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Chapter2-Section40 誰のための

『ミクモ……!? おいミクモ!?』


 ラヴフィンがいくら呼びかけても応答は無かった。

 配信画面にはゲーム画面だけしか映っていないため視覚的な情報はないが、あの音から何が起きたかは想像つく。それはまるで人が床に倒れたような鈍い音。


 私は立ち上がると、動揺ばかりの電気信号が伝わる脳みそで、必死に思考をめぐらした。

 落ち着け。冷静になれ。こういうとき、マネージャーの私がなんとかしなければ……!


「ごめん……! いかないと!」


 夏海を見ると、まるで法廷で有罪の判決を待つしかない罪人のように、瞳を潤ませ、真っ青に染めた顔で私を見上げていた。


「あの……、わたし……」

「違うから! 夏海のせいじゃないから! これは私の責任だから!」


 それだけ言うと、私は部屋を飛び出した。

 エレベーターには乗らず、階段を下りながら電話をかけた。今日は日曜日、会社に誰かがいる可能性にかけるなら、あの人しかいない。


「どうしたんだい?」

「社長! いま会社にいますか!?」

「いるけど……。もう帰るとこだよ。これから娘のお出迎えがあってねえ」

「突然で申し訳ないですが、お願いがあります! 私のデスクの一番上の引き出しを開けて貰えますか?」

「え、いいけど。あとから玲ちゃん怒らない? 他人のデスクを漁るなんて無礼だ! とか」

「怒りませんよ! 私が頼んでるんですから! 急いでください!」

「社長使いが荒いなあ。なにがあったの?」

「大会中に倒れたんですよ! あなたの甥っ子さんが、三雲進さんが……!」

「それを先に言いなよ」


 その声はとたんに引き締まった。社長の言うとおりだった。情報を伝える順序を明らかに間違えた。冷静になれていない証拠だ。


「彼の住所が知りたいということだよね? どの資料に書いてあるの?」


 突然に話しが早くなって助かる。


「選手契約書に記載してあります。一番下の引き出しに入っていますが、鍵をかけています」

「なるほど。その鍵が上の引き出しにあると」

「はい。白い南京錠付きの箱に入れています。番号は8128です」

「鍵あったよ。下の引き出しを開けるね」

「左から二つ目の黒いクリアファイルに契約書が入っているはずです!」

「うん。あったよ。住所読み上げるね」


 私は読み上げられた住所をそのままスマホのマップアプリに打ち込んだ。


「ありがとうございます!」

「玲ちゃん」


 電話を切ろうとする手を、社長の声が止めた。


「君のことだから大丈夫だと思ってるけど、少しでも判断に迷ったら、また僕に連絡すること。それと……。もし彼が起き上がって、まだゲームをやると言い出しても絶対にやらせないこと」

「そのつもりです」


 ならいいんだ。と社長は続ける。


「根性や気合は僕の大好きな言葉だけど、自分をぞんざいに扱うこととは違うからね」


 私は電話を切ると、走り出した。

 三雲進が住んでいるマンションはここから近い。昨日本人が言っていたとおりだ。5分程度で着くだろう。走りながら、三雲進に電話をかけるが繋がることはなかった。気づいていないのか、倒れて気を失っているのか。

 昨日のことがきっかけで、夏海の風邪が移ってしまったのだろうか。だとしたら私のせいだ。私が三雲進を彼女の家に無理に招き入れたからだ。

 胸の下あたりが、ずしりと重くなった。


 勝手にひとりで全部背負わないでよ!


 蘇る。


 それはいったい、誰のための真面目さなの?


 蘇る。昔の記憶が……。



 誰かのラケットが振り抜かれる度に、ガットは風船が割れたような音を鳴らす。シャトルが空を切り裂く音がコートを往復し続ける。

 あの日、あの場所の体育館のコートの外は歓喜と安堵、緊張と興奮、悔しさと消失感が渦巻いて、異質な空気が構築される。私達の感情は怒りと戸惑い、その中のどれでも無かった。


「どうしてそんな体調で試合に出たの?」


 その日の私は38度を超える高熱だった。それは試合のあとに分かったことだったが、朝起きた時から自分の体調がひどく悪いことには気づいていた。高校3年間の部活動の集大成。最後のインターハイ予選の団体戦で、みんなに迷惑をかけるわけにはいかなかった。

 だから私は試合に出た。自分にできる限り、少しでも自分の責務を全うしようとした。


 実力を出し切れるはずもなく、私はあっさりと試合に負けた。私の負けが致命的となって、団体戦としても負けてしまった。試合が終わったあとに副キャプテンの朱音あかねに問い詰められて、私は体調が悪いことを白状した。熱を測ったら高熱だった。


「どうしてそんな体調で試合に出たの?」

「みんなに迷惑をかけたくなくて……」


 そんなことを言ったと思う。このとき意識は朦朧としていて、自分が何を言っていたか、はっきりとは覚えていない。


「かかってるじゃんよ! 迷惑!」


 言った言葉はうろ覚えなのに、言われた言葉は気持ち悪いくらい鮮明に思い出せる。


「私にやれるだけのことをしようと……」

「熱があるのを押し隠して試合に出ることが!? それしかなかったの!?」

「他にどうすれば……」

「私達に打ち明ければよかったじゃん! どうして自分だけで解決しようとしたの!?」

「私はただ……」

「勝手にひとりで全部背負わないでよ!」


 私が顔を上げると、朱音は涙を流していた。この涙は私が流させたものだと、分かった。


「なにも知らなかった私達の気持ちはどうなるの!? 控えにいた子たちの気持ちはどうなるの!? もっと私達のことを信じてくれても良かったじゃん! 託してくれてもよかったじゃん! そんなに私達は期待できなかった!? 頼りなかった!?」

「そんなつもりじゃ……」

「ねえ。玲……。あんたはクソ真面目で、たまにとっつきにくいところもあるけどさ。でも私は、玲のそういうところがかっこいいし、面白いし、好きだと思ってたよ」


 でもさ。これはないよ……。と朱音は私を睨む。大粒の涙が頬をつたうと体育館の床に落ち、私の青春に湿った幕を下ろした。


「それはいったい、誰のための真面目さなの?」


 その言葉は生涯、私にまとわりつき、苦しめる。呪いのように。毒のように。


おまけ

三雲勇也みくもゆうや

朝日玲が所属している会社、『株式会社サンクラウドテック』の社長。

9年前に会社を創立したばかりの頃は働き詰めになり、過労で体を壊した過去がある。

家族には心配をかけ、仕事仲間には迷惑をかけたため、ひどく反省し、後悔している。


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