Chapter1-Section20 はあああああ⁉
ラヴフィン主催のカスタム(参加者を特定のプレイヤーに限定して試合をすることが出来るモード)の当日がついにやってきた。
今日は会社を少し早上がりして、17時丁度に品川区のとあるマンションの前にいた。
低い生垣が両端を飾りつける立派なエントランスを通り抜け正面玄関まで辿り着くと、ブロンズカラーのパネル式のインターホンに501を入力した。
自動ドアが開いたので中に入った。まるでホテルのような玄関ホールが広がり、エレベーターまであった。エレベーターに乗り込み5階まで上がると、そこもまたホテルのような細長く重厚な通路があった。501号室を探し出し、ドア横のインターホンを押した。
少しして、ガチャリとドアが開いた。
まるで小動物のように彼女はひょこりと顔を覗かせた。朝霧に濡れた新緑を思わせる瑞々しい緑色のショートボブが真っ先に目を引いた。
「玲……。久しぶり……」
「久しぶりだね。夏海」
「どうぞ……」
どこかぎこちなく、か細い声を受けて私は中に上がった。広い玄関にはゴミ袋と段ボールが山になって積まれていた。
「あ、えっと……玲が来るまでに片付けておこうと思ったんだけどね……。間に合わなかったというか……。忘れてたというか……。私こういうのやっぱり苦手みたいで……」
リビングに行くと、そこも酷い有様だった。広い部屋に散乱したペットボトルにアルミ缶。捨てられたように床に転がるイヤホンや充電コード。汚れたテーブルにソファ。部屋の四隅に溜まった猫の毛。埃の積もった家具の数々。そしてこんなぐちゃぐちゃな部屋で役割を果たせるわけもなくソファの横で力尽きた自動掃除機。幸い生ごみだけはしっかり捨てられているようだが、それ以外は目も当てられない。
私はじっとりと夏目を見た。
「あはは……」と乾いた声で彼女は笑った。「次はちゃんと片付けるから。今日は許して……? 慣れれば以外と平気だから……」
私が黙って首を振ると彼女の顔は真っ青に染まった。
何も言わずにキッチンに向かうと「そっちはだめー!」と夏海は叫んだ。やっぱり汚かった。勝手に冷蔵庫を開けると「やめてー!」と夏海は叫んだ。やっぱり汚かった。次に洗面所と浴室に向かうと「これ以上は許してー!」と夏海は叫んだ。やっぱり汚かった。
「ごめんなさいぃ……! 掃除も出来ない人間のクズでごめんなさいぃ……!」
嘆く夏海の肩に、私は優しく手を置いた。
「任せて……! 私、お掃除大好き!」
「へ……?」
それから私は猛スピードで掃除と片付けをし、十五分ほどで部屋を綺麗にしてみせた。
「なんということでしょう……!」
夏海は呆然と部屋を眺めた。
「あんなに汚かった私の部屋が、まるで入居日の頃のように綺麗に……!」
私は綺麗になった部屋を見渡すと、確かな満足感を胸に「完璧」とつぶやいた。
「それにしてもいい所に住んでるね。仕事は何をやってるの?」
「いろいろやってるかな。イラスト描いたり、ラノベ書いたり。最近はVチューバーとかブログもちょっとだけやってる」
夏海っぽいなと思った。好きな事には異常に熱中するタイプだから、こうして仕事にして成功出来ているのは頷ける。
インターホンが鳴ると「あ、ご飯届いたみたい。取って来る」と夏海は部屋を出ていった。
私はすることもなく、立派なピンクのソファに座った。正面には70インチはありそうなモニターがでかでかと置かれ視界を覆い尽くした。そのモニターの側面から二匹の猫が顔だけ覗かせ、私をジッと観察していた。
どちらもアメリカンショートヘアだった。毛色はというと一匹はシルバーで、もう一匹はクリーム。まるで雪だるまみたいに顔が縦に並んでいる様子はたまらなく可愛らしかった。
