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第六話

※執筆にAIツールを使用しています。

※カクヨム様にも投稿しました。

 コブウサギとの死闘を終え、俺は雪の上にへたり込んだ。

 全身の傷がズキズキと痛み、冷えた体が震える。

 だが、心には温かい火が灯っていた。


 戦いの興奮はまだ尾を引いていたが、あのウサギを退けたことで、俺の鼻先に漂っていた緊張の臭いはゆっくりと薄れていった。

 傷ついた体はまだ痛むが、動けなくはない。

 むしろ問題は別のところにある。


──気配だ。


 少女のすぐ傍に、人の気配とは異なる、奇妙に澄んでいて、それでいて違和感を伴った存在がある。

 姿は見えない。

 だが、鼻先に引っかかる何かが確かにそこにいた。

「んーっとねぇ、モココロ、いっしょにいる!」

 少女がそう呟いた。

 俺はその言葉を理解できなかった。

 言葉そのものが、異世界語なのだ。

 だが、言葉の抑揚や息遣い、そしてなによりも彼女の放つ感情がぼんやりと伝わってくる。

 ──嬉しそうだ。

 ほんのりと、甘い花の匂い。

 その匂いに安心しかけた瞬間、少女の後ろの気配が動いた。


「ユユ、そのような汚らしい野良犬を拾ってきてはいけません。

 病気を持っている可能性もあります。

 元の場所へ戻してきなさい。」


 言葉の意味は分からない、だが、その声を聞いたユユの顔が一瞬にして曇った。

 まるで、温かい陽だまりに冷たい影が落ちたような。

 その変化が、俺の心にざらつくような不快感となって伝わってくる。

 明らかに、今発せられた言葉は、ユユを悲しませるものだと直感した。


 次の瞬間、少女が口を尖らせて叫んだ。

「モコきたくない!ユユのともだち!」

 声に反応して、気配がため息をついたように揺れた。


『しょうがないですね……おいイヌコロ、この子はユユ。

 ユユがお前と親しくしてやってもいいと言っています。』


 ──な、なにィ!?

 突然頭の中に響いたその声に、俺は全身の毛を逆立てて飛び退いた。

 姿の見えない存在からの、明確な“声”が脳に直接響いてくる。

 しかも、その口調は妙に偉そうで、そして腹立たしい。


 ──誰がイヌコロだ!俺は狼だ!!……って、待て。今のは……思念か?念話?


「ガウ!」


 声の主に対して威嚇するように、子犬は短く唸った。


 ──黙れ、鼻の奥がムズムズするような奴め!


 感情の揺らぎが、少女から伝わってくる。

 不安、困惑、そして悲しみ。

 子犬は少女を見た。

 少女は、ちらちらと宙を見上げながら、小さな手を胸の前でぎゅっと握りしめていた。


「ドリュア、モココロ、びっくりしてる、いじわるだめだよ?」


「さて?何のこと――」


「やーめーてー!ユユ、モココロ、すごくわかってる!」

 泣きそうな声が、冷たく感じていた空気を一変させた。

 俺は、彼女の小さな両目からこぼれそうな涙の匂いに、動きを止めた。


「ドリュア、おねがい。モココロにユユのこと、つたえて」


 しばし沈黙ののち、あの不遜な声が再び頭に響く。


『……わかりました。まったく……おい、ワンコ。

 あの子はお前を、友達だと思っているらしい。

 まあ、感情を共有して多少気に入ったのかもしれませんね』


 ──感情?共有だと?

 子犬が困惑するうちに、念話で話しかけてきた存在は、さらに説明を重ねてきた。


『ユユはまだ5歳だか特別な力がある。

 ひとつは感覚共有、視覚・聴覚・触覚などを、他者と一部だけリンクできる。

 もうひとつは感情共有、お前がさっき感じた心の波はそれだ。

 そして、能力共有。

 彼女が認めた相手と、彼女に能力を貸すことを了承した相手の力を部分的に共有する能力だ』


 ……じゃあ、今まで感じていた感情のうねりは……あの子の?

 俺の胸に、ささやかな安心感が差し込んだ。

 未知の世界や存在に翻弄されているだけではない。

 彼女とつながっていた。

 その確かな感覚。

 しかし――


『お前のような得体の知れぬ生き物との繋がりなど、本来なら不快極まりないのです。

 だが、ユユが望むならば、私が代わりに意思を伝えてあげましょう。

 少しは感謝してほしいですね』


──くっ、なんという上から目線……!

 「ガウッ!」

 抗議の吠えを上げると、少女がくすっと笑った。

 涙はすっかり引っ込んで、満足げな表情になっている。


「モココロ、すき!」


 言葉はわからない。

 けれど、はっきりと愛情や信頼といった感情が体に流れ込み、ふわっと温かい気持ちに包まれる。


「ドリュア、おねがい。モココロ にユユたちのこと、つたえて」


 しばし沈黙ののち、あの不遜な声が再び頭に響く。


『そうですね……少し、このワンコに興味がないといえば、嘘になりますし……良いでしょう。

 さて、ワンコ。

 ユユの気持ちは分かりますね?

