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第十八話

※執筆にAIツールを使用しています。

※カクヨム様にも投稿しました。

 夜のうちに静かに降った雪が、朝になると辺り一面を銀色に染め上げる。


 目を覚ました瞬間から、空気の質が違う。音が遠く、世界がどこかやわらかく感じられる。

 雪が音を吸ってしまうせいか、森の中は不思議なほど静かで、まるで時間までもがゆっくりと流れているようだ。


 日が昇ると、雲が割れ、淡い陽射しが木々の間から差し込んでくることもある。

 積もった雪がその光を反射して、まるで無数の宝石のようにきらめいていた。

 だけど、どれだけ眩しくても、どれだけ綺麗でも――吹き抜ける風は冷たい。

 

 まだ春じゃない。まだ、遠い。

 そんなことを思いながら、今日もまた雪の匂いを胸いっぱいに吸い込む。


 そんな冬の真っ只中、俺は――まさに深刻極まりない問題に直面していた。

 そう、肥満である。

 しかも軽度ではない。もはや重度。いや、俺史上最重量。


 あの快適すぎる大樹の寝床。

 毎日ぬくぬくと温もりに包まれ、保存食という名のごちそうを腹いっぱいに詰め込み、ユユとじゃれあって笑い転げるだけの日々……。気がつけば俺の身体は、かつてのシャープで精悍な狼スタイルから遠くかけ離れ、モコモコ・コロコロ・ブックブクという、擬音三重苦のもふもふ玉へと変貌していたのだった。


 このままではマズい。いや、マズすぎる。

 走れば揺れる腹、飛び跳ねれば揺れる頬肉、狩りをしようにも足元がもたつきちょっとの段差を踏み外しコロコロ転がっている始末。


 いくら中身が元日本人でも、メタボるのはいただけない。


 俊敏さを取り戻すために。

 誇り高き狼として理想の狼スタイルを取り戻すために――

 俺は一念発起し、久しぶりに本格的な狩りに出ることを決意したのだった。


 凍てつく空気を深く吸い込む。鼻腔をくすぐる雪の匂い。

 風のわずかな動きすら感じ取れるように、意識を集中させる。

 吐く息は白く、周囲の静けさの中で自分の心音だけがやけに大きく響いていた。


 雪面は硬く締まり、足を踏み出すたびに軽くきしむ。

 足裏に伝わる感触は、かつて何度も馴染んだ狩りの足取りを思い出させる。

 

 しかし今の俺は、あの頃の自分とは少し違っていた。

 腹の周囲にまとわりつく脂肪が、動くたびに揺れて重たい。

 身体の芯が鈍っているのがはっきりとわかる。

 けれどその不快さが、逆に本能を叩き起こした。

 

 ――取り戻すんだ。野生を、勘を、そして理想の狼としての姿を。

 雪と静寂に包まれた森の中、俺の決意だけが凛と燃えていた。


 ……いや、理想の狼体形は取り戻そう、けど、人として野性は取り戻しちゃいかん。

 理性的にクールに大人な日本男児として。


 まずは、基本に立ち返る。無闇に動き回っても意味はない。

 俺は、静かに呼吸を整え、自慢の嗅覚に意識を集中させた。


「……すぅぅ……クンクン……」


 冬の空気は澄み切っていて、どこまでも透明だ。


 その透明な冷気に混じる、微かな匂いの粒たち――それらを一つひとつ丁寧に拾い上げ、繋ぎ合わせていくと、まるで見えない風景が立ち上がってくるような感覚になる。


 小枝にとまる鳥の残り香。

 雪をかき分けた小動物の軌跡。

 苔むした樹皮にすり寄った温もりの痕跡。

 森という名の静寂は、実は驚くほどたくさんの命の気配に満ちている。


 その中に、ふと紛れ込んできた一筋の異臭。

 鼻の奥にひっかかるような違和感――普通の野生とは明らかに異なる、歪みを孕んだ臭気。

 魔獣だ。あの異形の存在の残した痕跡。

 深く、静かに、俺の狩猟本能が目を覚ます。

 

 だが、落ち着け、俺。


 昂ぶりかけた狩猟本能を、理性が必死に抑え込む。

 今の俺の目的は、あくまでダイエットだ。

 このたるんだ体を理想の狼体型に戻すための、いわばリハビリ中に過ぎない。

 いきなり魔獣を相手にするのは、まだ危険があるかもしれない。


「ワウゥー(焦るな、俺。ここは慎重に)」


 胸の内で呟くその声が、獣の衝動に絡め取られそうな心を必死に引き戻す。


 体がうずく。脚が勝手に駆け出しそうになる。

 鼻先に残る魔獣の痕跡は、まるで焚きつけるように刺激的で、野生の血が騒ぎ始めていた。


 けれど、それに負けてはダメだ。今はまだ、まだその時じゃない。

 魔獣は危険だ――たとえ格下であっても、油断すれば命を落とす存在。

 それを、いまのこのぽっちゃりおデブボディーで狩れるのか?

