第五話
※執筆にAIツールを使用しています。
※カクヨム様にも投稿しました。
白銀の森が、静かに息をひそめている。
再び、ザク……ザク……と雪を踏む音が近づく。
コブウサギが、こちらに向かってきていた。
額の傷はまだ癒えておらず、かさぶたの隙間から血がにじんでいる。
俺は鼻先に残るにおいと過去の記憶で、それが“同じやつ”だとすぐに理解した。
あの時、自分を追い詰めた獣。
だが今、その視線の動きや目つきが違う。
……あきらかに、俺を狙っている。
……このタイミングでリターンマッチかよ……
「ガウ……」
子犬は少女の前に立ち、身構えた。
子犬――いや、狼は吠えた。
「ガウゥゥッ!!」
目の前には、灰色の毛並みに、額にこぶ状の角を持つ魔獣――コブウサギ。
一見すれば、ただの愛らしい中型のうさぎにも見えなくない。
だが、その実、頑丈な額の瘤と発達した後肢を持つ、森の危険生物だ。
……たぶん―
……たぶん、危険魔獣コブウサモドキ~復讐という名の呪いに取りつかれし闇のオーラに侵された魔獣Ver1.2~……(今勝手に命名)
そのコブウサギが、低く構え、跳ぶ。
……来たッ!
子犬も跳んだ。
牙をむき、真正面からぶつかる。
ドスン、と肉がぶつかる鈍い音。
空中で体同士が激突し、雪の上に転がった。
転がりながら体勢を整えたと同時に、体当たり。
間髪入れず、爪で頬を裂こうとする。
相手も応じて後肢で蹴ってくる。
胸を打たれ、息が詰まる。
雪に滑って回避しようとするも、耳を噛まれ、引きずられる!
……ぐっ……ふざけんなコブウサ、こっちは命懸けだっつーの!
子犬の牙が喉を狙う。
しかし、そこにコブウサギの頭突きが入る。
ごつん、と音がして、両者同時にふらついた。
ふらつきながらもその隙に、前足を絡めて首をとる。
まるで柔道の寝技のように転がり合いながら、体勢を入れ替え、また押し倒される。
今度は逆にマウントを取られ――
「モフコロ!コブウサ!ゴロゴロ!たのしそだな!」
少女の笑い声が、雪に反響した。
……いや!何笑ってるの!
面白要素ゼロだろ!?
噛まれてる!
俺、耳噛まれてるよ!!??
内心のツッコミも虚しく、コブウサギが前脚を使ってパンチしてくる。
バシ!
乾いた音がした。
顔面をはたかれた。
思わず頭が振れる。
すかさずこちらも前脚をぶん回して返す。
バシッ!
また返される。
頬がぷるんと揺れる。
お互い毛並みが少しだけ逆立つ。
バシンッ!
構わず踏み込む。
体ごとぶつけるようにもう一発。
今度は押し出す勢いで突っ込んだ。
バスンッ!
鼻先にしわを寄せて、歯を見せあう。
低い唸りが交差しながら、じりじりと間合いを詰める。
そして、同時に跳んだ!
バシン!
バン!
パスン!
前脚が正面でぶつかり、はじけ飛ぶ。
肉球と肉球がぱちんと弾け合い、雪の中で白い毛がふわりと舞う。
バンッ!
バシッ!
バチンッ!
もはや何発目かわからない。
お互い距離を取る気なんてない。
前へ、さらに前へ。
殴って、殴られて、睨んで、また殴る。
その一進一退の攻防が、均衡を破ったのは次の瞬間だった。
子犬が渾身の一撃を繰り出したその時、コブウサギの骨が突き出したような瘤頭突きがカウンターで炸裂。
「ガウッ!」
子犬は仰け反り、バランスを崩して雪に倒れ込む。
だが、コブウサギも勢い余って、バランスを崩した。
ズシャアッ!
そのまま、雪の上に取っ組み合って倒れ込む。
ゴロゴロゴロ!