 無駄に騒いでユユを悲しませる前に、もう少し私の話を聞きなさい。』


 不遜な何かが俺のほうに少し近づく気配を感じる。


『私は精霊族のドリュア。

 精霊族はこの世界に遍く存在します。

 ワンコには見えないでしょうが、あらゆるものに宿っています。』


 正直、偉そうでムカつく。

 だが、ユユの感情は本物だ。

 この不遜な何者か──ドリュアの話には、俺の知らないこの世界の情報がある。

 聞かない手はない。


「ワフゥ……」


 俺は小さく鼻を鳴らし、ユユに寄り添うように座り直した。

 表面的には従順な態度を示す。

 しかし、耳はドリュアの言葉を一言たりとも聞き漏らすまいと、ピンと立っている。


「モコモココロコロ とユユ!」


 ユユは目をキラキラさせ、俺の体を抱きかかえたかと思うと、そのまま雪の上で小さな体をゴロゴロと転がし始めた。

 俺の体も巻き込まれ、雪まみれになりながらも、ユユからは“楽しい!嬉しい!”という感情がひしひしと伝わってくる。

 八重歯をのぞかせ、ケラケラと笑う声が、白い森に響き渡った。


『コホン!ユユ、いい加減にしなさい!』


 ドリュアの念話が、不意に厳しく響いた。

 ユユはゴロゴロするのをピタリと止め、きょとんとした顔で宙を見上げる。

 俺の心に、“怒ってる??”というユユの感情が流れ込んできた。


『こらユユ!なにをしているのですか!

 今は、大事な話をしている最中ですよ!

 まったく、私はこのワンコに、この世界の精霊族の存在意義を──……』


 ──やばい、怒ってる。

 しかも長そう……


 俺はユユを見上げ、全身から「たすけて……」「ヘルプ……」「ギブっす、マジギブっす……」と、この思い伝われと必死に感情を訴えかける。


 ユユに俺の感情が伝わったのか、ユユは肩を落とし、ついさっきまでの笑顔を消し、顔を伏せた。


『モココロ が、ちょっとだけ……反省、するって……』

 と、ユユが念話で伝えてきた。


 ……えっ?俺?だけ?


 ……俺が悪いの??


 ……いや、助けを求めたけれども、俺の感情ほんとに共有してる??


 ドリュアは鼻を鳴らすように念話で話しかける。

『……フン。まったく、駄ワンコはしょうがないですねぇ……』


 ユユは残念な子をかばうように念話で割り込んでくる。

『ちがう!だめちがう!モココロ はまだおこちゃまなんだよ!』


 ……いやいやいや

 ……駄ワンコでも、おこちゃまでもねーし!

 ……俺は狼!

 ……知恵のある偉大な狼!賢狼でありんす!!

 ………あ、いや、ちがう、中身人間だから、標準的成人日本人!!


 ……

 ……

 ……――あれ?3人で念話?会話ができる??


『ふっ、それがユユの〝能力共有〟です。

 私の念話の能力を共有しているのです。

 それでは、キチンと話を聞きなさい。

 よいですか?』


「……ガウゥゥ……」


 ……くっ、“やれやれ”みたいな態度が心底むかつく、だが、色々知らなきゃいけないことも多いから……

 ……くそ、なき寝入ってやる……ガウガウ……


 寝たふりをしながらも、しかし、耳はドリュアの言葉を一言たりとも聞き漏らすまいと、ピンと立っている。


『……ふう、ま、良いでしょう。

 では、再度私の自己紹介から……』


 ドリュアの気配が、これまでとは比べ物にならないほど濃く、鮮やかになり、目の前の空間が、まるで水面のようにゆらりと歪んだ。

 その歪みは、次第に広がり、内部から深いプラチナシルバーの霧が溢れ出す。

 霧は渦を巻き、まるで銀河が生まれるかのように、凝縮されていく。

 渦の中心から、まずモノクルの輝きが透けて見え、次に燕尾服の襟元が、そして白手袋を嵌めた指先が、まるで立体映像のように鮮明になっていった。

 霧が完全に晴れると、そこに立っていたのは、十歳ほどの少年。

 艶やかなプラチナシルバーの長髪は後ろで綺麗にまとめられ、子供らしからぬ名探偵ポ〇ロのような口髭が印象的だ。

 彼は、背伸びをしてかっこつけているように見えて、その実、完璧な礼儀作法で、まるで無から生まれたかのようにそこに存在していた。

 背後には、半透明の羽根が静かに揺らめいている。


『目は覚めましたか?おチビなワンコ。』

 そういいながら偉そうに見下ろしてくる。


『改めまして、私が精霊族のドリュア、ユユの育ての親であり、教育係を担っています。』


 少年の片目が、モノクル越しにじっとこちらを見つめる。

 無言のまま、観察するように視線を上下に滑らせる。

 空気が、張りつめた糸のようにピーンと張りつめる。

 そして──


『ところで……あなたは何者なんですか?』


 その質問は俺の存在の異質さをピンポイントで指摘する鋭利な刃物の様に心に突き刺さった。

読んでいただきありがとうございました。


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