05. イブリンの結婚
※ 2025/7/2 修正済。
◇ ◇
実の妹から売女だの性悪女と罵倒される長女。
イブリン・ハートランド公爵未亡人。
彼女は社交界で“黒薔薇の毒婦“と囁かれるほど、若い燕から初老の紳士まで浮名を流している──と噂されている。
確かにイブリンは煌めく社交界の令嬢や貴婦人たちの中でも、ひときわ妖艶な美貌の持ち主だった。
紫がかった黒髪を高く結い上げたフレンチツイスト。
白いうなじから、なで肩までの曲線がとても艶めかしい。
黒曜石のように煌めいた瞳とツンと高い鼻、顎の線はくっきりと鋭角だ。
背は小柄だがウエストがほっそりとしていながら、胸は豊満なので男の庇護欲と愛欲をそそる体をしていた。
元々イブリンたち3姉妹は一代限りの貧乏男爵家の出自だった。
両親が病死の後、遠い親戚のロバート・ハートランド公爵の分家が姉妹の後見人となった。
ハートランド公爵本家はこの王国内に広大な所領を持ち、分家も沢山点在する由緒正しい名家だ。
ロバートはその筆頭当主だった。
だが亡くなった前妻との間に子はなかった。
40代とはいえ白髪交じりの金髪で碧眼のダンディな顔立ちである。
“社交界のプレイボーイ”と人々から揶揄されていた。
無理もない、これだけ美丈夫な寡で地位も高ければ当然、女たちは寄ってくる。
ロバートは既婚&未婚含めて愛人を何人も囲っていた。
だが彼は再婚しなかった。
愛人たちをはべらせてはいたが、ロバートは彼女等の中に正妻にしたい女は1人としていなかった。
だが、このままだと公爵本家の継承者は分家から養子をもらうしかないと、内心本人も憂慮していた。
「やはり直系の子供を我が跡継ぎにしたいものだな」とロバートも考えていた。
ロバートが再婚を真面目に考えていた矢先に、イブリンと初めて対面する。
当初、ロバートは分家の従兄弟から、気の毒な3姉妹の話を聞いて養女として金銭の支援だけならしてあげてもよいと承諾した。
小公子はとかく相続の問題も出てくるが、縁戚の小公女ならば諸侯の貴族や名士たちとの絆や、縁を深める政略結婚ができる。言い方は悪いが若い親戚筋の娘は良い『駒』になるのだ。
だがロバートは15歳のイブリンを一目見て驚いた。
『うわ、なんなんだ、この娘は!?』
と思わず喉元から変な声が出そうなくらい、ロバートの形相が一瞬にして変わった。
イブリンはロバートと相対した時、怯えたのか連れてきた従兄弟の男性の背にこそこそと隠れてしまう。
ロバートは美丈夫でイブリンからみたら大男に見えて怖かったのだろう。
それだけイブリンは小柄で、見るからに男の庇護欲をかき立てる美少女だった。
連れてきたロバートと同年代の従兄弟は優しくイブリンに言った。
「イブリン、怖がらなくていいんだよ。こちらがロバート公爵様だ。私たちの筆頭当主だ。これから君たちはロバート様に面倒を見て貰うんだ。恥ずかしがらずに長女としてご挨拶しなさい」
「はい」
従兄弟の背後から、イブリンがおずおずとロバートの前に立った。
「あの……初めましてロバート公爵様。イブリンと申します……」
イブリンは小鳥がぴよぴよ鳴くような、小さな声でロバートに挨拶をして、ぎこちなくカーテシーもした。
「!?」
この時のイブリンの光景をみた男たちは、一体、どうしたらこの可憐な少女が10年後に社交界の“黒薔薇の毒婦”と呼ばれると予想しただろうか。
15歳のイブリンはそれほどウブで愛らしかった。
「おお、なんて魅力的な娘なのだろう」
ロバートはイブリンを見た瞬間、独占欲が全身を駆け巡った。
イブリンは烟るような黒曜石の瞳を伏し目がちにして俯いていた。
時おり、小顔を傾けた少女の上目づかいの眼は、ロバートを恥ずかしそうに瞬きしながら見つめていた。
その顔立ちの愛らしさは、なんと形容したらいいものか!
この娘の赤いバラの蕾のような唇は、少女の面影を残しながらも、どこか甘い毒を感じるようだとロバートはぞくぞくした。
ロバートの心は既に決まった。
この娘はいい、この娘が欲しい!
私の養女では駄目だ、私だけのものにするんだ!
こうしてイブリンに一目惚れしたロバートはすぐに彼女を婚約者にした。
それから1年後──。
ロバートは44歳。イブリンは16歳。
彼女のデビュタント後、ロバートはまちかねたようにイブリンを正妻にした。