雪煙を上げて転がりながら、そのまま二匹はもつれ合い、雪の上をゴロゴロと転がり始めた!
バフン!
ズザザザッ!
白い雪が舞い上がり、あっという間に大きな雪玉になる。
子犬の毛とコブウサギの毛が混じり合い、どちらが上でどちらが下かもわからない。
視界は雪と毛だらけ。
「ワフフゥッ!」
「キュルゥッ!」
雪玉の中では、激しい肉弾戦が繰り広げられる。
前足で相手の体を押し返し、勢いに乗じて上に乗りかかる。
相手も負けじと体当たりで反撃し、体勢を入れ替える。
時にはお互いの毛皮を噛みつき合い、転がるたびにバフン!と雪が跳ねる。
まるで巨大な雪玉が生き物のように、あちこちを動き回る。
やがて、雪が落ち着き、二匹はもつれ合ったまま、ふとんのように積もった雪の中に埋もれるようにして静止した。
バフッ!
雪の中にお互い突っ込んで、しばし視界が真っ白になる。
もぞもぞと雪の中から顔を出して、目が合った。
――再開!
ダッ!
再び飛びかかる。
今度はお互い、低い姿勢で横に回り込む。
フェイントの応酬、足払い、抱きつき、殴って、蹴って、転がって、巻き込んで。
全身が雪まみれになっても、まだ止まらない。
やがて、二匹は同時にぱたりと倒れて、肩で息をした。
しばらく、無言のまま雪をかぶって転がっていたが――
ぴく、とコブウサギのしっぽが動いた。
それを見た子犬も、ぴこりとしっぽを立てた。
次の瞬間、どちらからともなく、もう一度、飛びかかった!
もう何発目かわからない。
距離を取る気も、引くつもりもない。
どちらも前へ前へと出る。
鼻の頭がヒリヒリする、頬がジンジン熱い。
だけど止まらない。
止まれない。
コブウサギも同じだ。
目が本気だった。
理屈じゃない。
本能でぶつかっている。
ガッ!
バンッ!
バシィッ!
前脚が交錯する。
滑る雪の上で踏ん張り合い、肩をぶつけ、顔を打ち合い、それでも転ばず押し返す。
真っ白な世界に、ふたつの影が殴り合っていた。
打ち合いが続く。
体格差がないからこそ、完全な肉弾戦になる。
お互いの体温、心拍、血の匂いが伝わってくる距離。
腹に蹴りを入れれば、コブウサギも後ろ足で迎え撃つ。
――それでも、後退はできない。
……距離を取ったら、あいつは……!
視界の端、すぐそこに少女がいる。
無防備なまま、子犬の背中を見つめている。
……あの子は俺の背後にいる。
逃げたら、回り込まれたら、あの子を巻き込んでしまうかもしれない。
胸がきゅっと締めつけられる。
……俺が前にいなきゃ……!
口の中は鉄の味がする。
どこを切ったのかもうわからない。
でも――
……いい。
痛いのは後でいい。
今、下がれば、あの子が傷つくかもしれないなら……
踏ん張る足に、さらに力を込める。
……だったら俺がやる!
噛まれても、殴られても、引っかかれても!
「ガウッ!!」
咆哮とともに、子犬はさらに前へと踏み込んだ。
雪を蹴る。
爪を振るい、牙を振るう。
目の前の敵を、決して少女に近づけないようにするために。
……こんな……ウサギ相手に、なんでこんなに消耗すんだよッ!!
雪上で何度も転がり、体が冷え切る暇もないほど激しく動く。
だが――
「ゆきでコロコロだ!、ワチャワチャゴロコロ!かわいい!」
少女はまるで、愛玩動物のほのぼのファイトを楽しんでいるかのように、満開の花が咲き乱れるかのような笑顔で、はればれした笑い声をあげている。
……いや、見えてないんか!?
蹴られてるよ俺!!
噛まれたよ俺!!!
