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Chapter4-Section63 相手してくれる?


***朝日玲***


 季節は、まだ夏だ。

 閑散としたオフィスの空調が寒いほど効きすぎるから、薄いジャケットを羽織った。

 デスクの隅に裏向きに置かれたスマホを一瞥した。


 オフラインで開催されたesportsの大会。「IMPERFECT BRAVES SUMMER FESTIVAL IN JAPAN」。日本と、そして世界の猛者たちが集う祭典だ。


 私がマネージャーを務めるチーム『CONTRAILコントレイル』は参加20チームの中で最下位だった。


 あれから三日が経つ。


 チームのグループチャットはずっと止まっていた。いつもであれば、三雲進がチーム練習を持ちかけたり、ラヴフィンが見たことない謎のキャラクターのスタンプを深夜に送っていたりとしていたが、それすらも無かった。


 自分達の実力にあれだけの自信があった三人だ。事実、プロリーグ予選では無双ともいえる活躍ぶりだった。入れ替え戦でも、三雲進が体調不良で途中から離脱してしまった状況下で、ふたりだけの力で勝ち抜いてしまった。

公式大会ではなかったとはいえ、最下位になったショックは大きいだろう。世界の、そしてプロの壁を目の前にして、彼らが今どんな想いで日々を過ごしているかなんて、選手でもない私には分かりかねる。


 心配だ。


 しかし、その心配を何かしらの形で彼らに伝えてしまうこと、それは信頼感の無さの表明になってしまいそうで気が引けた。

 こういうときの正しい立ち回りが分からない。マネージャーとしての私も、まだまだ未熟者だ。


 私はただ、彼らな乗り越えてくれると信じ、自分にできることをするしか無かった。


 窓から注ぐ眩しい陽射しをひと睨みした。中指で眼鏡の位置を正し、パソコンの画面に視線を戻す。


 esportsチーム『CONTRAILコントレイル』の公式サイト。本来の業務もこなしながらのため時間はかかってしまったが、なんとか私ひとりで作り上げた。

 私たちの会社は表向きこそ電子書籍の代行出版の会社だと謳っているが、実のところWEBホームページの作成請負も数多くこなしている。実情を語ってしまえば、売上的に後者の方が主戦場だと言ってもいい。

 私もホームページ作成のプロジェクトにはいくつも携わっている。

 だからこそ、公式サイトのひとつやふたつ作るくらいはお手のものだ。


 サイト構成は簡単だ。

チーム紹介、選手紹介、そして選手からのメッセージを綴った。ホームページに記載したメッセージはどれも三人から予め貰っていた文章を私が整えたものだ。

いずれユニフォームやタオルなどのグッズが出来た際は、このサイトに購入用のページを追加する予定だ。


 スポンサー探しに、ユニフォーム製作。まだまだ、やることは山積みだが、着実に『esports』チームとしての土台は出来始めている。


 今の未熟な私では、彼らにしてあげられることはこれくらいだ。それすらも、彼らにとって喜ばしいことなのかどうかも分からない。的井翔琉なんか、どうでもいいと言うかもしれない。

それでも、彼らにとって少しでも明るい知らせになることを願い、公式サイトを公開したことをグループチャットで三人に伝えた。


***三雲進***


 スマホの通知音で目を覚ました。


 デスクに突っ伏していた頭を上げて、金髪のパーマを揉みこんだ。

 どうやら寝てしまっていたらしい。

 眠気をとろうと、目をこすりながらエナジードリンクの缶を手に取るが、すでに空になっていた。

 デスクに積み上げた資料に肘が当たり、紙の山がパラパラと床に散らばった。その資料は過去プロリーグでの各チームの試合時のマップの移動ルートをまとめたものだった。


「あーあ」溜め息がでた。「まあいいか」


 椅子から立ち上がり、ベッドの枕元にあったスマホを手に取った。

 通知を見ると、玲ちゃんからだった。すぐに画面を開き内容を見る。


 『CONTRAILコントレイル』のホームページを作成しました。URLを以下に添付します。


「業務連絡かよ」


 玲ちゃんらしい真面目な文章に思わずツッコミが漏れる。

 でも玲ちゃんからしたら、きっとそうなのだろう。俺たちのマネージャーをやってくれている理由は会社の社長に頼まれたから。ただの仕事の一環でしかない。それなのに、玲ちゃんはよくやってくれている。すごく感謝している。


