Chapter1-Section19 青色
青色だと思った。
中学一年のとき、とあるバトミントンの漫画にドハマリして何を血迷ったか思い切ってバトミントン部に入ってしまったことがある。私の黒歴史だ。コミュ力ゼロの私が運動部という陽キャ達の巣窟のような悪魔的組織に馴染めるわけもなく、ただ体育館の中でぽっかり浮くだけの存在になった私にも分け隔てなく話しかけてくれたのが朝日玲、彼女だった。
最初に玲の声を聞いた時、真っ先に浮かび上がったのが青色だった。くすんだ空のような暗い青じゃなくて、どんなサファイアよりも鮮やかに輝く凛とした青だった。
そしてそんな印象どおりの女の子だった。ストレートの黒髪も。染みの一つもない肌も。通った鼻筋も。知的な目も。主張のない口元も。全部、彼女の青さを際立たせている。
私はたったのひと月で部活を辞めたけど、その後も玲は教室や廊下で私を見つけると、にっこりと微笑んでくれたし、たまに話しかけてくれた。私の学生生活をとおして、友達だったと言えたのは玲だけだった。彼女は私のことを友達だと思ってくれていたかは分からないけど。
実は独りでいることも結構好きなんだよね。
と玲は言っていたことがある。だから私に親近感を持っているのかもと。
私は、私と彼女には大きな違いがあることを知っている。
玲は選択肢の中からそれを選べるけれど、私には選択肢がない。好き好んでいつも独りでいるわけじゃないんだ。自分に友達を作るのは無理なんだと諦めながら、独りは寂しいと思っているのが私なんだ。
だから悲しかった。中学を卒業してから、玲とすっかり疎遠になってしまったことが。だから嬉しかった。およそ十年越しに玲から連絡が来たことが。
でも私は出られなかった。
気は動転していて、心臓をドクドクと脈打たせながら、手元で振動する携帯を見守った。間違えてかけちゃっただけかもしれないし、だったらお互いに気まずくなってしまう。今出たら変なテンションで話しちゃってドン引かれちゃうかもしれないし、それなら気持ちが落ち着いた頃に折り返した方が変な事を言わずに済むかも……。とか意味のない思考を頭の中で延々と巡らせているうちにスマホの呼び出しは止んだ。
私は慌てて直ぐに折り返そうとした。でも勇気が湧かなかった。決心がつかないまま、どうしようかと悩み続けていたら、いつのまにかその日は夜になっていて、気付けばそのままソファの上で寝てしまった。次の日、自動給餌器が稼働する音で目を覚ました。二匹の猫が私の足元と散乱した無数のペットボトルと缶の間をすり抜けていき、むしゃむしゃと餌に貪りついた。
私は再度スマホを見つめ直した。そして、また気付けば夜になっていた。ずっと何も食べてないからお腹が鳴り続けていた。
そしてようやく、約35時間かけた優柔不断に終止符を打ち、決心を固めた。私は玲に電話した。
玲の声が聞こえた。あの頃から変わらない。青色の声が。
「やっぱり青色だ……」
思わずそんなことを言っていた。
「え……?」
「あ、ごめん! えっと……。昔と同じ声だなって思ったというか、懐かしいなあ! みたいな! 感じ……? 玲だあ……! 的な!」
やばい! 絶対に私、今変なこと言ってる! どうしよう! 私ってどうしてこんな会話下手なの⁉
「うん。久しぶりだね」
玲から返って来た声は落ち着いていた。その声を聞くと、不思議と私も落ち着くことが出来た。そういえば、初めて玲と喋ったときも、こんな感じだったなあ。
「そうだね……。久しぶりだ……」
「折り返してくれたんだね。ありがと」
「うん。玲だったから……」
「ごめんね。昨日は突然連絡なんてして」
「ううん。嬉しかった……!」
「元気してた?」
「モリモリだよ! 玲は?」
「元気だったよ」
