8話
忙しい聖女は諦めて、魔王と部屋に戻ると、私は棚から傷薬の瓶を取り出した。
この薬は屋敷にいた頃、姉から受けた傷を癒すために書庫で書物を読み漁り、薬草を集め、試行錯誤の末にようやくできた傷薬。
周りの、メイドたちは姉の暴力に目をつむり、誰も助けてはくれなかった。だから私は自分で作り、自分で治すしかなかった。
「ほぉ、リリアの花が主成分か。……その薬、君が作ったのか?」
魔王が黒猫の姿でこちらを見つめ、低く呟いた。
「そう、私が作ったのよ。子供の頃から使ってるから、効果は保証するわ」
私は小さく微笑み、黒猫の前足に薬を塗り始めた。慣れた手つきで包帯を巻く間、魔王はただ黙ってこちらを見つめている。その瞳には驚きと、少しの警戒心が混ざっていた。
「はい、これで手当て完了。猫ちゃん、夜も遅いし、そろそろ寝ましょう」
そう言いながら、私は魔王を抱き上げてベッドに向かった。黒猫の姿の魔王は慌てて逃げようとしたが、私の手からは逃れられなかった。
「こら、逃げないの。明日の朝も薬を塗るから、一緒に寝るわよ」
「しかし……僕は……」
魔王は何かを言いかけたが、すぐに言葉を飲み込んだ。私のような、聖女でもなくただの脇役に、自分が魔王だと明かすはずがない。私は気にせずベッドに横たわり、そっと目を閉じた。
隣で小さなため息が聞こえる。気配から察するに、魔王もようやく観念したらしい。
「……おやすみなさい、猫ちゃん」
そう呟くと、返事の代わりに微かな吐息が返ってきた。