Chapter1-Section16 なんてね
「凄い勝負だった」
三雲進は言った。
「最後、ピークされるタイミングを完璧に読み切って、岩の側面で壁ジャンしてカケル君の頭上を飛び越えたラヴフィンも。ラヴフィンが頭上を飛び越えたことをあの一瞬で見抜き、振り向きざまにエイムを合わせたカケル君も。両方化け物だ」
三雲進の声は悲しく、さびしそうだった。いつも爽やかでいて能天気な彼らしくなかった。
「それだけにこの結果は残念だよ。本当に……」
私は何も言えなかった。彼らの全てに頭が追いついていなかったから。
どうして的井翔琉はあの窮地の場面で楽しいなんて言えたのだろう。どうしてラヴフィンは最後の一本で負けたらチームに入っていいなんて言い出したのだろう。どうして彼らは、自分の人生が懸かった勝負であんなにも楽しそうだったのか。最高のパフォーマンスを出せたのか。
ぜんぶ。ぜんぶ分からない。
『さあ。俺の勝ちだ。約束は守ってもらうよ? カケル君』
『そういえば……そんなのありましたね』
『ただの口約束と思って甘く見てないか? 俺の配信には2万人の立ち合い人がいるんだから。破ったら大炎上もんだ』
『分かってます……。ただ、いまの勝負が楽しくて。つい忘れていました……』
『カケル君って、マジでだいぶイカれてるよな。それとも君にとって競技はその程度のものだったということかい?』
「その程度?」
すっと空気を切り裂くように入りこんだ沈黙が空気を引き締めた。
『そう思いますか?』
まただ。声は小さく、落ち着いているのになぜか力強い。炎のよりも熱く、赤く色づいている。
だからこそ分からない。そこまでの想いがありながら、どうしてこんな一か八かの賭けに乗ったのか。
『思わない……。でも約束は約束だ』
『はい……。公式大会に出るのは諦めます』
『なんてね』
『は……?』
『競技に出るなと言ったのは例えばの話だ。約束は「俺の言うことをひとつ絶対に聞く」だ』
『そう……でしたっけ……?』
あっはっは。とラヴフィンは笑った。
困惑していた。的井翔琉も、私も、三雲進も、二万人の視聴者でさえも。
『ということでカケル君。俺と一緒にご飯に行け!』
わからない。私にはゲーマーという人種がわからない。
翌日、ちょうど日曜日で高校も休みだったこともあり、急遽ラヴフィンとの食事が決まった。
私は品川駅の改札で、新幹線から降りた的井翔琉を出迎えた。12時40分、予定どおりの時間だ。あの母親が彼のお尻を叩いてくれたのは間違いないだろう。
彼はデフォルメされたコーギーがプリントされた白Tシャツにグレーのスウェットのズボンという部屋着となんら変わらない格好で改札から現れた。
「おひさしぶりです」
挨拶すると彼は「どうも」と小さく頭を下げた。慣れない土地のせいか、きょろきょろと視線を動かし、居心地悪そうにしている。ラヴフィンの配信に乗り込んでまでチーム勧誘をするという豪胆無比な昨日の少年とは全くの別人に思えてしまう。
「東京は初めてですか?」
「東京だったら何度か来たことある。お爺ちゃんの実家があるから。でもここは初めてかも……」
「お爺ちゃんの実家はどの辺りなんですか?」
「わかんない。忘れた」
忘れた……。きっと彼にとってはゲーム以外興味の対象では無いのだろう。
「待ち合わせのお店まで案内します。ついてきてください」
彼はこくりと頷くと、黙って私の後ろを歩いた。
駅から十分程歩くとお店に到着した。お店の入り口で待っていた三雲進が「やあ」と顔の横でひらひらと手を振った。オーバーサイズの白パーカーにチェック柄の黒のスラックス。ストライプ模様の入った可愛げなスニーカーを履いていた。
「こんにちは」
「今日も玲ちゃん可愛いね」
無視した。
「きみがカケル君か……」
三雲進は彼の顔をまじまじと見つめた。
「やってくれたよ。まさかラヴフィンにタイマン勝負挑むなんて……!」
「負けたのはごめん。でも勝つ自信があったからやった」
「そういう問題じゃないだろ」
三雲進は強い口調でとがめた。金髪のパーマが風になびく。
「俺も誘え! ずるいぞ! おまえばかり楽しい想いして!」
「そういうこと?」
ちがうだろ! 思わずそのままの言葉でツッコミそうになった。落ち着けわたし。
「なに言ってるんですか! 下手したら一生公式大会に出られないところだったんですよ? あんな危険な橋を渡るのは二度とやめてください!」
「でも勝つ自信あったし」
「負けたじゃないですか!」
彼はムスッとして剣幕をつよめた。
「もう五本あったら俺が勝ってた」
まあまあ。と三雲進は彼の肩に手を置いた。
「俺もヒヤッとしたけど結果的には何も無かったし、しかもラヴフィンと直接交渉できるチャンスまで掴んだ。これはカケル君の大手柄だよ」
「結果論だけで良し悪しを語るのはきらいです。再現性の無い成功体験はいずれ自分達を苦しめることに――」
突然、三雲進に背中を押された。
「ちょっとまだ話は……!」
「続きはお店の中で話しましょうねー」
そのまま背中を押され続け、わたしは渋々と店の中に入った。
おまけ
朝日玲は仕事の時はスーツに眼鏡だが、プライベートでは紺のワンピースを好んで着ている。その日の気分でたまにコンタクトにすることもある。