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第四話

※執筆にAIツールを使用しています。

※カクヨム様にも投稿しました。

 朝。

 腹の底から突き上げるような空腹感が俺の意識を覚醒させた。

 沢のほとりにひっそりと佇む小さな木の洞。

 俺はそこに頭を突っ込み、凍てつく夜をやり過ごしていた。

 洞の入り口から差し込む朝日は昨日までの闇を照らし、あたり一面に散りばめられた氷粒が眩いほどにきらめき、微かに揺れている。

 その光景はまるで希望のきらめきのように俺の目に映った。

 厳しい冬は始まったばかりだが、この輝きが今日一日を生き抜くための力をくれるような気がして、俺はゆっくりと体勢を整える。

 ふわりと立ち上がった背中にはうっすらと霜。

 小さくブルルと体を震わせると、白い毛皮がふわりと膨らんだ。

 ん? 肩の痛みがない。

 昨日あんなにズキンズキンしてた打撲がまるで嘘みたいだ。

 一夜寝ただけで治るものなのか?

 このモフモフボディ、回復力も高めなのかもしれない。

 不意にお腹から食い物を催促する音が鳴る。

 ……腹、減った。

 食わねば死ぬ。

 沢の水辺で喉を潤していると、小さな波紋の奥にぴくりと動く影。

 魚だ。

 俺は水辺に身を低くし、獲物に狙いを定めた。

──ドンッ!

 飛び込んだ! が、バシャッという派手な水音のわりに、結果はお察しだ。

「ワヒャフゥ!(つ、冷たッ!?)」

 鼻先を濡らしてガクガク震えながら、岸に戻る。

 水の中を覗くと、さっきまでいた魚の影は消えていた。

 いや、ムズッ! 魚捕りとか、未経験だぞ!?

 再びチャレンジ。

 前足で水面を引っかいてみたり、石の陰を探ってみたり……気配を察して飛び込んでも、滑って転ぶだけ。

 しぶきだけは一人前。

 周囲の雪をびしょびしょにしながら、何度も空振りを重ねる。

 くしゃみを一発。

 鼻に水が入ったらしく、ぶるぶると頭を振る。

 水中の魚は、あざ笑うようにスッと逃げる。

 ……なんだこの屈辱……! 俺のプライドが、誇り高き狼としての尊厳が……!

 それでも、諦めなかった。

 四度、五度、六度──。

 ──そしてようやく。

 ひょい、と前歯にひっかかった小さな魚。

 俺はそれをパクリとくわえると、ほとんど凍えかけた体でヨロヨロと岸に戻った。

 しぶきまみれ、鼻水垂らし、全身はびしょ濡れ。

 でも、獲った。

 ……や、やった……! やったぞ俺……っ!

「アオォォーーーン!」

 肩で息をしながら、それはそれは誇らしげに胸を張って遠吠えを高らかに上げるのだった。

 ……勝った! 魚ごとき、未来の狼王さまにかかれ――

「――クチュンッッ」

 子犬は地面の魚を、しばし見つめる……

 ……また、無駄にテンション爆上がりしてた。

 ………寒いし、狼王じゃないし、元日本人だし……

 「ワフゥ……」

 ……焼きたい。

 塩も欲しい。

 できれば醤油……

 生で食うしかない。

 これは刺身だ。

 日本人だし刺身は好きだし、川魚の姿づくり(未調理)だ。

 覚悟を決めてガブリといく。

 ──意外と、いける。

 ただ、腹の虫はまだ収まらない。

 魚一匹では焼け石に水。

 七転八倒して捕まえたけど物足りなすぎるし効率も悪すぎる。

 ……水中戦闘の適応力は最低値だな……

 次は森へ向かうことにした。

 樹間をくぐり、鼻を利かせる。

 「……スゥゥ……クンクン……」

 鼻先をくいっと持ち上げ、深く息を吸い込む。

 木の上、枝の先に、小さな動く気配。

 リスだ。

 子犬は一瞬で気配を察知し、地面に腹をつける。

 静かに身を沈め、呼吸を整える。

 音を立てないよう、爪先に力を込め──

 狙いを定め、弾けるように跳躍!

 ──ガウッ!

 空中で伸びた前足が幹に迫る寸前、リスがするりと身を翻しさらに上の枝へと跳ねた。

「ワフッ!」

 だが、逃がさない。

 子犬は勢いそのままに幹へ前足を叩きつけその反動で体をひねる。

 わずかに軌道を変え、上の枝を狙って再び跳んだ。

 今度は、より高速でより低い姿勢で。

 リスは必死に逃げようと枝から枝へと必死に駆け抜ける。

 だが、子犬の影がその背中に張り付くように迫る。

 最後の跳躍。

 リスが次の枝へ飛び移ろうとした、そのまさに一瞬――

「ワフウゥァ!」

 子犬の口が宙を舞うリスの長い尻尾の付け根を寸前で捉えた!

 そのまま二匹は雪積もる地面へと落ちていく。

 狩りの経験もないはずの体がまるで本能のままに動いていた。

 ふわりと空を裂くような軌道で子犬の口が正確に標的をとらえる。

 獲った。

 ……えっ、俺すごくない!?

 今の……完全に野生のハンターの動きじゃん!

 着地も静かに決まり、尻尾も楽し気にぴこぴこしてる。

 ……ていうか、高さも距離もあれ普通の子狼じゃ無理だろ。

 ……あれ? 俺、意外とポテンシャルある?

