Chapter1-Section28 ヒコーキ雲
「GG……。グッドゲームだよ……」
夏海は感嘆の息と共に呟いた。二匹の猫が勢いよくソファを横切るが、これはじゃれ合っているだけで、勝利に歓喜しているというわけではもちろんない。
私は視線を下げ、握った拳を見つめていた。いったいいつから握りしめていたのだろうか。
「玲!」呼ばれて我に返り、顔を上げた。「計算終わったよ」
夏海は自分のスマホ画面をジッと見つめ「ワオ……!」と小ぶりに驚嘆する。
「最終の合計ポイントで一位になったのは……」
***
配信を切り、天井を仰いだ。
「敗けたか……」
電子タバコを吸い、煙を燻らせると、メンソールミントの香りが辺りを包んだ。
本気でふるいにかけるつもりだった。だから無理を言ってリョータをカスタムに招待した。プロのレベルに通用するのか試してやった。
そして、あいつは勝ってみせた。三雲進は。
「どう思う?」
「どうって何が?」
イヤホンからぶっきらぼうな声が返ってくる。敗けたからか、リョータの機嫌はよくなかった。
「Mikumonのことだよ。あいつの評価は?」
リョータは重々しく息を吐き出すと、たっぷりと間を空けた。こいつとの付き合いは短くないから分かる。こういう時はたいてい話が長くなる。質問の仕方を間違えたか。
「選手を引退する間際にさ、思っていたことがあんだよ」
「おい。またおっさんの長話か?」
「いいから聞けって」
「はいはい。どうぞ」
面倒ではあるが元プロのリョータの意見は参考にしておきたい。観念して聞くことにした。
「きっと時代には区切りってやつがあって、時代の波に乗っていたやつらが気付けば波に飲まれる側になっていた。なんてよくある話じゃん? 次々と有望な若手が頭角を現す度に思ったもんだよ。ああ……、俺は飲み込まれる側になったんだ。てね。だから引退したんだけど……。でもさ、この前の世界大会の日本チームの惨状を見てこうも思ったわけ。俺でもまだまだいけてたんじゃね? てさ」
前回世界大会、決勝の20チームに残った日本のチームは1チームもいなかった。前々から囁かれていた日韓が最弱地域だという風評に拍車がかかった大会だったと言えるだろう。
「それとミクモンの話と何が関係あるんだ?」
「安心したんだ。今日、あのチームを見れて安心した。大丈夫。下はちゃんと育ってる。俺は読み違えてなんか無かった」
「つまり?」
「Mikumon、Kakeru、そしてRabPhinの3人か……! いいじゃん! やるべきだ! どこまでいけるかなんて俺にだって分からない。でもやる価値は十二分にある」
「決まりだな」
テーブルの角に置いていた名刺を手に取った。株式会社サンクラウドテック、朝日玲の連絡先がそこに書かれている。
「俺達と同じことになるなよ?」
「ん? なんか言ったか?」
「ただのおっさんの戯言だよ」
「なんだそれ」
切るぞ。と伝え通話を切った。
***
「玲ちゃん見てた? 俺の雄姿! どうだった?」
カフェテリアの店内に流れる洒落たミュージックに、その声は溶け込む。私の前で二十歳になったばかりの青年が爽やかに笑っている。
いつか見た光景。あの日と同じカフェ。
でも今日は三雲進に会いに来たのではない。ラヴフィンと選手契約を結ぶために来たのだ。
なのにどうしてこの男はいるのだろう……。きっと暇人なのだ。
「はい。見てました。自由奔放なあの二人に三雲さんが翻弄されている様は見ていてとても痛快でした」
「言うようになったね……。玲ちゃんも」
苦笑するその顔に、してやったりと微笑みを向けてやった。
「玲ちゃんのおかげだよ。勝てたのは」
「私は何もしていません」
「玲ちゃんが頑張れって言葉をくれた。そのおかげで冷静になれたんだ」
