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Chapter1-Section6 どうして私なんですか?

 

 ここ最近は色々あった。会社のデスクがやけに懐かしく感じて、座ると日常を感じてほっとした。でもそれはほんの一瞬だった。ノートPCのデスクトップに映し出された水色の付箋アプリを見てみると、山積みのタスクがずらりと並んでいた。今すぐにでも逃げ出したくなった。


 深々と溜息を吐き出して、ピンと背中を伸ばして気を引き締めた。今日こそは午前中に少しでもタスクを終わらせておく必要がある。

 なぜなら今日の午後に、再び的井翔琉の家に訪問する予定があるからだ。


 彼に何を伝えるべきか、まだ答えを見つけられずにいる。


「玲ちゃん」


 呼ばれて、後ろを振り返った。そこには社長が立っていた。鼻の下にある大きな黒子ほくろについ目が引っ張られてしまう。


「esports運営の方は順調そう?」

「えっと……」


 私が言い淀んでいると「困りごとがあるようだね」と社長は隣のデスクから椅子を引っ張ってきて、膨れた腹を叩きながら座った。


「相談してごらん」

「あの……。思ったんです。どうして私なのでしょうか……?」

「esportsチームのマネジメントを君にお願いした理由だね?」

「はい。そのとおりです」

「それは玲ちゃんが一番仕事早いからだね」

「はい?」

「だってそうでしょ? esportsチームのマネジメントをしながら本来の業務もこなすなんて、玲ちゃんくらい仕事が早くないと無理だもん」


 相変わらずこの社長は……! なにが無理だもん、だ。私が抱えているタスクをこの場で全部お経のごとく唱えてやろうか。


「能力を買ってくれるのは嬉しいですが……。その……私は適任ではないと思うんです」

「そうかな。僕は向いてると思ったけど」

「だってゲームなんてしたことないんですよ? そんな私がesportsチームのマネジメント? 無理に決まってます! 私なんかよりゲームに理解がある人なんて、他の社員の方を当たればいくらでも見つかります!」

「玲ちゃんがゲームをやるわけじゃない」

「それはそうですけど……。そういうことではないんです……!」


「言ってごらん」と社長は笑った。その笑顔は爽やかで、流石に親族なだけあって三雲進とよく似ていた。


「私には理解出来ないんです……! 彼らがどうしてあそこまで本気になれるのか分からないんです。彼らが真剣な顔になる度に、たかがゲームなのに、て思ってしまうんです……! そんな私がesportsチームのマネージャーをするなんて、彼らに失礼だと思うんです!」


 なるほどねえ。と社長はお腹の上で腕を組んだ。


「じゃあ玲ちゃんはプロ野球とかJリーグを観ても、たかがゲームなのに、て思うの?」

「思いません。でも野球やサッカーはスポーツです。身体能力や技術を高いレベルで競い合うために一生懸命になることは理解できます」

「将棋は? チェスは? たかがゲーム?」

「それは……。高度な頭脳を競い合っているから……」

「じゃあ競い合える何かがあればいいってこと? だったらesportsだって同じじゃないか」

「でも……」


 私は反論の言葉を探したけれど、上手い言葉は何も見つからなかった。


「野球やサッカーにのめり込んだ人達がいるように、玲ちゃんが言う〝たかがゲーム〟にのめり込む人達もいるんだよ。玲ちゃん。僕は思うんだ。人を熱狂させられる何かがあるのなら、そこに違いは無いんじゃないのかな……」


 社長は立ち上がると「着いて来て」と背中を向けた。私は慌てて立ち上がり、その背中を追った。


「座って」


 そこは社長のデスクだった。見せかけだけの高級感を放つ黒い机には、立派なデスクトップPCが設置されている。


「どういうつもりですか?」

「いいから」


 私が椅子に座ると、社長はデスクに手を伸ばし、ワイヤレスマウスを操作しながら言った。


「僕がこれまでの人生で得た教訓を言うならば、何かを学ぶのに自分で経験する以上に良い学びはない」

「アルベルト・アインシュタインも同じようなことを言っていたと思います」

「それは初耳だ。彼は意外とありきたりなことも言うんだね」


 社長はわざとらしく肩を竦めた。


「このPCならインパーフェクトを出来るよ。インストール済みなんだ」

「やってみろ、ということですね?」

「そのとおり」

「同じことを言うんですね」

「実はね、僕はアインシュタインの生まれ変わりなんだ」

「そっちじゃないです」

「あ、そうなの」


 やってみるといいよ。金髪パーマの青年の声が蘇る。


「でも今はゲームで遊ぶ暇なんかありません。本日中に経営会議の手配、『non-ordinary プロダクト』との打ち合わせ設定、とその資料の作成を終わらせたいんです」

「そのくらい僕が自分でやっておくよ」

「社長が……!?」


 私が怪訝な顔を見せると、社長は乾いた声で笑った。


「その顔の意味は訊かないことにするよ……」


 そこまで言うなら。と私はモニターの画面を見つめた。インパーフェクトの起動画面が映っている。


「社長秘書として一応尋ねておきますが、会社のPCになぜこんなものを?」

「いっときの気の迷いってやつだよ。インストールしただけでやってない」

「本当ですか?」

「当たり前じゃないか。本当だ」


 いつも社長は嘘を憑く時は相手の目を真っ直ぐに見つめ、瞬きが多くなる。今回のように。


「本当ですか?」

「ちょっとだけやった。でも一回や二回だ」


 私は溜息混じりにマウスを握った。

 まさかの展開だった。ここは会社のオフィスの中で、しかも業務中だ。私が人生で初めてゲームをする瞬間は、そんなあり得ない状況で訪れた。


おまけ

レイ「私がゲームを終えたらPCからアンインストールしておきますね」

社長「でも……」

レイ「しておきますね」

社長「……はい」

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