコオ。』
「ワォォォーン!!!(お兄さんな!せめてお兄さん!!)」
本人の了承なく、強制的に“モコオ”と名付けられた、自称狼な子アラスカンマラミュート(標準的成人日本男子)の魂の叫びが、真っ白な雪景色がまぶしい森の中に吸い込まれていった。
読んでいただきありがとうございました。
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