 ありがたいと思うと同時に、情けなくなった。


CONTRAILコントレイル』は俺の我儘で始まったチームだ。会社の社長をやっている伯父さんを言いくるめ、玲ちゃんまで巻きこんだ。


 結果を残さなければ、俺は糞野郎だ。


 それだけに、先日の敗戦は心臓を強くつねられた気分だった。驕るなよと。プロは甘くないと。糞野郎になる覚悟は出来たかと。


 プロリーグが始まるのは八月中旬。準備期間は、およそ二週間とちょっとだ。


 今の俺たちには何かが明確に足りない。それが分からずにいる。


 ひとりひとりのポテンシャルで語るなら、全員プロの世界で通用する実力を持っているはずだ。しかし、それが実際の試合になると、なぜか話がまるっきり変わる。


 足りないものはなんだ。


 どんなに他チームを研究しても、分析しても、これといった答えはまるで見つからない。なのに、プロリーグまでに残された時間は刻々と減っていく。焦る気持ちが積もるばかりだ。


 一畳にも満たない小さなキッチンの真横には、独り暮らしサイズの小型の黒い冷蔵庫がある。冷蔵庫からエナジードリンクを一本取り出すと、デスクに戻った。

 デスクに立て掛けているタブレットの映像には、ラヴフィンの配信を垂れ流している。


 ラヴフィンは昨日から、凸待ちタイマン企画なるものを配信で行っていた。凸待ちタイマン企画とは、配信上でワンオンワンのタイマン勝負をする相手を呼びかける企画だ。コメントでラヴフィンに申し込みをし、ラヴフィンがその人を猛者として認めればタイマン勝負ができる。五本勝負で勝ち越した方が勝者。極めてシンプルなルールだ。

 企画を開始した当初は一般プレイヤーの参加ばかりが目立っていたが、企画の話がたちまちに界隈で話題になると、まもなくして、有名配信者や国内のプロ選手までもが参加するような大きなエンタメになった。


 昨日は十二時間この企画をやっていた。そして、今日も正午から開始して、まもなく三時間になる。まだ終わる気配は見えない。


 先日の大敗を受けて、ラヴフィンにも何か思うことはあるのだろう。だからこそ、こうして、自分に足りない何かを、それが見つからない焦りと怒りを、エンタメとして消化しようとしている。


企画を開始した当初から、ちらちらと様子を観察しているが、所感でいうとタイマンの勝率は9割程度だろう。敗けた相手はプロ選手だけで、それも同じ相手と何戦も勝負を重ねていて、総合的に見れば勝ち越している。


 タイマンでのラヴフィンの強さは、やはりプロリーグのレベルでもトップレベルだ。そんなラヴフィンと肩を並べる翔琉カケルも間違いなくプロリーグで通用するだろう。


 だとしたら、足りないのは俺の実力か?


 単体の実力で語るなら、ふたりの力と比べて、現状の俺の力が劣っているのは間違いないだろう。しかし、それだけでは説明できないほどに、あの日は圧倒的に負けていた。


俺の実力どうこう以上に、今は、もっと優先的に向き合うべき課題が別にあるはずだ。


 この答えが見つからない限り、プロリーグで勝つことは不可能だろう。


 ラヴフィンのタイマン企画配信に、新たな挑戦者が現れた。


「おいおい……。まじかよ……!」


 その名前を見て驚愕した。勢いよく前屈みになると、手に持ったエナジードリンクから紫色の液体がピチャリとこぼれた。


『ここにきて大物のご登場だな』

『おもしろそうだったからさ。暇だったし』


 それはLynxリンクス。日本のトップチーム『Aurevion(オーレヴィオン)』の絶対的エースであり、世界でも名を馳せるプレイヤー。その非情なまでの強さに、ついた二つ名は魔王。


 ふふ。とリンクスは静かに笑った。その声は、雪のように無垢で、純真たる冷たさを思わせた。


『たくさん、相手してくれる?』

『遊んでやるよ……! 日本一ナンバーワン……!』


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