こんな何気ない会話ですら、つい口角が上がってしまう。
「どうして突然? 何かあったの?」
「実はね、夏海に協力して欲しいことがあって……」
「協力……? 協力⁉ 玲が⁉ 私に⁉」
彼女は独りで何でも出来る人だった。部活動ではキャプテンを務め、県の選抜にまで選ばれていたし、期末テストでは当たり前のように毎回学年10位以内に入っていたし、生徒会の副会長の仕事も涼しい顔で卒無くこなしていた。
そんな完璧超人に私なんかが協力できることなんてあるわけないのに。
「驚き過ぎじゃない?」
「驚くに決まってるじゃん! 私なんかが玲に協力出来ることと言えば、毎日寝室のカーテンの開け閉めをしてあげるか、玲が帰宅する時間に合わせてお風呂を沸かすくらいしか無いもん!」
「そんなことないでしょ……」
「そうだよね! 私の生活リズム終わってるから、そんなことすらままならいんだあ! 玲の睡眠を邪魔しちゃうんだあ!」
「そういうことじゃなくて……。というより何で私の家に入り浸る想定なの……!」
「変なの……?」
「変だよ!」
「変だったぁ……!」
「それより夏海聞いて欲しいんだけど」
「ごめぇん……。私コミュ力ゼロだからぁ」
「ねえ。聞いてって……!」
「そもそも家に猫ちゃんが二匹もいるから無理だったよぉ」
「夏海……!」
「可愛い猫ちゃん達を置いてけないぃ……!」
「私ね! eSportsチームのマネージャーをやることになったの!!」
彼女が張り上げたその声もしっかりと青色だった。興奮やら緊張やら困惑やらでテンパっていた私の頭は、その青色に染め上げられた。その次にはなんとも情けない、気の抜けた声しか出てこなかった。
「へ?」
玲がeSportsチームのマネージャー? ゲームなんて興味無かったはずなのに。eSportsという言葉すら知らなそうなのに。
「私が勤めている会社の社長がeSportsチームを作ろうなんていきなり言い出して……。なぜか成り行きで私がマネージャーをということに……」
「ちなみに何のゲーム……?」
「『Imperfect braves』ていう……」
「インパーフェクト……!」
私の大好きなゲームだった。公式大会だってもちろん観ている。
「でも私、eSportsどころかゲーム業界自体に凄く疎くて……。インパーフェクトだってまだ一回しかやったことないし。だから不安なんだよね。これからチーム運営をちゃんとやっていけるのかとか……」
凄い……! これは凄いことだ! もしかして、あの朝日玲が私を頼ろうとしてくれている?
「夏海ってゲーム好きだったよね? インパーフェクトもやってる?」
「やってるどころか……。一番好きなゲームだよ……! 競技だって最初期から見てる! インパーフェクトのことだったら何でも教えて上げられるよ!」
「本当……⁉ お願い……してもいいかな?」
「もちもち!」
玲は優しいから私の意味不明な言葉だって、たっぷり時間を使って解釈してくれる。
「……勿論?」
「そう!」
「ありがと……!」
なんだか昔を思い出す。もう一度あの頃のようになれるかな。
それから暫く取り留めのない話をしてから、電話を切った。またね。そう言った玲の言葉が私の耳にジンと残っていた。
私は立ち上がり、薄暗い部屋を眺め回した。締め切ったカーテンの隙間から、ほのかに差し込む月光。足元でじゃれあう二匹の猫。ソファの横で動かなくなったルンバ。散乱したペットボトルにアルミ缶。部屋の壁に押し付けたゴミ袋の山。埃の積もったテーブル。
「掃除しておかないと……」
おまけ
レイ「猫飼ってるんだね」
夏海「うん! 2匹!」
レイ「へえ……! いいなあ……!」
夏海「今度家に見に来なよ!」
レイ「いいの?」
夏海「もちもち!」




