Chapter3-Section60 コイン
気付けば、負けていた。
何もできず、蹂躙された。
4試合目、始まりはかなり良かった。
安地(安全地帯)エリアは自分達が最初に降りたランドマークに寄ったので、チャンピオンを狙えるポジションをいち早くキープできた。
けれど、そのあとが問題だった。
最初の降下で隣のランドマークに降りていた『IMPERIAL PURPLE』にファイトを仕掛けられた。
家の中にグレネードが放り込まれたので、爆発に巻き込まれないように部屋の隅に避けると、その動きを預言していたかのように、フラッシュ(閃光を弾けさせ、範囲内の
敵の目をくらます。ジャスティスというキャラクターの固有スキル)が目の前で弾け、三人の視界を奪った。
くらんだ視界の中で、三雲とラヴィが一瞬で倒れた。俺は視界が見えずとも、記憶を辿りに家の出口まで手探りのキャラコンでなんとか脱出した。
家の外に出たときにようやく視界が正常に戻った。上空から影が落ちてくるのが分かった。見上げると、家の屋根から飛び出して、俺の真上を飛び越える敵がいた。空中で俺を見下ろしながら、銃を構えている。
キャラクターと目があった。その向こう側で、余裕の笑みを浮かべているプレイヤーの顔が見えた。そんな気がした。
おまえたちに、このステージはまだ早い。そう言っている声が聞こえた。
そして俺は倒された。
4試合目の『CONTRAIL』の結果は20位、最下位での脱落だった。
***
前半の4試合が終わると、1時間のハーフタイム(休憩時間)に入った。
他のブースではトークショーやコスプレイヤーとの撮影会など各種イベントを催しているようで、多くの観客が応援席から離れた。
「夏海はいかなくていいの?」
馬鹿言わないでよ。と夏海は肩をすくめた。
「私があんな人混みの中を独りで歩けるわけないじゃん。RPGで例えるなら最初の村を出たばかりなのに、いきなりラスボスに挑むようなものだよ。つまり、無理ゲーなのだ」
「秘儀! 殻にこもる!」夏海は足を折り畳み、ピンクのパーカーの中に格納すると、さらにフードを深くかぶり直す。「私はずっとこうしている」
あはは。と私は乾いた笑いを出しながら、まるでアルマジロみたいになった彼女に「控室に行ってくる」と伝えて、席を離れた。
前半戦終了時の総合結果で『CONTRAIL』は最下位の20位だった。獲得したポイントは1pのみだ。
上位勢の結果は以下で、
1位42P:『RAVEN'S CROWN』
2位41P:『Laurier』
3位38P:『Well Well Well』
4位36P:『IMPERIAL PURPLE』
5位30P:『No.21196』
ここからの後半戦で、この争いに割って入るのは至極困難だとポイント差が語っていた。
これまで、彼らがここまで苦しめられていることを観たことがなかった。
控室では日本の各チームの選手たちが思い思いに過ごしていた。とはいっても、ほとんどの選手は談笑しているか、黙々とスマホを弄っているかのどちらかだった。Cadoのように、イヤホンを着け、精神統一している選手は他にいない。
そんな中で『CONTRAIL』の3人が座る場所も少し異質だ。試合のときの緊張した空間をそのまま引きずって来たような重々しさがある。
「おお! マネージャー……! どうだあ!? 楽しんでるか!」
「はい。観客席もすごく盛り上がっていますよ」
「それはいいな!」
ラヴフィンがいつもどおりに明るく振る舞っているものの、それだけでは隠せないほど、ここは重力が重い。
その原因は他の二人にあるようだった。
「初動ファイトを止めよう」
「止めない」
三雲進と的井翔琉、ふたりの視線がぶつかっている。
「勝てるビジョンがない。また負けるだけだよ」三雲進は言った。
「たった2試合だけで決めるのはおかしい。次は勝てる」すかさず的井翔琉は返す。
「どうやって?」
「それを考える時間でしょ?」
