4話
「出来損ないのミーシャも、役に立つ時があるんだな」
「本当ね。何もできないと思っていたのに……」
「お父様、お母様、言い過ぎですわ。でも、ミーシャがお飾りに選ばれるなんて、可哀想に」
舞踏会でアーイス殿下の婚約者に選ばれ、屋敷に戻った直後に浴びせられた言葉。
もし、ここが小説の世界だと知らなかったら、少しは傷ついたかもしれない。でも、愛されないことはとうにわかっている。期待するだけ無駄だ。
今、重要なのはただひとつ。死のフラグを折ること。
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アーイス殿下の婚約者となり、王城へ来て、ひと月が経つ。最初は「殿下の婚約者なんて嫌」と思っていたけど。
用意された部屋は実家より豪華だし、冷たかった屋敷のメイドたちよりも、ここではみんな親切だ。ドレスだって、お姉様のお下がりじゃない新品で、美味しい食事が食べられる。
これまでの生活とは比べものにならない、快適さだ。
――あとは、死のフラグさえ乗り越えられれば、この生活が続けられるかも? それとも、殿下に頼んで、別の屋敷をもらうのもいいかもしれない。
小説のミーシャとは違い、私はアーイス殿下への愛なんてない。だから、殿下が聖女といくら親密にしていても、全然気にならない。
それどころか、今まで受けられなかった教育を受けられるだけでも、十分ありがたい。
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午後、暖かな日差しが差し込む執務室。
今日も王妃教育を受けていた、授業が終わる。
「ミーシャ様、本日の授業はこれで終了です」
「先生、ありがとうございました」
先生を見送り、教材を片付けながら、小さく息をつく。
「今日の、授業もためになったわ。さて、次は書庫で本を読もうかな?」
相変わらず殿下は聖女に夢中だから、私に会いに来ることなんてない。おかげで、授業が終われば自由時間だ。
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メイドに頼み楽なドレスに着替え、書庫へ向かう途中、庭園へ向かう殿下と聖女カオリの姿を見かけた。腕を組み、周囲の目を気にする様子もなく、親密そうに歩く二人。
――あいかわらず、仲がいいわね。これから、二人でお茶でもするのかしら? できれば、私に気づかないでほしい。
そう思った矢先、カオリがこちらを振り返る。
その瞳が私を捉えた瞬間、胸がざわついた。案の定、彼女が殿下に耳打ちすると、少し不満そうな表情を浮かべたアーイス殿下が、私に声をかけてきた。
「ミーシャ嬢、王妃教育は終わったようだね。今日は天気もいいし、一緒に庭でお茶をしないか?」
「庭園で、お茶をですか? ……いえ、申し訳ありません。これから書庫で勉強する予定ですので、お気遣いなく」
スカートの裾をつまみ、丁寧にお辞儀をする。
王城のコックが作るケーキと、メイドが淹れるお茶は絶品だと知っているだけに、少し後ろ髪を引かれる思いだったが。それ以上に、一人で過ごす、時間のほうが大事だ。
「勉強? それは残念だな。カオリ、行こうか」
「え? ええ、行きましょう」
殿下の満足そうな、笑顔はどうでもいい。
けれど、カオリが一瞬眉をひそめた姿が気になった。それは、まるで私が断ることを予想していなかった、かのように。
――あ、もしかして、このお茶会……。小説の中に書いてあった、二人の甘々なやり取りを、見せつけられる場面?
殿下を愛する、小説のミーシャは傷ついて、部屋で泣く展開だけど。好きでもない二人の、甘々は正直どうでもいい。
書庫へ向かいながら、小さくため息をついた。