 手にした小さな成果を前にちょっとだけ得意げに鼻を鳴らし、自分の前足の下でじたばたするリスを見下ろした。

「ゥゥン……(うぅ……)」

 可愛い。

 しっぽがふさふさしている。

 さっきの魚より表情があるし温かい。

 ……くっ……これは、ぬいぐるみ案件……!

 というか、まだ動いてるし!

 可哀想感が倍増なんだが!?

 だが──食べなきゃ。

 ぐぅ、と腹が鳴った。

 ……ぐぅ……本能が、うるさい……。

 肉! 肉をよこせ!

 って、俺の内なるケモノが騒いでる……!

 目を閉じ、覚悟を決める。

 ……いやでもこれ、食物連鎖の一環だから……命をいただくって、そういうことだから……

 俺はなるべく感情を切って、命に礼を言い静かに食事を始めた。

「……ワフウ。ガウガウゥ(……ありがとな。ごめんな)」

 ひとくち目。

 ……うん、まぁ……意外と、イケる。

 というか、これが野生の味……?

 とはいえ、調味料も火もないこの状態では「うまい!」と叫ぶには程遠い。

 むしろ噛むたびに生き物のリアルが口内に広がり、精神的にはだいぶ来る。

 ………あー……某有名アウトドアスパイスとは言わない……せめて、せめて塩……!火を通せればぜったいマシになるのにっ!日本の文明、偉大すぎた……!……チチタプチチタプ――

 しっぽがしょんぼりと垂れながら、それでも俺はしっかりと命を食べた。

 生肉はぬるくて、生々しい。

 味も噛みごたえも心には重い。

 それでも、少し満たされた胃袋に安心を覚え、鼻先で土をかけるような仕草をした。

 ──その時だった。

「ユユがつかまえた!」

 高い幼い声。

 何かが駆けてくる音。

 子犬が振り向く間もなく、小さな影が雪を跳ねて飛びついてきた。

「もふもふ!」

 ──抱き上げられた!?

 背中から、小さな体が抱きしめている。

 ……え、誰!?

 目深にフードを被っているが黒い前髪の奥に覗く赤みの強い茶色の瞳が好奇心にきらめき、幼い八重歯がのぞく口元は満面の笑みだ。

 ボロボロの毛皮を何枚も重ねてきたような服に、細い手足。

 年のころは五歳ほどか。

 小さな少女が雪の中で子犬を抱きかかえ笑っていた。

「……ぬくいな、もふもふ!」

 その声が、小さな手の温もりが、ふと脳の奥にじわりと入り込んでくる。

 ──感じた。

 ぽかぽかしてるのに、どこかひやりとするような、自分のものじゃない感情の奔流。

 明るい声。

 純粋な喜び。

 その感情の奥には、見慣れない温かさと未知の存在への強い興味が、きらきらと輝く膜のように張りついていた。

「ユユ、いつつだよ!」

 ……自己紹介?

 な、なんだこれ……?俺のじゃない。

 俺の気持ちじゃないのに……強制的に心にしみ込んでくる……

 脳の芯が軽くしびれ、胸の奥にざらりとした異物感が走る。

 でも、それは痛いほどに――この子の心だった。

 未知の温かさと好奇心に満ちた感情が、まるで荒れた波のように俺の中になだれ込んでくる。

 拒否しようとする理性と、理解しようとする本能がせめぎ合う。

 ……やめろよ……そんなの、ずるいだろ……!

 戸惑いと不快感を覚えるはずなのに、なぜかその感情の根底にある、眩しいほどの純粋さが俺自身の心に響いてくる。

 俺は気づけば、ただじっと少女を見つめていた。

 胸の奥に残ったぬくもりが消えないまま。

 まるで、ずっと知らなかった“新しい感覚”に出会ったかのような、不思議な安堵感があった。

 「もふもふ! やさしいいな! ユユ、すき!……」

 さらに何かが伝わってくる。

 「好き」という真っ直ぐで飾り気のない好意の感情が、ダイレクトに心に流れ込む。

 それに呼応するように、凍てついていた心の壁がじんわりと溶けていくのを感じた。

 言葉はわからないのに、感情だけが波のように伝わってくる。

 子犬は混乱しながらも、しっぽを――ぴこぴこふっていた。

 ……くっそ……! 本能に抗えねぇ……!

 いや、抗う理由が、もう見つからない。

 少女の抱擁はふわりと柔らかく、それは雪の森で初めて感じた、触れたかった温もりの……どこか懐かしい匂いがした。

 俺が少女の温もりに微睡む、その静寂が唐突に破られた。

 ──ガサッ。

 「ガウ……!」

 雪の茂みが揺れる。

 においが風に乗って鼻先をくすぐった。

 ……知っている。

 あの、血と泥のにおい。

 まだ癒えていない傷の、臭い。

 茂みの奥に現れたのは、額にかさぶたのような傷をつけた、あの“コブウサギ”だった。

 一度は追い払った相手──だが、今回は違う。

 鈍く光るような目が、まっすぐ俺を見据えている。

 「……ガウゥッ」

 子犬は、思わず一歩前に出た。

 小さな体で、少女をかばうように立ちはだかる。

 喉の奥から、低く唸り声が漏れた。

 「ワフゥルゥゥゥ……!」

 ……動けば、戦いになる。

 だが、逃げれば。

 彼女が、やられる。

 子犬の足は、雪を踏みしめて揺るがなかった。

 決意はすでに、腹の底に灯っていた。


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