第一話
はじめまして。今回、初めて作品を投稿します。
至らない点も多いかと思いますが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
どうぞ、温かい目で見守っていただけると幸いです。
よろしくお願いいたします。
※執筆にAIツールを使用しています。
※カクヨム様にも投稿しました。
――冷たい。
目を覚ました瞬間、まずそれを感じた。
皮膚の感覚とはどこか違う、体の表面がふわっと冷気に包まれるような寒さ。
それなのに、不思議と不快じゃなかった。
ふと、目の前に広がる光景に言葉を失う。
雪景色。
テレビやネットの画面越しでしか見たことのない、あまりにも非現実的な純白が、視界のすべてを支配していた。
白い森。舞い散る雪。
静寂の中でキラキラと輝く、冷たくも美しい世界。
風一つないその空間では、雪の結晶がゆっくりと――まるで時間が止まったかのように――降りてくる。
一本一本の木の枝が白い綿帽子を被り、陽光を受けて、無数のダイヤモンドを散りばめたように煌めいていた。
だが、それを味わう余裕があるほど、俺の頭の中は平穏じゃなかった。
……なんだ、ここ。
出た“声”は、声じゃなかった。
喉から漏れたのは、小さな――
「クゥン……」
という、情けない鳴き声。
その瞬間、胸の奥に冷たいものが走る。
心臓がぐっと縮こまり、ぞわりと背筋が粟立つ。血の気が引く感覚。
言葉が出ない。
喋れない。声にならない。
……おかしい。これは、尋常じゃない。
焦燥が、心の隅からじわじわと這い上がってくる。
……落ち着け、俺。まずは状況確認だ。俺は――誰だ?
……思い出せない。
名前も、顔も、家族も、友達も――なにもかもが、真っ白だ。
頭の中がノイズみたいに霞んでいる。
心の深いところに、ぽっかりと、空洞がある。
けれど、妙に現代的な知識だけはこびりついている。
コンビニのフライドチキン。ネットスラング。洗濯物の干し方。
四則演算や方程式、円の面積の求め方は――2πr? ん? 違う違う!πr²だ!
ふぅーやばいやばい。
数学は得意じゃないけど、基礎的な公式ぐらいは覚え……
……いや、違う。今はそれ関係ない。
思考が現実から逃避しようとしている。
もっと、生物として必要な情報だ。
類人猿が二足歩行を始めたことで獲得した手の自由が、道具の創造、火の利用、集団での狩猟……って違う違う!今それいらない!
落ち着け、お・ち・つ・け、俺。まずは状況――
……そう思った瞬間、視界の端に、自分の“手”が映った。
白とライトグレーのふさふさした毛に包まれた、小さな足。
どう見ても、前足だ。
……え?
………えぇ?
前足? なんで俺、四足歩行してんの?
慌てて後ろを振り返る。
そこには、ピンと立ったしっぽがあった。
ピクリと動いて、ぴこぴこと揺れている。
……動物?
……まさか……狼?
……そうだ、狼だ。きっと、俺は狼――
俺は、何か別の“存在”になっている――それが直感的にわかる。
全身にじっとりと冷たい汗のようなものがにじみ、手足が震え出す。
心臓がドクドクと脈打つたび、全身がビリビリと過敏になっていく。
怖い。
なんなんだ、この世界は。俺の体は、俺じゃない。
こんなふうに、何もかもが変わってしまうなんて。
……落ち着け、俺。深呼吸だ。
大きく、ゆっくり、息を吸って――
すぅ――……はぁ――……すぅ――……………
その瞬間だった。
鼻腔を、風が通った。
冷たい空気の粒が、一気に肺の奥まで流れ込んでくる。
けれど、ただの空気じゃなかった。
香りが――流れ込んできた。
雪の匂い。乾いた針葉樹の香り。湿った苔の匂い。
獣の毛のにおい、どこかに隠れている鳥。
風の中に混じる無数の情報が、明瞭に、鮮やかに脳を打つ。
視覚よりも先に、聴覚よりも前に――
世界が、匂いで構成されていく。
……俺、匂いで森の景色がわかる。
いや、それだけじゃない。
風の向こうにある“生き物”の存在すら、感じ取れる。
足跡すら嗅ぎ取れる。
何かの巣穴、木の実の落ちた場所、地形の凹凸――全部、匂いに含まれている。
……これは――この嗅覚、凄すぎないか?
