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Chapter3-Section50 此処で逢ったが百年目

 

「あなたは恋してる?」


 苦手な問いが飛んで来て、つい視線を逸らしてしまった。こういうとき、世界情勢だとか、今朝のニュースの話題を振られたほうが、いくらか答えやすいのに、なんて思ってしまう。

 私は他人と、性癖や恋愛観を共有することに強い抵抗感がある。


「そういうのは……ないですね」


 だから、こうとしか答えられない。


「絶対うそ!! そんな女の子なんていない!!」


 Picoピコはぷっくりと頬を膨らませた。


「私はたくさん恋してる! 今は彼氏が5人いる! でも一番大好きな男とは付き合えてない!」


 こういうことを平気で言ってのける人に感心する。羞恥心を感じないのだろうか。私とちがう生き物なのでは? とさえ思ってしまう。

 ん? ちょっと待って。今すごいこと言ってたぞ? この子。


「彼氏が5人……!? どういうことですか……?」


「ん?」彼女は首を傾けた。「そのままの意味だけど」


「わたし、おかしい?」


 本当にどこがおかしいのか分かっていない顔だ。


「恋人はひとりだけ、というのが普通だと思っていたので」

「別にいいじゃん。たくさんいても。悪いことしてないよ?」

「それなら……ピコさんの彼氏達に、ピコさん以外の彼女がいても気にしないということですか?」

「そんなのだめ! 絶対だめ!」


 思いがけず大きい声が飛んできて、私は背中を反らした。


「ピコはみんなのものだけど、みんなはピコだけのものなの!」


 なんて自己中心的な言葉だろう。自分勝手、小悪魔、究極のわがまま少女。そんな印象が根付いていく。


「わたし、おかしい?」


 クマのぬいぐるみを、体全部を使ってぎゅっと握りしめながら、潤んだ瞳で私を見上げる。その様子はお人形のようで、たしかに可愛らしい。けれど可愛くあれば、無垢なふりをすれば、全てのわがままは許されるのだろうか。


「すみません……。おかしいと思います」


 正直に答えることにした。彼女のいきすぎた暴走を肯定するわけにはいけないという、私の変な真面目さが働いてしまったからだ。


「ふーん……。そっか」


 彼女は頬を膨らませながらしゃべる。


「たのしい恋バナできてたのに。台無しだね」


 私は恋バナをしていたつもりはない。一方的に話しかけられているだけだ。


「あなた、選手?」

「いえ。マネージャーです」

「チーム名は?」

CONTRAILコントレイルです」

「聞いたことない。無名じゃん」


 意地悪そうに彼女は笑った。私に悔しそうな顔をさせたいのだろう。残念ながら、ポーカーフェイスは私の十八番だ。


「でも」私はお人形のような小さな顔を見下ろした「彼らは強いと思います。かなり」


 するとピコは吹きだすように笑った。「なにそれ」と言いながら、その場でくるりと一回転した。


「強いなんて、あたりまえだよ」


 意味深な台詞を残すと、彼女は「バイバイ」とクマのぬいぐるみの手を振ってから、消えていった。



 控え室に戻ると、先ほどより人は増え、にぎやかになっていた。ラヴフィンが輪の中心になっているのは変わらずで、三雲進もその輪に混じり、楽しそうに談笑している。そんな中で、Cadoカドーという赤毛の坊主頭の様子も変わらない。誰とも話さず、目を閉じ、イヤホンで耳を塞ぎ、自分と世界に境界線をつくっていた。


 的井翔琉がいない……! 私はすぐに、その事実に気付いた。やっぱりあの男は、一瞬でも目を離せばこうなるのか……!


 キョロキョロと部屋を見回す私に気づいたのか「何かあったの?」と三雲進が近づいてきた。


「翔琉さん見ませんでした?」

「そういえば……。見てないね」


 あの男は……! どうやったらトイレから戻るだけで行方不明になれるのか。

 もう間もなくすれば、試合開始に向けて、選手達がデバイスやモニターのセッティングをする時間が設けられるらしい。早く見つけ出さなければ……!


「探して来ます……!」

「楽しそうだから一緒に探すよ」


 楽しそうだと? 私がキッと睨むと、三雲進は「心配だから、一緒に探すよ」と言い直した。



 関係者通路をしらみ潰しに歩いていたら、的井翔琉は案外すぐに見つかった。通路の向こう側から歩いてきた二人の人影のうちの一人が彼だった。もう一人は、さっき別れたばかりのYukiユーキだった。

 事情を訊くと、どうやら的井翔琉は迷子になっていたようで、通路をうろちょろしているところをユーキに見つけられて、彼の親切で案内をしてもらっていたらしい。


「なにやってんですか……。ほんとに……」


 呆れ果てる私の横で、三雲進は腹を抱えて笑っている。「トイレから返って来れないって。うけるわ」と親指を立てる。


「カケルって方向音痴なんだね」

「そーなの?」

「いや。もうこれは確定でしょ」

「ふーん。知らなかった」


 他人事みたいに言う。


「お手数おかけして、すみません」


 私がユーキに頭を下げると「いえいえ」と彼は首を振った。


「僕らは選手同士、ライバルとも言えますが、ある種仲間とも言えます。ですから、困ったときはお互い様なので」


 優等生のような立派な言葉を述べながら、アイドルのような完璧な笑顔をつくる。

 なんて出来た人間だろう。思わず感心してしまった。うちの選手達も見習ってほしいものだ。……わかっている。無理だと。


「盲亀の浮木……!」


 不意にうしろから声がした。振り向くと、大柄な男が立っていた。背はラヴフィンと同じくらい高く、恰幅も良い。平和ボケした犬みたいな顔と、デニム生地のオーバーオールが丸い体を包みこんだファッションは、どこかマスコット感があって、その体の大きさに反して、愛嬌があった。


「優曇華の花待ちたること久し……」


 ふん、と小鼻をふくらませたあと、男はユーキを力強く指差した。


「此処で逢ったが百年目! いざ、尋常に勝負!!」


 にっ、とやたら白い歯を見せて男は笑う。


「日本一の座を明け渡せ! そしてそこに、俺らが座ろう! 我ら『Obsidianオブシディアン』がな!」


 『Obsidianオブシディアン』。たしか、入れ替え戦を優勝して、プロチーム昇格を決めたチーム。そして元『Aurevion(オーレヴィオン)』のNaoharuナオハルという選手が移籍したチーム。さらには、的井翔琉と相性最悪なYuzuユズがいるチーム。


 男の後ろには、さらに二人の影がある。

 ひとりは痩せこけた狼のような顔をした男。そしてもうひとりは、まるで女の子のような、あどけない顔をした男。


 きっとどちらかが、ユズなのだろう。

 


おまけ

Picoピコ

元彼に「ゲームが上手い女の子が好き」と言われたので、ゲームを頑張ったら勢いあまってプロになった。

今は自チームの「RAVEN'Sレイブンズ CROWNクラウン」のコーチに恋をしており、コーチから「世界一になったら、付き合ってもいい」と言われた言葉を信じ、世界一を目指している。

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