けれど、その中でも、俺は考える。
……あの子が笑ってる。
俺が戦ってる間、まるで安心しきってるみたいに。
そのことが、何よりも自分を支えていた。
――だからこそ。
「ガウゥゥ……ッ!!」
最後の一撃。
コブウサギの跳躍を、全身で迎え撃ち、体を捻りながら背中を取る。
そのまま両前脚を巻きつけ、渾身の力で引き倒した!
喉元へ――牙が届く。
決着が、ついた。
雪の上、呼吸を荒くする子犬の周囲には、転がった毛玉と雪のくぼみ。
少女は、ニコニコで、子犬に駆け寄り。
「モフコロやるな!勝利!!」
子犬は、雪の上にへたりこんだ。
戦いの余韻が体中に残る。
傷だらけの体が冷え、震える。
だが心は、燃えていた。
……やった……!
勝てた!
この子を守れた……!
「だいじょぶ?、いたくない?」
少女がとてとてと駆け寄ってきて、ぎゅっと抱きついた。
その瞬間。
――ふわりと、暖かい感情が流れ込んでくる。
驚きと、安堵と、喜びと、愛しさと。
……まただ、な、なんだこれ……俺の感情じゃない……?
……混乱する。
けれど、少女の顔を見て、すぐに理解した。
……こいつ……この子の感情が俺の中に流れ込んできてるのか?
わずかに嗅ぎ取ることができる少女の「安心」の匂い。
鼓動のリズム。
視線の揺らぎ。
すべてが、俺に届いている。
……すげぇ、でもこれ、たぶん……
不快じゃない。
むしろ、心地いい。
そのとき、ふと我に返る。
……って、なんで俺、コブウサギをくわえてる!?
「ガウッ!?
ワフッ!
ワフワフ!!」
口から吐き出し、雪に顔をこすりつける。
……うわー、血の味、苦手ー!
ていうか、俺、人間だよ!?
……でも――
…………俺は、目の前で横たわるコブウサギを見つめた。
くそ、食わなきゃならんのか……。
先ほどの戦闘で、本能が勝利を叫んでいる。
そして、その勝利の代償として、獲物を食らうことを求めている。
日本人としての理性は「生肉はやめておけ」「寄生虫が怖い」「ていうか普通に汚い」と全力で警鐘を鳴らしまくっている。
しかし、腹の虫が限界だ。
この体の本能が、肉を、栄養を求めている。
……覚悟を決めるしかない。
これも、サバイバルだ。
俺は意を決して、コブウサギに顔を近づけた。
血生臭い匂いが鼻をつく。
しかし、奥底から湧き上がる食欲には逆らえない。
ガブリ、と。
生温かい肉の塊が口の中に広がる。
噛み締めるたびに、鉄のような血の味と、野性的な臭みが鼻腔を抜ける。
「……ワフウ……」
……意外と、いける、か……?
嫌悪感と、それを上回る飢えが同時に襲いかかる。
日本人としての舌が「うまい!」とは叫べない。
だが、獣としての本能が、これを「糧」だと認識している。
夢中で食らいつく。
無理やり胃に押し込んでいく。
さすがに内蔵は食えないが、ハツとレバーは火を通して、タレがあれば……いや、タレなんて贅沢は言わん、炭火であぶって塩を振れば……
「ワフゥ……」
肉を食い終えた俺は、ぐったりと雪の上に横たわった。
……はぁ……食っちまった……
馬刺しほど食べやすいものではなかったが、食べられないことはなかった。
それでも、脳裏にはショウガやニンニクとか薬味を聞かせた醤油があれば、もりもり食べられそうだと感じているのは、日本人だった頃の経験からくる感想なのか、自称狼としての野性に目覚めたせいで生肉をもりもり食べられると感じているのか……
こうして、少女と子犬――いや、子狼を自称する子アラスカンマラミュートとの絆は、また一歩深まった。
今はまだ、言葉は通じない。
けれど、心の距離は、少しずつ近づいていた。
読んでいただきありがとうございました。
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