犬の嗅覚は人間の何千倍も優れていると聞いたことがある。
だが、それにしてもこれは――
なにか、特別な力を授かった……のか……?
普通の動物じゃない。もっと大きくて、力強くて、ケモノとしての誇りを持った、そういう――
……狼?
ふと、“狼”という言葉が再度頭をよぎる……
だが今は、そんなストイックなパーフェクトウルフじゃない。
丸い。小さい。ふわふわで、もふもふで――どう見ても子狼?
……おかしい。おかしい、だろう?
この丸さ、このちんまり感、この手足の短さ。
理想の“狼”とは、どう見てもかけ離れている。
どうして、こんな姿に?
――いや、それ以前に、どうして俺は……四つ足で立ってる?
毛だらけ? 視界がやけに低い。
鼻先が地面についているのに、立っている感覚。
これは……夢? いや、現実なのか?
わからない、わからない。どうして、こんな……!
――と、思った瞬間だった。
「ワフッ!」
突然、体が動いた。
雪の感触に誘われるように、自然と前足が跳ね上がる。
白くふかふかの雪を蹴って、森へ――全力疾走。
走る、転がる。跳ねる、転がる。
体が軽い。音が響かない。
風が頬――いや、顔の毛をなでて通りすぎる。
風が顔の毛をなでるたび、心がわくわくする。
「ワフッ! ガウガウガウ!」
もう止まらない。理性なんて置き去り。
これは衝動。これは快楽。これは本能。
雪の冷たさが足の裏に心地いい。
ふかふかの斜面を駆け上がっては滑り落ち、回転しながら地面を転がる。
一心不乱。一心不乱に野を駆け回る。
意味なんてない。理由もいらない。
ただ、この雪に触れたかった。
駆け抜けたかった。
この大地を感じたかった。
「アオォォーーーン!」
雄叫びが、つい口から漏れる。
満たされた。自由だ。
気高い……ような気がする。
そのまま調子に乗って雪を掘りまくり、跳ねて、また転んで。
楽しい。ただただ楽しい。
血沸き肉躍る。血&肉&楽しい!
最後はちょっとした窪地にずぼっと落ちる。
「……ワフッ!」
……やべぇ。
息が切れるほど全力で走ってた。
いや、遊んでた。遊び倒してた。
仰向けのまま、小さく「ハァ、ハァ」と息を吐く。
……やべぇ……
……俺、なんでこんなテンション高かったんだ……?
いや、きっと、あの一瞬のパニックと絶望が、この幼い体に宿る動物的な本能を、無理やり引きずり出したんだろう。
だって、この体は勝手に動いて、楽しそう――
で、気づいたらこんなことになっていた。
俺の理性なんて、その強烈な衝動の前には無力だった。
そう、これは、精神的な自己防衛の一種だ。きっと。
そしてようやく、冷静さが戻ってきたので、自分で見える範囲で体を確認する。
白とライトグレーの、柔らかそうな毛並み。
鼻先は黒くて丸くて、手足は短い。
……狼にしては、丸くてもふもふで、手足が短すぎないか?
……狼ってもっとこう、シュッとしてないか?
……さてはあれだな、絶滅したといわれるニホンオオカミ!
ニホンオオカミ、足短めだったはず!
国立科学博物館のはく製みたことあるし!
くそー、ニホンオオカミかー……!
ワンチャン、狼王ロボみたく成長する可能性もまだ、まだあるはず!
それにしても、まるまるで、もこもこで、もふもふで、しっぽぴこぴこで、手足短すぎで……
ふと、脳裏に何かが浮かぶ。
……アラスカン・マラミュート……?
どこかで見たことがある。テレビかネットか、あるいはペットショップか。
成長すればがっしりした体格で、狼っぽくもあり、けどどこか優しさと威厳を感じさせる犬種。
そう、今の姿はどう見ても――子アラスカン・マラミュート。
精悍さよりも、まんまるな愛嬌の塊だ。
……
…………
……………
――いや、狼なはず!
俺は誇り高き、孤高の狼なはず!
――と、本人は思っているが、
中身は日本人で、“狼に転生した”と勘違いしてしまった。
そんな子犬が、雪の大地に誕生した。
読んでいただきありがとうございました。
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