表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/68

Chapter2-Section41 分かってくれるでしょ?

「ごめん」


 朱音あかねの声が教室の陽だまりに落ちた。


 インターハイ予選の後日。幹部会と称して集まった教室では、キャプテンの私と副キャプテンの朱音。そして次期キャプテン、副キャプテンとして選ばれた2年生の子らが集まった。

 引継ぎ事項を円滑に伝え、2年生の子らが去ったあとに、朱音は窓の外を見つめながら言った。


「ごめん。この前は言い過ぎた。団体戦で負けたのは玲ひとりのせいじゃないのに。私達みんなの力不足だったのに。玲をあんなに責めるのは間違えてた……。それだけ私も勝ちたかったんだと思う」


 ううん。と私は首を振った。


「朱音は全部正しかったよ」

「は?」

「悪かったのは私だから……。当日に体調を崩してしまったから。みんなを頼ろうとしなかったから。そのせいでチームが負けた。全部私のせいだよ」


「は?」朱音の顔が私に向けられた。悲しそう、という一言で片付けてはいけない、そんな顔をしていた。毎朝通う道に咲く、密かに水やりをしていた花が踏みにじられる姿を目撃してしまったような、そんな顔をしていた。


「あんたはどうしてそう……」


 彼女は私の肩に手を置いた。グッと力がこめられたかと思うと、すぐに弱くなった。


「いや……。それでいい」


 そう言うと、ふー、と息を吐き出しながら、私の肩から手を離した。


「玲のそんな一生懸命なクソ真面目さを、許せない私が子供なんだ。きっと……」


 その言葉の意味を、私は今も探している。

 朱音は背を向けた。


「ねえ……! 私はどうすれば……。 なにがまだ間違ってるの……!?」

「あんたはそのままでいい。そのままがいいんだ」


 夕陽を背中で受け止める背中は遠ざかっていく。彼女が振り返ることは無かった。




 違うから。

 そう伝えたときの夏海の顔は、あのときの朱音の顔に似ていた。

 ああいうとき、いったい何を言えばよかったのだろうか。あれからおよそ8年の歳月が流れても、正しい言葉をまだ見つけられずにいる。


 ここだ……!


 三雲進の家はまるでプレハブのような小さな平屋だった。それは住宅街の中にひっそりと馴染んでいる。今時の大学生という言葉がぴったりと型にはまりそうな彼の性格から、見栄えばかりを重視した小奇麗なマンションに住んでいると勝手に想像していたが、予想は見事に裏切られた。


 私は乱れた息を整えながら、インターホンを押した。二度、三度と推すが彼は出てこなかった。再度電話をかけても、やはり応答が無い。

 小刻みに振動する心臓の鼓動がさらに早く脈打っていく。


「三雲さん! 聞こえますか! 三雲さん!」


 ドアを叩いて叫んでみるが、やはり返事はなかった。焦燥感を絞り出したような、嫌な汗が体中から噴き出るのを感じる。

 落ち着け。落ち着け。

 私がなんとかしないと……。なんとかできるのは、私しかいないんだ。まずは管理会社に電話して鍵を……。次に警察に連絡して事情を……。それとも救急車を呼んだ方がいい……? 社長にも連絡して伝えないと……。それと……。


 カチャ。


 目まぐるしい思考の回転を、その音が遮った。


「あ。玲ちゃんだ」


 開いたドアから、黒いサンダルを履いた骨ばった足が投げ出された。

 見上げると三雲進の顔があった。

 私を支えていたあらゆる筋肉が蒸発したみたいに、体中から力が抜けていく。


「意識があったなら……。早く出てくださいよ…………」


 私はその場にへたり込み、彼を睨め上げた。


「なんか……。このシチュエーション興奮する……!」


 だまれ!


「いやー。俺もびっくりしたよ。 立ち眩みが来たかと思ったら、気付いたら意識飛んでてさ。目覚めたときには試合が始まってるは、携帯がベッドの下に滑り込んでるは、おでこにたんこぶ出来てるはで散々だよ」

「携帯がベッドの下……? 電話に出なかったのはそういうことですか……」


 彼の家は、ワンルームの部屋にところ狭しと家具が置かれているが、パソコンデスクの周りだけはゆとりがあった。家具の配置は一見不思議だが、全てはパソコンデスクのスペースを確保するため、パソコンデスクを中心として動線を引くためと考えれば、なるほど合理的な配置に思えた。彼の生活の中心は常にゲームなのだろうと一瞬で理解できる部屋だった。

 パソコンデスクにはふたつのモニターがあり、そのひとつには試合の映像が流れている。的井翔琉とラヴフィンの二人が奮闘している姿が映る。


 私達がこんな状況になっている中でも大会は平然と進行している。それは当然のことだ。20チームいる中のたった1チーム。60人いる中のたった1人の都合のせいで、公式大会を止めるわけにはいかない。

『プレイヤーは指示された試合開始時間より前に指定のロビーに参加していなければいけない。試合開始時間になっても不在のプレイヤーがいた場合、該当する試合において、いかなる理由があっても欠場扱いとする』

 それは大会規定にも明記されていることだ。


「迷惑をかけてしまったな……」


 三雲進は画面を見つめながら言う。


 パソコンデスクの隅に体温計が置いてあるのを見つけた。私はそれを手に取ると、三雲進に渡した。


「計ってください」

「いやだ」

「計ってください」


 彼は私を見つめたあと、無言で体温計を脇に挟んだ。


「先に言っておくけど、熱があっても次の試合は出るよ?」

「熱がなくても認めません。一度倒れているんですよ?」


 ピピッと音がなると、彼は測定結果を見ずに、私にそのまま体温計を渡した。

 38度8分。しっかりと高熱だった。


「朝に私が連絡したときは、体調は万全だと言いましたよね」

「言ったね」

「どうして隠したんですか?」


 似ている。


「心配かけたくなかったんだよ。チームのみんなに」


 似ている。


 あのときの私と。


「この気持ち。玲ちゃんなら分かってくれるでしょ?」

おまけ

三雲進みくもすすむ

マンションではなく平屋に住んでいる理由は騒音トラブルを防ぐため。

長くゲームをしていると、ボイスチャットの声で隣人に迷惑をかけてしまうだろうという彼なりの配慮がある。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