Chapter1-Section3 だら?
一度知ってしまえば、忘れられない快感というものがある。
それは――。
最後の二部隊。味方は二人倒れ、1対3の不利的状況。こういうとき、たいてい敵は……。
「ほら。甘えてきた」
敵は距離を詰めるためにアビリティを使って高く跳ね上がった。空中を飛んで近づいてくる敵をスナイパーで撃ち落とす。
「ひとり……」
残りの敵二人がばらばらに着地したのを確認し、コンテナに隠れて武器を持ち変えた。一方から撃たれないようにコンテナで射線を切りつつ、もう一人と撃ち合った。ジャンプ撃ちで弾避けしながら相手をワンマガジンで落としきった。
「ふたり……」
最後の敵がコンテナの影から現れる。
「待ってたよ」
至近距離で、相手の頭目掛けてスナイパーを撃ちこんだ。ヘッドショット特有の気持ちのいい音が鳴る。
20チームの最後の生き残りとなり、画面にCHAMPIONの文字が浮かび上がった。
それは――
この瞬間でしか得られないもの。快楽物質を直接脳に叩きこまれるような、そんな気持ち良さ。
もし……。
もし世界一を決める舞台でその勝者となった時、どれほどの快感を得られるのだろう。一度それを想像してしまった時から、俺の目標は決まっていた。
ピコンとiPhoneが通知の音を鳴らした。見ると、Xに一件のDMが届いていた。送り主は『MikuMon』。聞いたことのある名だった。
インパーフェクトの実力は既にプロレベルだと噂されているプレイヤーだ。確か、プロリーグ昇格まであと一歩までいったにも関わらず、チームを解散したと界隈で話題になっていた。
DMの内容を要約するとチームへの勧誘だった。最後に書かれた文字だけが、やけに力強く、鮮やかに目に飛び込んだ。
『俺と一緒に世界に行かないか?』
***
ああ。まさかこんなことになるなんて。esports参入反対のレポートを作成しようと躍起になっていた二日前の私が訊いたら卒倒することは間違いない。
まさか私がesportsなんかのために静岡まで来ているなんて……!
品川から新幹線に乗ること約一時間とニ十分。私が降り立ったのは浜松駅だった。せっかくここまで来たのだからと昼に食べた鰻は美味しかったけれど、それはこの出張の本懐ではない。
昼食後、タクシーで染地台という場所に向かった。三雲進が目星をつけていたと言う彼のもとへ。
タクシーの静かな揺れの乗り心地を味わいながら、外の景色を眺めた。
「お客さん都会人だら?」
突然運転手さんに話しかけられて「はい?」と間抜けな声を出してしまった。
「だら?」
だら? なにそれ。
「はい……。いちおう東京から来ました」
「やっぱりねえ。長くタクシー運転手をやってると分かるようになってくるんですよ。そんな物珍しそうな顔で外をきょろきょろすんのは都会人だけだってねえ」
「そんな顔してましたか?」
「してたしてたあ」
「長閑さがあっていいなと思って……」
「だらあ!」
だらあ? だからなにそれ。本当に分かんない。
「もう少しで見晴らしいのいいとこ出るから見ておくといいですよ。丘から下の市街地を一望出来てねえ。夜が一番なんだけど、昼も昼で案外いい景色でねえ」
「へえ! そうなんですか。それは楽しみです……!」
社長との会話で身につけた対おじさん用処世術で運転手さんの会話を受け流し、スマホの画面を見下ろした。通知が一件来ていた。三雲進からだった。
Mikumo
『どう? 契約決まったー?』13時35分
朝日玲
『まだです。お会いするのは14時からと言いましたよね?』13時45分
Mikumo
『いってた気がする!』13時47分
朝日玲
『言いました』13時47分
Mikumo
『それじゃこれからかー。頑張ってね。玲ちゃん』13時48分
朝日玲
『その呼び方やめてくれませんか?』13時48分
Mikumo
『玲ちゃん?』13時48分
朝日玲
『それです』13時49分
Mikumo
『なんで? 可愛い名前なのに』13時49分
朝日玲
『とにかくやめてください』13時50分
Mikumo
『うーん。考えとく』13時50分
「――さん。お客さん」
運転手さんの声がして、はっと顔を上げた。
「到着しましたよ」
「あ、ありがとうございます」
料金を払いタクシーを降りた。結局丘からの綺麗な景色というのは見られなかった。
辺りを歩き周り『的井』と書かれた表札を探した。
あった。
二階建ての建屋に車が一台停められたガレージ。周囲の家と特別違いのない、普通の家だった。
状況に流されるまま、ついにここまで来てしまった。本当に彼と契約を結ぶことが正しい選択なのか、私は分かってもいないのに。
何も分からないままに三雲進と契約をしてしまった昨日の過ちを反省し、今回は私なりにしっかり下調べをした。けれど、やはりまだ無名のプレイヤーのようだ。頼りになるような情報は全くと言っていいほど得られなかった。唯一参考になったのは、SNSでのフォロワーとのやり取りだった。
『17になったけど競技でますか?』
Xでのキルクリップ? の投稿に対してフォロワーからそんなリプライが来ていた。
『でる。出来るだけ上を目指せるチームに入るつもり』
そう質問に返していた。この言葉から推測できることは、彼がチームを選べる立場にあるということ。つまり他のチームも彼にオファーをしているはず。であるならば、それは彼の実力が評価されている証だ。しかし、やはりまだ、私の推測の域を出ていない。
ええい! ままだ……!
腕時計の針が14時を指し示したので、私はインターホンを鳴らした。
おまけ
レイ(鰻なんて何年ぶりだろう……)
レイ(ぷりぷりだ)
レイ「いただきます」
レイ(おいしい!!!)
3ヶ月ほど鰻ブームが訪れることになったのはまた別の話。