ラヴフィンは私に目配せをすると、両手を上げて大袈裟に肩をすくめる。「さっきから、ずっとこの調子なんだ」
後半戦、使用マップは1、2試合目で行われたマップに戻る。『コッツウォルズ跡地』、『RAVEN'S CROWN』と初動ファイトを繰り広げていたマップだ。
つまり、最初の降下場所を別のランドマークに変更し、初動ファイトを避けたい三雲進と、変わらずに初動ファイトを続けたい的井翔琉とでは意思が合わず、口論になっているのだろう。
「「ラヴィは?」」
ふたりの声が重なる。
「あ、俺?」
こういうときはだなあ。言いながらラヴフィンはポケットから一枚のコインを取り出した。
「面白いやり方で決めようぜ!」
「ありえない!」すかさず、三雲進が文句をつけた。「大事な決断をコインに頼るなんて!」
「だから面白いんだろ?」ラヴフィンは不適に笑った。
「俺はいいよ。それで」的井翔琉はなぜか自信満々に言うと、挑発するように三雲進を見つめた。
「いいよ。分かったよ。やってやるよ」不貞腐れた顔をしながらも、三雲進は簡単に挑発に応じる。この男は急に子供っぽくなるときがある。
「でも、ちょっと待って」
三雲進はラヴフィンの持っていたコインを取り上げると、隅々まで確認する。
「なにしてんの? 早くしてよ」そのあいだ、的井翔琉は退屈そうだ。
「俺が小細工なんてするわけないだろ。結果が分かっちまうなんてつまらんからな」ラヴフィンは言う。
「念のためだよ」チェックが終わったのか、三雲進はコインを返した。
この短いやり取りにも、3人の性格が良く表れている。
「さて始めるぜ」ラヴフィンはコインをつまむと、表と裏をふたりに見せた。「表のインテリゴリラが出たら初動ファイトはしない。裏のヤクザパンダが出たら初動ファイトをする。それでいいな?」
なんだその変なコインは。
「OK」ふたりは同時に頷いた。コインの変な絵柄なんて気にする余裕もないくらい、ふたりは真剣だ。
キン、と親指でコインが弾かれた。コインは空中で何回転もしてから、ラヴフィンの手中におさまった。
ゆっくりとラヴフィンは手をどける。
現れた絵柄はパンダだ。ヤクザパンダだ。ヤクザパンダってなんだ。
「裏だ。初動ファイトをする。決まりだな」
三雲進は腕を組むと、鼻から時間をかけて息を抜いた。「分かったよ」そういうが、まだ納得していない様子だった。
「三雲さ」
的井翔琉の静かな声。ずしん、とまた空気が重くなるのを感じた。
「勝つ気あんの?」
その声には抑揚がないのに、空気を切り裂く音が聞こえる。
「あるよ」三雲進は言う「目の前のファイトに勝つだけが勝負じゃない」
「目の前のことから逃げるのが勝つことに繋がる?」
「場合によってはね」
「意味ないよ」的井翔琉は小さく言ったあとに、もう一度はっきりと言い直した。「意味ない」
「全部に勝たないと、意味がない」
彼の深淵に隠されていた炎が、突如として顔を出す。
「世界一を狙うなら」
この炎を見ると、この少年と初めて会った日のことを思い出す。
世界一を目指すつもりはありますか?
そう言って、私を試した。
彼の世界一への執念は凄まじい。まるで、それだけが自分の生きる意味だというかのように、瞳の奥で火を揺らめかせる。
その執念の深さは驚異的であり、狂気的だとも思う。
すこし、恐いとすら思った。
おまけ。
一方、夏海は・・・
夏海「…………」
カケル母「…………」
夏海「(ふたりっきりになった。気まずい……!)」
カケル母「マ……マフィン食べる?」
夏海「そ、それじゃあ……」
(パク)
夏海「ゲロウマ!!」
カケル母「でしょう!? 作るのにはコツがいるのよ! バターも卵も常温にしてから使うとよくて。あと混ぜ加減もとっても大事。生地をしっとりとさせるには混ぜ足りないのも混ぜ過ぎもダメ。小さなツブツブが残るくらい丁度よく混ぜるのがベストなの! これには経験が必要で……」
夏海「(今度つくってみようかな……)」




