Chapter4-Section64 これが世界か
***ラヴフィン***
「暇つぶし。させてよ」
「いいぜ。飽きるまで相手してやるよ」
俺はマウスから手を離すと、タンクトップから剥きだしの肩をグルグルと回した。それから指をポキポキと鳴らしながら、コメント欄に目を通す。
リンクスはやばい!
オーレヴィオン!!
ついに日本最強が来たか……!
貫禄やばい
なんだよこのマッチアップ……! 楽しみ過ぎるだろ
この男だけはマジでやばい。
もうカケルも呼ぼう
伝説再び
勝てる……のか……?
視聴者の熱はここにて最高潮だ。対戦相手はこれ以上ないくらい申し分ない。
ああ……! 最高だ……! 血がたぎる!
「腕がなるな!」
「早くやろうよ」
それなりにこのゲームをかじったプレイヤーであれば、配信者『ラヴフィン』の名声を知らないわけがない。初対面のやつは漏れなく俺に憧れを伝えるか、分かりやすく萎縮するかのどちらかだが、この男はどちらでもない。まるでカケルと初めて会ったときのようだ。
「行くぜ?」
「いつでもいいよ」
しゃあ! と意味も無いが声を張り上げ、タイマン用のモードを開始した。
タイマン用のステージは先日にカケルとタイマン勝負をしたときと同じだ。
十秒もあれば端から端まで移動できそうな狭いステージの中心に小さな納屋がひとつある。その周りを、よじ登れる大きさの岩のオブジェクトが六つ囲んでいる。
さて、どう来るか。
カケルの場合は、一本目に電光石火のごとく攻めてきて不意をついて来たが……。
速攻でリンクスが攻めてきてもハチの巣にできるように警戒していたが、中心の納屋の向こう側から敵は顔を出さなかった。
まずはお互い様子見か。
俺は納屋に近づくと、開けた窓から中の様子を見た。敵がいないことを確認して、壁をよじ登り屋根に上がった。
同じタイミングで反対側から屋根に上がる敵が見えた。
まずは純粋なエイム勝負か!
互いが同時に銃を構えて発砲した。
与えたダメージは互角だった。しかし、先に逃げるように屋上から降りたのはリンクスだった。
有利な高所を簡単に明け渡すだと? どういうつもりだ?
基本的に、このゲームは高所を取った方が有利になる。広い視野を確保できることと、下を覗くだけで簡単に射線を通せる分、撃ち合いの主導権を握りやすいためだ。
どういうつもりか知らないが、俺のやることは簡単だ。こっちの有利を押し付けるだけだ。屋上から、地上に降りた敵と撃ち合う。それだけでいい。
屋上から敵を狙うのは簡単。真下の敵を覗きこむだけでいい。地上にいるリンクスが俺の攻撃から身を守るには、納屋の中に逃げ込むしかない。一方で、リンクスからしたら、俺が屋上から覗き込んでくるタイミングは分からない。そして上手く反応して撃ち返せても、俺が一歩後ろに引くだけで、俺の姿は簡単に隠れてしまう。
被弾を抑えて戦えるのは、有利ポジションを押さえているのは、屋上をとっている俺だ。
と、敵が普通のやつだったら考えたが、最高に面白いことに敵は普通じゃない。
俺は屋上の端まで移動すると、銃をショットガンに持ち変えて、構えた。息を止め、その瞬間を待つ。
突然、右斜め前にリンクスの半身が下から現れた。納屋の壁を蹴り、宙を舞っている。
「だよなあ!」
カケルだって、この逆境から反撃してみせた。なのに、日本一の男が、こんな簡単に勝ちを譲るはずがない。
この俺を誘いやがって……! 狐め!
突如として姿を見せた敵に、体に染み込んだ手捌きで素早く照準を合わせる。
そのごく僅かな瞬間に、相手のショットガンの銃口も俺を探し当てていた。
撃ったのは同時だった。些細な差すらなく、本当に同時だった。
ショットガンの弾が相手に当たった。同時に敵のショットガンの弾が俺に当たる。
ふたりとも倒れて、互いのスタート地点に戻された。
画面上のスコアボードを見ると、相手にポイントが入っていた。どうやら俺の敗けになったらしい。
「あ!? 相討ちだっただろうが!」
「少しだけ、俺の方が撃ったの早かったよ」
「相打ちだ!」
「どっちでもいいよ。次やるよ」
「かかってこいやあ!」
敗けたことには納得しないが、次勝てばいいだけだ。
二戦目が始まった。
次は気分を変えて、速攻で攻めてみるか。
さて、どう反応する?
俺は開始早々に納屋に近づき、壁を上り、屋根の上に立った。敵はいない。納屋の側面から足音が聴こえるから、納屋の周りを走っているのだろう。敵にも俺の足音は聴こえたはず。俺が屋根上にいることは承知だろう。
さてどうくるか。
と考えるまでもないかもしれない。先の一戦だけでも分かる。リンクスは翔琉と同等か、それ以上のキャラクターコントールの技術を持っている。キャラコンが得意なプレイヤー相手に屋根上を取ることは、そこまで得策でないことは、先日の翔琉との一戦でよく分かった。
壁ジャンを駆使して、下からショートピークをしてくる敵はかなり厄介だ。リンクスは間違いなく、その戦法を取ってくるだろう。
それを嫌って屋根から降りてしまえば、簡単に屋根上の有利を譲るようなものだ。
「だったら……」
左側から、敵が壁ジャンでショートピークしてくるのが見えた。
俺はその方向に銃も構えずに突進した。ショットガンが撃たれ、真正面から体で受け止めた。相当なダメージを受ける。それでも直進する。
「これでどうだあ!」
屋根を蹴り、高くジャンプした。
地面に落下していく敵の頭上を飛び越えて、その向こう側の岩場に着地した。
振り返ると、地面に着地したばかりの無防備な敵の姿。その背中は納屋の壁で退路なんて無い。俺の攻撃から身を隠せるものは何も無い。
「肉を切らせて骨を断つ作戦だ!」
俺は敵目掛けてサブマシンガンを放った。リンクスは小刻みにジャンプしながら右に左に持ち前のキャラコンで弾避けするが、着実にダメージは削れていく。
「ちょこまかばっかしやがって! 早く逃げないとこのままハチの巣だぜ!?」
「俺も肉を切らせたんだよ」
「あ?」
リンクスは俺に背を向けると、ジャンプした。納屋の壁を蹴り、反対方向に体をひるがえして更に高く飛ぶ。俺に向かって、やってくる。
ちょうどサブマシンガンの弾が切れ、リロードのタイミングになった。
リンクスの体力はあとわずか、ショットガンに持ち変えてとどめを……。いや敵は反撃に来ている。岩場の後ろに身を隠すのが先か――。
違う……! もうどっちも間に合わない! 俺の体力は既に大きく削れている。もう一発ショットガンがヒットすれば終わりだ。
宙を舞うリンクスが持つショットガンを、その銃口を、なす術もなく見つめた。
おいおいマジかよ……! この男、この瞬間を狙ったとでも言うのかよ……!
ありえねえだろ……!
しかし……。なるほど……。
これが世界か。




