Chapter3-Section49 恋してる?
「不思議な目、ね……」
Yukiは雲のような声で言う。
「僕から見たら、君も同じように見えるよ。あいつと君はどこか似ている」
的井翔琉はきょとんとして首を傾げた。
「たしかにこいつは不思議ちゃんだ!」とラヴフィンは的井翔琉の肩に腕を回した。「でもそこが最高に面白い!」
「飽きないですよね。そういう男のとなりって……」
ユーキは微笑みを浮かべると「僕はこのへんで」と控えめに片手を振った。
「なんだ。おまえも帰るのか?」
ラヴフィンが尋ねると「いいや」と首を振る。
「せっかく来たし、客席で応援してますよ。がんばってください」
そう言って彼は部屋から出ていった。
ようやく、ひと息つけると思ったのも束の間、すぐに別の人間がラヴフィンに話しかける。気づけば数人の選手に彼は囲まれていた。どうやら知り合いのようで、彼らとはかなりフランクに会話をしていた。
そしてこのチャンスにラヴフィンと仲を深めたいと思ったのか、選手達がこぞって集まって来た。控室はまるでラヴフィンのファン交流会のようになっていた。
彼の気さくな人柄から、ついすっかり忘れてしまいそうになるが、ラヴフィンはやはり大物配信者だ
大勢がラヴフィンの周りに集まっていく中、ひとりだけ我関せずと椅子に座っている男がいた。目は閉じ、耳にはイヤホンを着け、音楽に聴き入っているようだった。赤色の坊主頭がミニトマトみたいだな、て少し思った。
「あそこにいるのはCadoだね」
三雲進がとなりでつぶやく。
「有名な選手なんですか?」
「彼がいる『SHINOBIFY』というチームは毎回のように世界大会出場を決めている名門チームだよ。日本のトッププレイヤーを3人あげろと言われたら、俺だったら彼の名前をあげる」
「ちなみに」と訊いてもいないのに彼は続ける。
「さっきの『Aurevion』のYukiも俺の中のトップ3」
韓国アイドルのような、あの甘いマスクの下にはそんな実力を隠し持っているのかと、私は驚いた。
三雲進はそれだけ言うと黙り込んでしまった。
「もうひとりは誰ですか……? トップ3の」
訊くと、彼は「気になる?」と嬉しそうに目尻に皺をよせた。この男……! わざと半端なところで会話を切ったな?
「『Aurevion』のLynx。誰もが認める日本NO1のプレイヤーだよ」
日本一のプレイヤー。その男は、あの的井翔琉にさえ、不思議な目をしていると言われた男。どんな人間なのか否が応にも興味を抱いてしまう。
ラヴフィンを中心に輪を囲む選手たちは会話に花を咲かせていた。三雲進もその輪の中に自然と入っていく。
的井翔琉はその輪の外から、ただただ呆けた顔で眺めていた。
「翔琉さんは会話に入らないんですか?」
「いい。そういうのに興味ないから」
「少しくらい興味もってみてもいいと思いますけど」
「それって、なんのために?」
こういうことを純真無垢な顔で言ってしまうところが、この男の異質さだと思う。
「トイレ行ってくる」
と突然、部屋の外に向かう。
「ちょっと……!」
私が呼び止めると、的井翔琉は眉間に皺をつくった。
「なに?」
「場所分かってます?」
「探す」
「一緒に付いていきます」
「え、いいよ」
「駄目です。念のため付いていきます」
「なんの念のため……」
トイレの場所まで案内するのは過保護過ぎるとも思うが、それくらいでないと彼は何をしでかすか予想できたものじゃない。
的井翔琉をレストルームまで案内すると、私は入口の前で待つことにした。
「戻らないの?」
「待ってます」
「やめて恐いんだけど……」
「翔琉さんは少しでも目を離せば何をしでかすか分からないので」
「俺、どんなふうに見えてんの?」
はあ。と深々と溜め息を吐きながら、彼はレストルームに入っていった。
「ねえ」
鈴の音のような声がした。視線を下げると、可愛らしい少女が私を見上げていた。ゴスロリファッションといえばいいのだろうか。どこを見てもフリルに覆われた黒いドレスを着飾り、ツインテールの黒髪の結び目で、真っ赤なリボンが際立っている。
その女の子は自分の背丈の半分ほどはありそうな、ピンク色のクマのぬいぐるみを宝物のように抱きしめていた。
「この子、持ってて」
少女は抱えていたクマのぬいぐるみを、私に押し付けながら言った。
「え?」
「少しだけもってて。だめ?」
「あ。はい」
突然のことに圧倒されてしまい、私はついぬいぐるみを受け取ってしまった。すると少女は踵を返し、レストルームへと入っていく。
入れ替わりで的井翔琉が出てきた。
「え……。なに持ってんの?」
「いや、これはいきなり渡されて……」
「よく分かんないけど、俺は先に戻ってるよ」
「あ……! ちょっと……!」
私の制止を気にもとめず、彼は早々と立ち去ってしまった。
なにしてんだろう……。そう思わずにいられない。私だって分かんないよ……! なんでトイレの前で、見ず知らずの女の子のぬいぐるみを持たされているかなんて!
しばらくすると、レストルームから女の子が返って来た。私の前に立つと「返して」と私に両手を伸ばした。差し出された手にクマのぬいぐるみを返すと「ありがと」と鈴の音のような声が鳴る。
「わたし、RAVEN'S CROWNのPico。知ってる?」
カラーコンタクトで拡大させた大きな黒い瞳が私を見上げた。その瞳を見返す私の目はつい丸くなってしまう。この女の子も選手とういうことは公式大会に出場できる年齢、つまり17歳以上ということになる。その背格好は小学生と言われても、納得できるくらいなのに。
「すみません……。まだ選手達のことに詳しくなくて……」
ううん。と少女は首を振った。ツインテールの髪が左右に揺れる。
「わたしも男の子しか興味ないもん。一緒だね」
「へ?」
「ん? なんで? わたし、おかしい?」
「私はただ……。どんな選手がいるのかを本当に知らなくて。だから……そういう意味で言ったわけでは……」
「ふーん。そうなんだ。もったいない。日本の選手、イケメン多いよ?」
この言い方。この子もしかして……。
「Picoさんは日本の人じゃないんですか?」
「わたし、韓国人だよ」
私はまた目を丸くする。流暢に日本語を話すもんだから、日本人だとつい思いこんでいた。言われてみれば、シャープな目鼻立ちには韓国人っぽさを感じる。
「日本人の恋人いたことあるから。そのときに日本語をたくさん勉強した」
「素敵ですね」
「恋人のためなら頑張れる。それって普通だよ」
真っ直ぐな目で言う。
「恋はたくさんしないと。それ、女の子として生まれてきた意味だもんね」
クマのぬいぐるみを抱きしめながら、どこか達観した境地で恋を語る女の子は、とても異質だ。
「あなたは?」
「はい?」
黒い瞳が、じっとりと私を覗きこんだ。
「あなたは恋してる?」
おまけ
Pico
本名は아린 (アリン)。クマのぬいぐるみ以外にも、二十種類以上のぬいぐるみを持っている。2LDKの自宅の一室に大量のぬいぐるみを飾っていて、その日の気分で外に連れ出すぬいぐるみを選んでいる。
最近はクマブームが来ているので、よくクマを持ち出している。




