Chapter1-Section13 最強の証明
私はまだ、的井翔琉という少年のことを何も理解していないのだろう。
負けたら大会に出られないんだよ? 自分の人生が懸かっているんだよ? なのに彼は……。
『やります』
『いいねえ! 面白いよ! カケル君!』
ラヴフィンの配信に流れるコメント欄は勢いを増していく。
調子乗ったな
勇気だけはすごい
このガキ分からせよう
ラヴフィンには勝てないよ
でも正直一緒に競技出て欲しい
ここは引けよ。人生を棒に振るな……
kakeruファイト
激アツ展開きた
無謀なことを……若さって恐い
若い芽は早めに摘もう
ラヴフィン分かってるよな??
舐められてるぞ
こいつ終わったな
「玲ちゃん……。これはかなりまずいことになって来たかも……」
ようやく状況の深刻さを受け入れたのだろう。三雲進の声から緊張が伝わる。
「まずいことになってるのは最初からです……」
「そうだったみたい」
「どうしよう……」
「どうするも何も……」
三雲進は一呼吸分の間を空けてから静かに言った。
「こうなってしまったら、カケル君を信じて見守るしかないよ」
「でも相手はすごいプレイヤーなんですよね? 何万人もひとを集めてしまうような……」
「視聴者の数は強さの指標じゃないよ。それに……カケル君だってすごいプレイヤーだ」
試合が始まった。二人が戦闘する場所は中心に小さな納屋が一つ、その周りには、よじ登れる大きさの岩のオブジェクトが三つずつ線対称に配置されたステージだった。一対一専用のステージだからか、エリアは極端に狭い。
ラヴフィンは一番手前の岩場まで移動すると物陰に隠れながら前の様子を窺った。私はラヴフィンの配信を観ているから、当然視点はラヴフィンと同じになる。
『ラヴフィンさんはどうして競技に出ないんですか?』
『どうしてって……』
いきなり納屋の屋根裏から敵が現れた。的井翔琉だ。屋根から岩場の上に飛び移ると、そのまま上から銃を撃ち下ろした。
『くそ……!』
ラヴフィンは応戦して撃ち返すが、先に自身の体力を削られる方が速かった。そのまま倒されて、初期地点に戻される。
『より強い敵を、より上手い敵を撃ち負かしたい。それがFPSの醍醐味でしょう? お山の大将になるだけで満足ですか?』
『言ってくれる……!』
「勝った……! まず一勝……! だよね……?」
そうだね。三雲進は言った。
「まずは様子見で敵の出方を窺いたいと思うのが普通なんだけど、カケル君はその心理を逆手に取った。最速・最短距離で接近してラヴフィンの虚を突いたんだ。もしラヴフィンが前に出ていたら、横から撃たれたり背後を取られてもおかしくなかった。一戦も落としたくない側がやる戦法じゃない。それだけにラヴフィンも予想できなかっただろうね」
「なるほど」
見事な解説に感心した。ただ二人で撃ち合うというだけでも、そこには読み合いが生まれるのか。
「しかも思考を削ぐ質問をして相手の注意を散漫にさせるという徹底ぶり。エイム全振りのフィジカルお化けだと思ってたけど、意外とやらしいプレイも出来るのか」
「でも試合中に相手に話しかけるなんてズルくないですか?」
まじめ玲ちゃんだ。と、ぼそっと呟いたのが聞こえたが無視した。
「これは公式戦でもないし相手が相手だ。ラヴフィン相手に5連勝となれば、こうまでしないと不可能だよ」
2試合目が始まった。
『どうして俺が競技に出ないのかって訊いたな?』
ラヴフィンは一直線に戦場を走り納屋の屋根上に登った。
『逆に訊くが、競技に出て得られるものはなんだ。金か? 名声か? それは両方持ってる! プロの奴らよりもな!』
『他にもあります』
的井翔琉は岩場の上からラヴフィンを狙っていた。
「上手い!」
三雲進は興奮した様子で言う。
「ラヴフィンがむきになって突っ込んでくるのを、射線を通せる位置で待っていたんだ……!」
弾丸が放たれる。ラヴフィンは直ぐに屋根から降りるが、そのあいだに大きなダメージを受けた。
『ほか? 俺には思い当たらないね!』
的井翔琉からの攻撃が通らない場所で、ラヴフィンは回復アイテムを使用した。
『それは……』
走る足音が近づいて来た。ラヴフィンは回復を途中で止めて武器を構える。納屋の角から姿を現した的井翔琉はまるで蝶のように空を舞っていた。ショットガンを構えている。
『最強の証明です』
ラヴフィンはSMGを撃ちダメージを与えたが、的井翔琉の一発のショットガンに沈んだ。
初期地点に戻る。
「二勝目……!」
私は口元を手で覆った。的井翔琉、まだ17歳の高校生。でも彼はとてつもなく強い!
「このゲームってあんなに高くジャンプ出来たの……?」
「最後の飛び跳ねてたやつね。あれは壁ジャンっていうキャラコンだね」
「キャラコン?」
「キャラクターコントロールのことだよ。このゲームだとキャラクターを動かす際に高度なテクニックを使用することを言うね。例えば今のは壁を蹴ってジャンプすることで通常より高い場所まで飛ぶことが出来るんだよ」
「三雲さんも出来るんですか?」
「もちろん! このゲームをやり込んでるプレイヤーだったら、みんなあたりまえにできるよ」
「そうなんだ……」
面白い。と一瞬思ってしまった。ひとの人生が懸かっている勝負でこんなことを思ってしまう私はおかしいのだろうか。不謹慎だろうか。でも……。
「このゲームって、見応えがありますね……!」
おまけ
ラヴフィンはお金を稼ぐようになってから高い寿司屋や焼き肉屋に行くことにはまっている。