Chapter3-Section48 不思議な目
「わくわく……! わくわく……!」
素直な興奮を口にしながら、三雲進は先頭を歩く。夏海と、的井翔琉の母親と別れたあと、私たちは関係者専用の通路をとおり、控え室に向かっていた。
「こっちであってんのか?」ラヴフィンが訝しんで尋ねる。
「あってる。あってる。たぶんね」といつもの軽い調子で言いながら、三雲進は先頭を歩き続ける。
「ほんとかよ」
「大丈夫です。合ってますよ」
しかたなく私がフォローすると「なら安心だな」と欠伸まじりにラヴフィンは言う。
「もっと信用してくれよ。これでも俺はチームの司令塔なんだけどなー」
言いながら、三雲進は肩をすくめる。
突然、的井翔琉が後ろを振り返った。そのことに、私だけが気づく。
彼は後ろを向いたまま立ち止まり、たった今すれ違ったばかりの男の背中に焦点を向けていた。
「どうしました?」
「今の人……」
前を歩く二人は、彼が立ち止まったことに気付いていない。距離は広がっていく。
「なんでもない」
的井翔琉はそう言うと、前を向いた。何事もなかったかのように歩きはじめる。真意は気になるが、彼の言動の理由をいちいち全部追及していたらきりがないというものだ。なので、私はそれ以上気にはせず「そうですか」と彼の後ろを歩いた。
控室はそれなりに大きな部屋だった。中はすでに二十人近くの人がたむろしていて、繋げて並べられた長方形のテーブルを囲んで座っている。ちょっとした宴会だったらこの場ですぐに開けそうだ。
世界中から選手が集められた大会だと聞いていたが、部屋には日本人だけしかいなかった。きっと国ごとに別の控え室が設けられているのだろう。
私たちが部屋に入ったとき、部屋の空気が、がらりと変わったのが分かった。なにか大きな引力に吸い込まれていくかのように、視線が一点へと集まっていく。その視線はラヴフィンら選手三人への視線だと分かっているが、なぜか私までもが、まるで面接のように一挙手一投足を観察されている気持ちになる。
「わあ……! 配信で見たことある顔ばっかりだ!」
「強そうなオーラをいっぱい感じるじゃねーの!」
「人多すぎ……」
当の本人達はいつもどおりだ。こういうとき、この男達の無神経さを羨ましく思う。
「うわ待って! ラヴフィンじゃん!」
ひとりの男が椅子から立ち上がると、近づいてきた。センター分けの髪型に白いメッシュが入っているのが特徴的で、韓国アイドルにも引けを取らない甘いマスクを持っていた。ホンモノだー。すごー。と貧相な語彙を並べながらラヴフィンの顔を舐め回したあとに「いつも見てます……!」と目を輝かせた。
ラヴフィンは「そりゃどうも」と答える。
「こちらは?」と男は三雲進に視線を振った。
「俺はMikumon」三雲進は答え「よろしく」と爽やかに笑った。男も「こちらこそよろしくー!」と爽やかに笑い返した。
「てことは……」
男は最後に、的井翔琉と向き合った。
「君がKakeruか……! あの伝説のタイマンの……! あれ良かったよ! 熱かった!」
「どうも」
伝説のタイマンとは、ラヴフィンの配信上で、ラヴフィンと的井翔琉のふたりが行ったタイマン勝負のことで、その一部始終を切り抜いた動画は百万再生を超えているそうだ。
男は下から上になぞるように的井翔琉を観察してから言った。
「なんか君……。ちょっと似ているね。あいつに」
「あいつ……?」
「そ。あいつ。なんか空気感がさ」
に、と笑うと男は「自己紹介するよ」と自分の胸に手を添えた。
「僕は『Aurevion』のYuki……! よろしくね」
Aurevion。たしか三雲進が日本で一番強いと過去に言っていたチームだ。そのチームのひとりが、私たちの目の前にいる。
「知ってますけど。有名人なんで」
という的井翔琉の横で「おまえがあの! へえ!」とラヴフィンは驚いている。これまで競技の世界に感心を向けて来なかったラヴフィンでも、名前だけは知っているらしい。
「うわ! その反応てことは、名前は憶おぼえていて頂けてるんですね! すごい嬉しいです!」
「そりゃーな。『Aurevion』のメンバーは知ってるさ。だって日本じゃスター選手だろ」
「いやいや。ラヴフィンさんの知名度に比べたら……。僕らなんてカスみたいなもんですから」
「わっはっは。それはくらべる相手がわりーだろ!」
ですよねー。とユーキは口角を持ち上げるが目は笑っていない。相手の表情を慎重に観察している目だ。人を転がすのが上手そうな男だな、というのが私の第一印象だった。
「あの」
的井翔琉のひと言が、和やかな雰囲気に亀裂を入れた。
「今日は勝ちます。俺らが」
まただ。この男はいつも不意に、大胆不敵なことを言う。よりにもよって、日本一のチームに宣戦布告だなんて。
ユーキは少し驚いたあとに「やっぱり似てるね」と笑った。
「それは無理だよ」
あ? とラヴフィンが腰に手をあてて威嚇する。
「そんなのやってみねーと――」
「だって僕ら……」
ユーキの声は優しい。掴みどころがなく、どんな敵意も軽々といなしてしまうような、雲のような声だ。
「だって僕ら、今日は出れなくなったからさ」
と彼は肩をすくめた。
「それ気になってた。他の『Aurevion』のメンバーが見当たらないから……」
三雲進は言う。
しばらく静かだったと思ったら、そんなことを考えていたのか。
「Mochaのやつが……、チームのひとりが体調崩して来れなくなっちゃってさ。だから僕らは欠場することに決めたんだ。ついさっき」
「そうなんだ。会って見たかったな。Lynxに……」
三雲進は言った。Lynxという名前は初めて耳にした。きっと有名な選手なのだろう。
「さっきまでここにいたんだけどねー。今日は出れないと決まったら直ぐに帰っちゃったよ。あいつらしいけどね……。通路ですれ違わなかった?」
「どうだろう。見なかった気が」
「いたよ」的井翔琉が告げた。
あのとき。通路で振り返ったとき、的井翔琉はとある男の背中を見つめていた。きっとあの男がLynxだったのだろう。
「すごく……。不思議な目をしてた」
おまけ
Yuki
本名は風間優輝。ファッションが趣味でいつも洒落た格好をしている。最近はカーディガンにはまっている。
基本的に礼儀正しいが、たまにSっ気をおさえきれず礼儀を欠くことがある。
今の趣味はホラーが苦手な人にホラーゲームをやらせること。




