7話
――あちゃ、やっちゃった。今、この瞬間に魔王と聖女が出会わないと、物語が進まないんじゃない?
黒猫姿の魔王は物語の終盤、聖女とアーイス殿下によって封印される宿命を背負う存在。その物語の始まりは、聖女との出会いから始まるはずだった。
でももし、その出会いがなかったら――物語が止まるどころか、私の命にも関わるかも?
「娘、一晩でいい。泊めてくれ」
「いいわよ。でも、私はあなたが会いたい“聖女”ではないわよ?」
「聖女? いや、ただ身体を休めたくて来ただけだ。ここは、王都の中でも結界の力がとても薄い」
――え? 聖女がこの王城にいるのに、結界が“薄い”ってどういうこと?
そのとき、バルコニーの扉が静かに開いた。一匹の黒猫が音もなく部屋に入り込む。その前足には、思わず目を背けたくなるような深い傷があった。
「あなた、足をケガしてる……早く手当てしないと」
「こんな小さな傷、舐めれば治る」
「ダメよ。しっかり治療しないと、もっと酷くなるわ」
そう口にした瞬間、私ははっと我に返った。――そうだ、彼を助けるのは私じゃない。こういう場面では、聖女が手当てして“運命”を動かすべきなんだ……!
急いで黒猫を抱き上げ、隣の聖女の部屋へ向かう。けれど、ドアの前に立った瞬間、内部から聞こえてきたのはベッドの軋む音と、甘く柔らかな声。
――あ、ああ……そうか、そうだよね。
「ごめんね。彼女は今、忙しいみたい」
「……うむ。そのようだな」
私たちの間に、気まずい沈黙が流れる。いまここで、私にこの扉を開ける勇気なんてない。もし開けたら、アーイス殿下に睨まれて、終わったはずの死亡フラグが再び立ちそうだ。
「はぁ、仕方がない。私の部屋に戻って、私があなたの手当てをするわ」
黒猫を抱いたまま、私は魔王を連れて部屋へと戻った。聖女が、治すはずの傷を私が手当してしまったら、話が変わるかな?
でも、この傷を放置できない。