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Chapter2-Section38 マッチポイント制

 ああ。またこの夢だ。

 体育館を包みこむ熱気が、朦朧もうろうとしていた頭に追い打ちをかけるように、くらくらと脳を揺さぶる。


「ねえ。どうしてそんな体調で試合に出たの?」


 迷惑をかけたくなくて……。

 そんなことを言ったと思う。


「かかってるじゃんよ! 迷惑!」


 やめて……。

 夢だと分かってるんだから。早く覚めてよ。お願いだから……。

 全部見せようとしないで……!


「それはいったい、なんのための真面目さなの!?」


 覚醒すると同時に、体が起き上がった。カーテンの隙間から覗く朝日が眩しい。空調の音がやけにうるさい。

 この夢を見た直後は、身の回りの全てが、現実が、何十倍にも膨らんでのしかかる。


 いつもの日課をこなすべく、窓を開けた。蝉の鳴き声が、高温多湿の空気をつたい、しゅわしゅわと溶けていくように耳もとで再生される。

 プランターに咲いたミニトマトに目をやった。立派な赤い実がふたつ実っていた。収穫してから、土に水をやる。

 部屋に戻ると、水洗いしてからトマトを頬張った。甘味と酸味が口の中に広がる。

 少しだけ、酸味の方が強い。


「早く収穫し過ぎたかな……」




 正午過ぎ、夏海の家を訪ねると、どんよりと暗い表情の夏海が顔を出した。


「あ、どうぞ……」


 枯れた声で言うと、頭を抱えながら背中を向ける。いかにも二日酔いの様子だった。昨日は吐くまで飲んでいたのだから、当たり前といえば当たり前だ。


 リビングに行くと、夏海がフローリングの床に正座していた。そのすぐ横で二匹の猫がじゃれ合っている。


「ど、どうしたの?」

「ミ……ミクモンの体調はいかがでしょうか……?」


 と恐る恐るといった様子で尋ねる。

 私の脳裏には、昨日の夏海の粗相が再び浮かぶ。彼女の口と鼻から飛び出した飛沫類が全部、三雲進の顔にかかる光景が。わたし史上、稀に見る面白い光景だったが、彼女からすれば笑い事では済まないのだろう。

 完全に目は据わっていて、私が冗談でも彼は体調を崩したと言おうものならば、武士のごとくその場で腹を切りそうな勢いだ。


「さっき連絡したら問題ないと言ってたよ」


 なんなら彼は、私が体調を気遣ったことに意味の分からない感激をしていた。いつもより元気そうなくらいだ。


「よかったあああー!」


 夏海は正座を崩すと、床に寝転がった。その小さな背中を猫が踏みつけて横断する。


「これで気兼ねなく応援できるよお……」


 私達はベルベット生地のソファに座り、その時を待った。

 今日は入れ替え戦の決勝戦。20チーム中で8位以内に入ることが出来れば、プロリーグに進むことが出来る。そしてプロリーグでも勝ち上がれば、彼らが強く望む、世界大会の挑戦権を得る。


「いよいよ決勝かあ。今日は何試合目まで長引くか、見ものですなあ」

「昨日みたいに八試合で決まるんじゃないの?」


 いいや。と夏海は大きく首を振った。


「今日はマッチポイント制だから、何試合で終わるかは分からないのです」


「マッチポイント制?」

「説明しよう!」


 キラッと目を輝かせて夏海は言う。


「マッチポイント制とは50ポイントに到達したチームがCHAMPIONチャンピオンをとると優勝になるルールなのだ。逆を言えば、マッチポイントに到達したチームがCHAMPIONを取らない限り、永遠に試合を重ねていくルールなのだ」

「なるほど……。50ポイントを稼いだうえで、最後にCHAMPIONチャンピオンをとらないと一位になれないのか……」

「そういうこと!」夏海は親指を立てる。

「1位は分かったけど、2位以降の順位はどうやって決まるの?」

「それは単純だよ。1位チームが決まった時点の獲得ポイントの高い順で順位は決まるのだ」

「そこはこれまでと同じなのか……」


 このルールは面白いよお? と夏海は肩を上げる。にっこりと口角を上げたその顔には、はっきりとワクワクと書かれていた。


「マッチポイント制は公式大会の決勝戦では必ずといっていいほど採用されているルールだよ」


 きっと、最後まで逆転の可能性が残ることと、CHAMPIONチャンピオンを取ったチームが優勝になるという分かりやすいルールが受けているのだろう。と初心者ながらに勝手に分析した。


 夏海は例のごとく、モニターに三人の配信画面を表示させた。


『よっしゃ行こうぜ! ここで勝てばプロリーグだ! あっという間だなあ!』

『まあ。ここまでは当然でしょ』

『君ら二人は歯茎出しすぎね』


 三雲進の呆れた声がスピーカーから零れる。


『もうちょっと緊張してくれてもいいんだよ?』

『俺は楽しみたいんだよ! 緊張なんかしてたらもったいないだろ!』

『だってどうせ勝てるし』

『もういいよ』


 決勝の舞台だろうが、プロリーグ行きが懸かっていようが変わらない。三人はいつもどおりのようだ。

 己の強さを疑わない。それが彼らの根幹にあると分かる。


『さあ! 始まるぜ!』


 ついに入れ替え戦の決勝が始まる。

 この決勝戦は彼らと、そして私にとっても思わぬ展開が待ち受けていた。

おまけ

朝日玲あさひれい

趣味のひとつは家庭菜園で大好きなプチトマトを育てている。最近は苺も育てたいと考えている。

高校時代はバトミントン部の部長だった。

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