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Chapter1-Section18 相応しいのか?

「だから俺をチームに入れろ!」


 ニカッと笑い、自分の胸に親指を指して、どっかのドラマの登場人物みたいに彼は言う。


「マジかよ……!」


 三雲進は言葉を失っていた。私も同じだ。望んでいたものが思わぬ形で手に入ったとき、人は喜びよりも困惑が先行するらしい。


「いい……んですか……?」

「なんだ? あまり嬉しそうじゃないな。俺をチームに入れたかったんじゃないのか?」

「困惑しているんです……。あまりにも、突然だったから……」

「それはいいことだ」


 朗らかに彼は言う。


「アニメも漫画も映画も配信も、この世のストーリーは全部そうだ。先が予想出来ない展開こそが一番面白くて盛り上がる! もちろん人生もな!」


 彼の声は的井翔琉とは対照的だ。大きくて迫力的だ。なのに、まるで友や兄弟が肩を組んで話しかけてくるような親しみがある。


「そんな俺の信念にこいつは訴えかけやがった」


 ラヴフィンは立ち上がると、的井翔琉の頭に大きな手を乗せた。


「一緒に面白いことしようぜ? てな」

「そんなこと言いましたっけ?」

「あれはそういう勝負だった」


 次にラヴフィンは両腕を広げた。身振り手振りがいちいち全部大きい。


「有名配信者が無名のチームで公式大会に出場。そして世界一を目指す。そんなコンテンツ、史上最高に面白いだろ!」


 きっとこれは本当に凄いことなのだと思う。的井翔琉の行動は無謀、無茶、暴走ともいえるものだった。でもそれだけが、配信の玉座に座る彼の腰を上げさせる唯一の手段だったのかもしれない。


 とにかく紆余曲折あれど、私としては三人目が決まってほっとした。これで公式大会にエントリー出来るのだから、ひとまずは安心だ。


「それではラヴフィンさんとの正式な契約は後日お願い致します。その後、この三人で大会にエントリーする方向で進めておきます」

「それはちょっと待って欲しいかな」


 ラヴフィンは言った。


「どうしてですか?」

「俺がこのチームに入るうえで、一つだけ確認したいことがある」

「確認したいこと……?」


 彼は人差し指を立て、三雲進は指差した。


「『Mikumon』。彼がこのチームに必要かどうかだ」

「な……! どうして……⁉」


 三雲進はガタリと音を立て、その場に立ち上がった。


「俺とカケル君の二人のコンビは最強だ。でもおまえはどうだ? 本当に俺達に相応しいのか?」

「なんだと……?」


 三雲進の表情は呆然から怒りへと一変した。ラヴフィンに近づくと、その大きな体躯に臆することなく睨みつけた。ラヴフィンという存在に緊張していた彼はもういなかった。


「お言葉ですが、この中で競技経験があるのは俺だけです。プロリーグまであと一歩のところまでいきました」

「それってプロになる実力が無かったということだろ?」

「俺のプレイを見たことあんのかよ?」

「ないな。見てから言えば満足か?」

「見たらそんなこと絶対に言えなくなる」

「OK。分かった。ならこうしよう」


 ラヴフィンはパチンと指を鳴らした。綺麗な音を響かせる。


「三日後。俺は配信者を集めてカスタム(参加者を特定のプレイヤーに限定して試合をすることが出来るモード)を開く。そこにおまえ達を招待するから優勝してみせろ。それが出来たなら、おまえのことも認めてやる」

「楽勝だよ」

「もし出来なかったら……。分かるな?」

「チームを抜けろってことか? 上等だ」


 なんなのだろう。一歩一歩進んでいるはずなのに、ずっと崖っぷちを歩かされているようなこの感覚。いつになったら私は安全な場所から、この崖を振り返ることが出来るのだろう。


「楽しみにしてるぜ」


 そう言ってラヴフィンは背を向けるとそのままどこかへ消えてしまった。


「結局どうなったの?」


 オムライスを食べ終えた的井翔琉が顔を上げた。


「『次は勝ってみせろ』てさ」

「それは面白くなってきたね」


 彼は口元についたケチャップを舌で舐めとった。


 その後は、的井翔琉に往復分の交通費を渡して新幹線で帰らせた。


「玲ちゃんはさ。俺達が負けるかもって心配?」


 的井翔琉の背中を見送っていると隣で三雲進は言った。


「どうしてそんなこと訊くんですか?」

「顔にそう書いてある」

「あたりまえじゃないですか。この状況に動じない人なんて、チームのマネージャーとして失格です」

「本当にごめんね。振り回してばかりで」


 え? 聞き間違いだろうか。私は目を丸くして彼の顔を見た。

 パシャ。スマホが向けられ音が鳴った。スマホの向こう側で彼がクスクスと笑っている。


「言ってみただけ。まさかそんな顔するなんて。そんなに以外だったんだ? 俺が謝るの」

「消してください!」

「怒らないでよ。ちゃんと消すから」

「嘘! 絶対消さない!」

「わ! ちょっと!」


 私は彼からスマホを取り上げて、撮られた写真を消してから返した。


「あーあ。せっかく可愛く撮れてたのに……」


 この常におちゃらけてばかりで軽薄な様。やっぱり私はこの男がとても苦手だ。


「三雲さんは言葉や態度がいつも軽薄過ぎます……! 偶には真面目なところを見せてみたらどうですか?」

「玲ちゃんは真面目な男が好きなの?」

「軽薄な男が嫌いなだけです」

「だったらそうじゃないとこも見せてあげるよ。三日後のカスタムでね」




 慌ただしい休日だった。

 入浴剤を溶かした浴槽に浸かると、ラベンダーの香りが私の疲れをシュワシュワと中和して打ち消していく。バスタブの緩やかなカーブに背中を預け、丸くなった。


「真面目なところね……」


 そう言ってはいたものの。あの男が真剣にゲームをしている姿が想像つかない。そもそも三日後は、真面目うんぬんよりも勝つか負けるかが重要なんだ。負けたら、三雲進かラヴフィン、チームに入れるのはどちらかという決断を迫られるのだろう。

 もしそうなったら私はきっと……。

 風呂場から出ると、洗面所で体を拭いて部屋着に着替えた。髪を乾かそうとドライヤーを持った時、リビングからバイブレーションの音が聞こえた。


 リビングへと行くと、テーブルの上で振動を続けるスマホがあった。


「うそ……!」


 呼び出し画面に春川夏海とあった。

 私は直ぐに電話を取った。


「夏海……?」

「やっぱり青色だ……」


 それが彼女の第一声だった。


おまけ

ラヴフィンは顔出し配信をしているため、プライベートで出かける時はサングラスを着用している。絶対にばれたくない時はベースボールキャップも被る。

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