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9話

「おい、起きろ。腹が減った」


 額にぽふんと乗る冷たい肉球で目が覚めた。魔王が黒猫の姿で、一緒に寝たことを思い出す。それと、魔王と聖女を会わせなければ物語は進まない。


「おはようございます。支度をするので、しばらく待ってください」


「わかった」


 メイドを呼んで支度を済ませ、魔王を抱いて食堂へ向かう。そこには既に、朝食を取る殿下と聖女カオリの姿があった。

 

 いつもの席に着き、隣に魔王を座らせて問いかける。


「なにから食べますか?」

「僕が選んでいいのか? なら、そのパンにバターを塗ってくれ」


 焼きたてのパンにバターを塗り、魔王に差し出す。しかしその姿では食べにくいだろうと、小さくちぎって渡した。


「ふん……この姿だからいいか」


 私の手からパンをぱくっと食べる魔王。その愛らしさに笑みがこぼれそうになるが、必死に抑える。もう一口、と魔王にスープを飲ませるが、肉だけは譲れない。


「その肉をくれ」

「嫌です。これは私のですから、パンとスープで我慢してください」


「いやだ。肉も食べるぞ」

「だめです!」


 魔王が椅子からテーブルに飛び乗る音が響き、食堂の空気が固まった。その音に、殿下とカオリがこちらを見つめた。


 ――まずい。


「黒猫?」

「え、嘘⁉︎」


 聖女カオリは瞳を大きく開いて猫を指差す。私はすぐ魔王を抱き上げ、淑女の微笑みを浮かべた。


「すみません。昨日、庭園で怪我をしているところを見つけまして……連れてきましたの」


「怪我? なら、聖女である私が治すわ。こちらに寄越して」


 笑顔と自信満々に手を広げる、聖女カオリのところに行くかと思いきや、魔王は私の皿に乗った肉に素早くかぶりつき、一瞬で平らげた。あまりの速さに私は唖然とする。


「ひどい! すべて食べるなんて!」

「美味かったぞ」

「えぇ、美味しいでしょうね」

「これくらいの肉が食べたいのなら、僕が毎日、食べさせてやるぞ」


 ――毎日?


 喉がごくりと鳴る。魔王はそれを見て大笑いした。


「ハハハ! ものすごい音がしたぞ」


「笑わないでください」

「ほほう。赤くなった頬もいいな。じつに僕好みだ」


「え?」


 魔王の目が柔らかく私を見つめる。


「なぜか、あの傷が一晩で治った。君の傷薬のおかげだ。僕は帰るが、ついてくるか?」


 ――ついてくるか? 魔王は聖女カオリを選ばないの? 私なんて……ただの脇役。その私が……


「悲しい顔をするな。昨夜、君を見て一目惚れをしたんだ。いきなり現れた僕を怖がらず、傷薬まで塗ってくれた。君に抱きしめられたからか、久しぶりにぐっすり眠れた」


「抱き枕?」


「そうだな。昨夜は違ったが、毎晩僕の抱き枕になってくれ……我慢できなくなったら、君を食べるがな」


 ペロリと、口元を舐める魔王。

 魔王に食べられるのはどっちの意味かは、わからないけど。


 魔王の優しい瞳に心が揺れる。


 この人について行けば、一人ぼっちにならずに済むのだろうか。家族の冷たい視線や、都合のいい道具として扱われる日々から、解放されるのだろうか。


「あなた様は……わ、私が……必要ですか?」

「もちろんだ。君が欲しい。今すぐにでもな」


 ――なら、もう迷うことはない。

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