「シルバーの毛色の方がアリスでクリーム色の方がテレスだよ」
気付けば夏海が戻っていた。「餃子」と目の前のテーブルの上に袋を置き、私の隣に座った。
「猫がいるんだったら、ちゃんと部屋を片付けておかないと。誤飲とか危ないよ?」
「うう……。それはホントそのとおりなのです……」
夏海は肩を縮め、シュンとしてしまった。そんな強く咎めたつもりなかったのに。
「アリスと……テレス……? ああ……! アリストテレスから取ってるのか……! 哲学者の」
「そう! そうなの!」
とたんに夏目の顔はぱっと輝いた。コロコロと表情が変わるこの感じ。懐かしいと思った。
「変わらないね。夏海は」
「玲だって」
髪は緑色になっていたけれど、それ以外は何も変わらない。クリッとした大きな黒目、赤ちゃんみたいにぷっくりと膨れた唇。コロコロと変わる表情。小動物みたいな仕草。
「もう17時半だ」夏海は言った。「カスタムそろそろだね」
そのとおりだ。今日の目的は夏海と試合を見ながら、ゲームについて色々と教えてもらうことだった。
夏海はリモコンを取りモニターの画面を付けた。
「玲のチームの人って配信はするの? するなら、そっち観ようよ」
「そういえば三雲さんは配信するから観といて、て言ってた」
「さすがの私も本名言われても分からないよ。ハンドルネームは? Mikumon? まさかねえ……」
「そう」
「へ?」
夏海はつぶらな眼で私を見た。
「マジなの?」
「うん」
「ええ⁉」
私は小首を傾げた。彼女が何に驚いているのか理解できなかった。
「どうして驚いてるの?」
「分かってないの?」
「うん」
「たぶん、ミクモンて予選組の中では一番プロリーグに近い人だよ! なんならプロリーグのチームから誘いを受けていたっておかしくないくらいなのに!」
プロリーグとか予選組とか、私にはまだ、よく分からない。
「凄い人だった、てこと?」
「少なくともゼロからチームを作るんだったら、現状で一番の人選をしたと思う」
「ふーん」と私は低く鼻を鳴らした。あの適当男がそんな評価をされているなんて。正直、素直に受け止めたくなかった。
「あと二人は?」
夏海はリモコンを操作しながら私に尋ねた。
「ちゃんと言うと、メンバーはしっかりとまだ決まってるわけじゃなくて、これで決まって欲しいな、ていう仮定のメンバーなんだけど……」
「まあ、いろんな事情は出て来るよねえ」
夏海は意味深に呟いた。私はそのまま話を続けた。
「一人はカケル、ていう人ともう一人は……」
「待って……!」
夏海は私の言葉を遮ると、口を開けたまま、瞳を右往左往させた。理由は分からないけど、困惑が彼女の脳内を駆け巡っていることだけは分かった。
「もしかして……ラヴフィン……?」
どうして分かったんだろう。私は驚きつつも、黙って頷いた。夏海はまん丸い目をぱちくりとさせた。次に大きく息を吸って……。
「はあああああ⁉」
その小さな体から出たとはとても信じられないほどの大きな声が、綺麗に片付いた部屋の隅々まで響き渡り、見事なまでに反響した。
おまけ
レイ「その髪の色似合ってるね」
夏海「あ……ありがと……」
レイ「どうして緑色なの?」
夏海「リリエリータのコスプレのために……」
レイ「リリエリータ?」
夏海「うん。凄く可愛いんだよ? Witch the Idolていうアニメに登場するキャラクターでね。普段はマイペースだしおっちょこちょいで頼りないけどステージに上がると突然輝きだすの! 花を咲かせる魔法が大得意でね、リリエリータの演出シーンには毎回ステージが薔薇やカーネーションで覆われるの! 特に登場の時なんかは……」




