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Chapter1-Section5 たかがゲーム

「それで契約せずに戻って来たというわけか」


 三雲進は抹茶ラテにストローを刺すと、ずずず、と吸い上げた。

 カフェテリアには二日前と同じ洒落たミュージックが流れていた。


「はい。昨日は一晩中考えていました」

「なにを?」

「私がその責任を背負っていいのかをです」

「責任? なんの?」

「もし彼と契約するならば、私達には彼の本気に応えるという責任が生じるんです」

「真面目だねー。玲ちゃんは」

「私は……」


 膝の上でギュッとスカートを握った。的井翔琉の溜息の音が海馬から鮮明に甦る。


「大人として正しくありたいだけです」

「嘘も方便と言うじゃん。ときに正しいと思うけどね」


「例えば……」と彼は目線を宙に漂わせて、金髪のパーマをくしゃくしゃと揉んだ。


「俺だって彼女を喜ばせるためなら平気で嘘は憑く。可愛くもない猫の動画を観させられても可愛いねって言ってあげるんだ。それで彼女が喜ぶならね」

「猫は可愛いです」

「俺は犬派なの」

「猫は可愛いです」

「かもね……」


 彼は肩を竦めた。「つまり」と話を続ける。


「俺が言いたかったのは、適切に使いこなせるなら嘘は正しいってこと。だからこそみんな成長するにつれて、上手に誤魔化したり、お世辞を言う術を当然のように身につけていくんだよ」

「それは正しいからではなく、その方が楽だからと私は思います」


 彼は抹茶ラテをテーブルに置くと、頬杖をついた。興味深げに目を見開く。


「どういうこと?」

「本音を言うということは自分を理解して貰う必要性が生じるということで、本音を言われるということは相手を理解する必要性が生じるということです。つまり本音を隠すという行為は、それらの過程を省略したい人間の横着ではないでしょうか」


 私は子供の頃、ちゃんと本音をぶつけて欲しいと大人達に思っていたんだ。話をはぐらかしたり、体のいい嘘を並べる大人が嫌いだった。こういう大人にはならないようにしようと思っていたんだった。


 子供の頃に自分が思い描いていた大人に、私はなれていなかった。


 三雲進はしばらく黙して私を見つめていた。やがてテーブルに置かれたマフィンに視線を移した。


「これ。食べていいの?」

「はい。昨日の手土産です。的井翔琉さんのお母さんから頂きました」


 ふーん。と彼はマフィンをひとつ摘まんだ。


「え! めっちゃ旨い! こんなのどこで売ってんの?」

「手作りです」

「マジか……!」


 彼は信じられないと言うように首を左右に振った。「もしかして……」と私の顔を覗く。


「なんですか?」

「このマフィンをまた貰うために出直したんじゃ?」

「違うに決まってるでしょ!」

「お! 敬語じゃない」


 私は大きく息を吐き、頭を抱えた。


「とにかく……! 問題は……私には彼の本気に応えられるほどの熱量も、知識も、能力も何一つ無いんです。だって私はesportsなんて興味が無いし、チーム運営をやったことも無いからです。こんな状態で契約をするのは無責任だし、彼に失礼だと思うんです」

「玲ちゃん。もしかして俺と契約していること忘れてない?」

「あなたみたいに冗談で世界だの、世界一だの言っているのとは違うんです! 彼の目は本気で……世界一を見据えていた……!」

「心外だなー」


 彼は指でストローをくるくると回した。


「勘違いしてるよ。玲ちゃん」


 飄々(ひょうひょう)とした表情が途端に真剣になった。


「俺は世界一を本気で狙ってる」


 顔の前で人差し指を立てると、その指先を私に向ける。


「本気じゃないのは君だけだ」


 そう言うと、真剣な表情を崩して爽やかに笑った。


「ま、esportsチームを作っている今の状況は玲ちゃんの意思じゃないから当たり前なんだけどね」


 と言葉を添えてから抹茶ラテを飲んだ。


「だったら……」

「ん?」

「だったら教えてください……!」


 私は答えが欲しくて、訴えかけるように彼を見つめた。


「なにを?」

「どうしてそこまで本気になれるんですか?」

「どうしてって……。どういう意味?」

「だって……」

「だって?」

「だって……たかがゲームではないですか……! 私にはあなた達がどうしてそこまで本気になれるのか、それすらも理解出来ないんです……!」

「たかがゲームねえ」


 彼は抹茶ラテを一気に飲み干した。


「ゲームなんてただの子供のお遊び? おもちゃと一緒?」

「言葉を選ばずに言ってしまえば、そうだと思ってしまっています」

「そういう人もいるよねー。だったら俺から的確な回答をひとつプレゼント」


 彼は椅子を引いて立ち上がった。


「やってみるといいよ」

「それだけ?」

「それだけ」


 じゃ。と三雲進は片手を上げた。


「俺、これから大学で講義があるから」


 そう言うと、颯爽と立ち去っていった。


おまけ

三雲進みくもすすむ

二人の姉妹がおり、どちらもギャル。子供の頃に姉が拾ってきた猫に噛まれたことがあり、それ以来猫を苦手としている。

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