6話
ランタンの淡い灯りが揺れる机の上で、私は書庫の一角に腰を据え、静かにページをめくっていた。すると、不意に書庫の扉が開き、二人の影が差し込んできた。
珍しく、夕食後にこの書庫へと足を運ぶなど、読書でも始めるつもりなのだろうかと一瞬思ったが、それは見当違いだった。
彼らは私の存在を気にも留めず、手に取るはずもない歴史書を適当に引き抜き、無遠慮にページをめくるふりをして、いちゃつき始めたのだ。
(また、これか。前の食堂でのことと言い。彼らは、いったい何を考えているの? はぁ、しかたがない部屋に帰ろう)
苛立ちを覚えながら、私は読んでいた本と、机に置いていたランタンを手に立ち上がった。視線をちらりと彼らに向けると、アーイス殿下と聖女カオリが寄り添い、何やら囁き合っている。
そんな光景を見ているのも馬鹿らしい。もうひとつの手でスカートの裾をつまみ、軽く会釈する。
「大変、お邪魔いたしました。私は部屋に戻りますので。どうぞ、ごゆっくりお二人でお過ごしくださいませ」
彼らの反応を気にすることなく、そそくさと書庫を後にした。扉を開けると、外には騎士が二人立っている。軽く会釈だけして、私は自室へと足を運んだ。
(いったい、何がしたいのかしら? ほんと、訳がわからない)
部屋に戻ると、メイドに紅茶を用意させ、ランタンの灯りの中、再び読書を始める。
書庫で読めないのは残念だが、面白い本は場所を問わず楽しめるものだ。それでもやはり、あの空間で、古い本の香りに包まれながら、本を読むのが好きだった。
(まあ、また同じことがあっても面倒だし、これからは部屋で読もう)
⭐︎
数時間後、私は一冊本を読み終わる。
「ふぅ、面白かった。あとの本は明日にして、そろそろ寝ようかな?」
そう呟き、立ち上がると、不意に視界の端に揺れるものが映る。バルコニーに続くカーテンが、風もないのにかすかに動いたのだ。
驚いてカーテンを見つめると、その向こう、月光に照らされたバルコニーに、小さな影が浮かんでいる。
そして、低い声が響いた。
「そこの、お前。僕を一晩、泊めてはくれないか?」
(え、一晩、泊める? 一晩? ――あ、これって……魔王が黒猫の姿で、聖女の前に現れる、第二部がはじまる場面じゃない)
だとすれば、第一章が終わった?
私は、死亡フラグを回避できたの?
「娘、どうした?」
バルコニーから一匹の、琥珀色の目をした、黒猫が入ってくる。
やっぱり。この黒猫は魔王だ。……確か、第二部のはじまりは。人間の世界へお忍びで偵察しにきていた魔王が王都で聖女と出会い、聖女の笑顔に一目惚れをする。
『なんて、可憐な笑顔だ』
一目惚れをした魔王は聖女に会いたくて、王城に張られた、結界を超え会いに来る。
(たしか、第二章はそんな出だしの話だった。なのに、なぜ、関係がない私が、この場面に遭遇してしまったの?)
あ、小説のとおりだったら「私は婚約者だから」とミーシャが聖女カオリを押し退けて、殿下の寝室に隣接する部屋を占拠する。
だけど、私はアーイス殿下の隣は嫌だと伝え、ほかの部屋にしてもらった。そして与えられた部屋が、聖女の部屋だったなんて……。