 

 いまは冷静に。

 まずは周囲の状況を冷静に見定め、確実に仕留められる獲物を選ぶべきだ。 一時の感情に流されず、今日の狩りの目的を達成するための最適な行動を決めよう。


 野生と理性、その狭間で、俺は慎重な一歩を踏み出した。


 俺は、雪がわずかに沈む感触にすら意識を向けながら、ひとつ、またひとつと、音を立てぬよう足を運ぶ。

 しんしんと降り続ける雪は、森をまるごと吸音材のように包み込んでいた。

 音のない世界。空も地面も灰白色に沈んだ幻想の中、俺はただ匂いの筋を頼りに進む。


 風の向きが一瞬変わるだけで、獲物に存在を察知される危険がある。

 だからこそ、風を読むことはこの雪山での狩りにおいて生命線だ。

 空気の流れを感じ、周囲の木々の枝の震え方を観察し、わずかな変化も見逃さず、匂いの道筋が保たれていることを確認しながら進む。


 幸運だったのは、敵が一体であるということ。その臭いには混ざり気がない。仲間も巣もなく、単独行動している――そう断定できる分、戦術の幅が広がる。


 こちらの動きも組み立てやすい。


 数本の木々の陰を経て、大きな幹の裏へと身を滑り込ませる。

 ゆっくりと、できるだけ静かに頭を持ち上げて、その先に視線を送ると――


……よし、いつものベビラビだ!


 丸々としたフォルム、だが油断ならない動き。

 あの特徴的なコブと突進の前傾姿勢――間違いない。

 あれは間違いなく、過去にも何度も戦った因縁の相手。

 だが今の俺にとっては、まさに理想的な稽古台だ。


 身体を絞るには、うってつけのターゲットだ。


 ベビラビの攻略方法は、もう体に染みついている。

 その俊敏な突進も、こちらの動きを見切られていない限り、慎重に、そして油断せずに対処すれば、安全に仕留められる相手だ。


 まず、一本の太い木の陰に身を潜め、ベビラビが突進してくるのを待ち構える。

 そして、奴が一直線に迫ってきたら――寸前で体をひねり、その一撃を回避する。


 これだけで、ベビラビは制御を失い、そのまま木に激突して勝手に自滅してくれるのだ。


「ワフゥゥ(今回は少々、いたぶるような形になってしまうが……)」


 俺は心の中でそっと謝罪した。

 なぜなら、今回の狩りはただ仕留めるだけではない。

 避けては逃げて木の前で待ち構えるを繰り返し、回避の感覚を取り戻す、そう!

 回避を繰り返すことで回避の勘を取り戻せる一石二鳥ダイエット


 略して!回エット!!


 まさに戦略通りの、楽なお仕事が始まった。

 ベビラビが突進してくるたび、俺は軽やかに身を翻す。

 奴は勢い余って、狙い通り背後の木に激突する。


 よけては木にぶつかる――バガン!

 よけては木にぶつかる――ボガン!!


 その森に響く衝撃音が、俺の心を躍らせる。

 動きは次第に滑らかになり、体が軽くなるのが分かる。

「アオォォォン(……ふふふ、君の生まれの不幸を呪うがよい!フハハハ!)」

 まさしく、俺の知略と身体能力の勝利だ。

 このまま行けば、理想の体型も、かつての勘も、完全に復活するだろう。

……おっと、油断せずに避ける!――バギャン!

 危うく直撃を食らうところだった。油断は禁物。

 完璧な回エットを完遂するためにも、常に冷静さを保たねば。

 ――そうやって順調に回避と逃走を続けていると、突然、俺の嗅覚が警鐘を鳴らした。


 なんだ?

 この濃密な激辛腐乱卵臭??は……尋常じゃない。

 鼻腔が焼けるような、嫌悪感を催す強烈な匂い。


 やばい!

 この匂いは、明らかに魔獣の群れが迫っている証拠だ!

 単独のベビラビとは比較にならない、圧倒的な数の気配。

 

 俺は、よろめくベビラビに最後のとどめを刺すことすら忘れ、

 来た道を一目散に、大樹を目指して逃げ出した。


 俺は命からがら、雪の中を激走した。

 背後からは、轟音を立てて迫りくるベビーホーンラビットのモンスタートレイン。


 その数は尋常ではなく、大地を揺るがすほどの地響きが追いかけてくる。

 

 一心不乱に足を動かし、俺はただひたすらに、大樹の寝床を目指した。

 たどり着いた洞の入り口で、ドリュアに助けを乞う。


「ガウーー!(ドリュア!助けてくれ!)」


 ドリュアは状況を瞬時に把握すると、迷いなく魔法を放つ。

 その力は圧倒的で、まるで嵐のように荒れ狂っていたベビラビ御一行様は、

 あっという間に、静まり返った雪原に散っていった。


 ――しかし、戦いが終わると、次は俺の番だった。

 ドリュアからの、容赦ない説教が始まる。


『あなたは馬鹿なのですか。』


 そう始まり、彼の冷静な声が延々と響き渡る。

 そしてその横では、ユユが両手を腰に当て、

 ドリュアの口調を真似るかのように「うんうん」と頷きながら、

 まるで自分が説教しているかのように、満面の笑みを浮かべ、ご満悦である。


 だが、悪いことばかりではなかった。


 この九死に一生を得た逃避行は、思いがけないダイエット効果をもたらしてくれた。

 心臓が跳ねるほどの運動量と、恐怖によるアドレナリン。

 そのおかげで、わずかではあるが、体が引き締まったように感じられた。


 この収穫だけが、唯一の慰めだった。


読んでいただきありがとうございました。


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