あれ? 思っていたのと違う。もっとあからさまに調子に乗ると思っていたのに。これは……。
「そんなことないでしょ」
嫌な感じはしない。頑張れ、と伝えてよかったと思ってしまった。あの試合が終わった時に拳を握っていた意味はきっと。
「あるよ。玲ちゃんのおかげだ」
彼は笑う。爽やか微笑みはいつもより好青年に見える。きっと私はこの男を少しだけ、認めてしまっているのだろう。
「俺の雄姿に惚れたんじゃない?」
「惚れてません」
「うわっ! 即答だ」
認めたのは少しだけだ。ほんの少しだけ。フルマラソンで例えるならば42.195kmの内の十歩進んだ程度だ。
「待たせたな!」
予定時間から10分遅れてラヴフィンは現れた。遅れたことについて特に悪びれもせず席に座った。
「まずは……」
ラヴフィンは三雲進に体を向け「すまない!」と片膝に手をついて頭を下げた。
「君の実力も知らずに試すような真似をした。プライドを傷つける行為だったと思う。本当にすまない」
「もう気にしてないよ。ただし、これだけは覚えておいて欲しい」
「なんだ?」
ラヴフィンは顔を上げた。二人の視線がぶつかる。
「確かにあんたは知名度も高いし、それに見合う実力も持っている。でも俺は遠慮するつもりなんて微塵もない。これからの俺達は対等な関係性だ」
「ああ……! チームだ!」
ラヴフィンが野球選手のような逞しい腕と大きな手を差し出すと、三雲進はその手をがっしりと掴み、二人は握手した。
こういう瞬間を目にすると実感する。本物の信頼とは互いが本音を語り合うことでしか得られないのかもしれない。
ラヴフィンとの選手契約を終えると、公式大会にエントリーする際のチーム名の話になった。
「どうしますか?」
「チーム名ねえ。考えてなかったなー」
「なんでもいいだろ。THE・Rabphinとかで」
「よくない! 傲慢すぎ! 主張強すぎ! エゴ出しすぎ!」
「だったらおまえが決めろよ」
「うーん……」
顎に手を添え、うんうんと三雲進は考えを巡らした。
「カケルさんにも電話してアイデアを募りますか?」
私が言うと二人は同時に苦笑した。
「カケル君はあの感じだからどうせ何でもいいって言うでしょ」
「間違いないな」
言われて思う。全くもって同感だ。
「特にアイデアが無いようであれば『3Cloud Gaming』でいいですか? 私としては宣伝のために当社の名前を入れたいので」
「嫌だ! 捻りなさすぎ! カッコ良くない!」
アイデアを出さないくせに一丁前に否定はする。まるでデートの行き先を愚図ってばかりの女の子ようだ。というか自分の伯父が社長をやっている会社の名前を否定するのはいかがなものか。
「社長に相談した時に、あなたならそう言うだろうと仰っていましたよ。さすが親族ですね……。だから社長の代案もあります。わたし的には宣伝効果が薄まるためお勧めできませんが……」
そうは言ったものの予感はしていた。
「『CONTRAIL』ひこうき雲という意味だそうです。そしてこれは社長からの言伝ですが……」
あの社長は美味しいところを持っていくのが上手いんだ。
「『世界を股にかけるチームになれ』だそうです」
「おお……!」
これまでと比べて、彼の食いつきが明らかにいい。
「それだ!」
こうしてeSportsチーム『CONTRAIL』が始動したのです。そして彼ら3人は今大会の台風の目となっていくことを、私はまだ知らない。
おまけ
★カスタムの最終ポイント
ミクモンチーム・・・104pt
ラヴフィンチーム・・・101pt
ちなみに6試合で100pt到達は1チームだけでも珍しく、2チームが100ptに到達することなんてほぼないです。今回は2チームだけ実力が突出していたが為に起きたハイスコアでの首位争いとなりました。




