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Chapter1-Section11 ん⁉


 毎朝7時きっかりに私は目覚める。無地の白カーテンを開け、陽射しを部屋に入れ込んだ。


 窓を開けた。昨日は夜まで雨が降っていたせいか、湿った空気が肌に触れた。ベランダに上がり、ミニトマトを栽培しているプランターに目をやった。黄色い花がちらほらと咲いている。真っ赤な実がなるのはまだ一ヶ月以上も先だろう。

 昨日は雨で湿度が高かったのでプランターの土は乾いていなかった。私は霧吹きを手に取って、土の表面を湿らす程度にとどめた。ミニトマトに水のやりすぎはNGだ。


 部屋に戻ると冷蔵庫から無糖のギリシャヨーグルトを取り出して白い座椅子に座った。

 ヨーグルトの蓋を開け、裏側のアルミに付着した部分をスプーンで綺麗にすくいあげる。こんなにも美味しくて健康にいいなんて。ヨーグルトはなんて素晴らしい食べ物なのだろう。


 予定の無い休みの日には決まって行く場所がある。それは家から徒歩八分の場所にある『デ・ラ・サンティシマ』という一風変わった名前のカフェだ。そのカフェの入り口から左手の一番奥の席。窓からはテラス席を取り囲む庭園が見えるその場所が、私のお気に入りだった。

 そこでピーチティを傍らに、小説の世界に浸ることが至福の時間だ。

 店内はいつも清閑としていて、ジャズミュージックがそよ風みたいにゆったりと流れている。


 静かで心地良い。完璧な休日。


 してる場合か!


 esportsの話はどうなった……! まだ3人目は決まっていない。全部彼らに任せきりなんて、ずいぶんと無責任じゃないか。

 しかしメンバー選びに関して、私の浅い知識では何もできないのも事実だった。


 私はインパーフェクトの事を知らなさすぎるんだ。


 集中できず、本を閉じた。

 窓の外を見ると庭園に一匹の猫が現れた。その茶虎の猫はテラスに上がると誰も座っていない椅子の下でゴロンと寝転んだ。その様子を観察していると、猫は私の視線に気付いたようで、素早く立ち上がり、私のことをじっと見つめ返した。

 私は目を細め、ゆっくりと瞬きを繰り返した。猫の警戒を解くために効果的な方法だ。中学生のころ、とある友達から教わった必殺技だった。


「私はこれを『必殺・こんにちは猫ちゃん』と呼んでいる!」


 彼女がそう言っていたのを思い出して、くすりと笑った。

 そう言えばあの子、ゲームがとても大好きだったな。ゲームの話をたくさんしてくれたっけ。私はなにも分からなくて下手糞な相槌ばっかりだったのに、それでも彼女はずっと楽しそうに話していたっけ。


 猫は私に瞬きを返すと、安心したのかまた寝転がり、気持ち良さそうに伸びをした。


 彼女だったらインパーフェクトのことにも詳しいだろう。私にいろいろアドバイスをくれるかもしれない。今の私に一番必要な人間だ。連絡先さえ変わって無ければ連絡も取れる。

 私はスマホを取り出して春川夏海の名前を探し出した。カフェの外に出て、通話ボタンを押そうとして急に躊躇いが生まれた。

 確かにあの頃は友達だった。でも今はすっかり疎遠の関係だ。こんなに都合よく連絡して、彼女はそれを快く思うだろうか。


 どうしよう。でも……。


 突然、足首に柔らかい何かが触れた。


「きゃあ!」


 見ると、さっきの茶虎猫が足元にいた。私の足に顔を擦り付けている。


 ああ!


 いつのまにかスマホが呼び出し画面になっていた。驚いた拍子に通話ボタンを押してしまったようだ。

 30秒ほど待ったが、彼女は電話に出なかった。

それもそうか……。


 私は携帯をポケットにしまい、身を屈め、茶虎猫の頭を撫でた。猫はミャアと鳴いて尻尾をぴんと真上に立てた。


「あの子も猫、大好きだったなあ」




 それから午前中の間はカフェで小説を読んだ。午後は自宅の掃除をしたあと、インパーフェクトのゲーム配信を観た。

 円卓に肘をついてタブレットの動画を眺める。ラヴフィンの配信には2万人近くの視聴者がいた。たしか東京体育館のキャパがおよそ一万人だったはずだから、その倍近くの視聴者を集めているとなると彼の人気度が窺える。

 やっぱり凄く上手いのだろう。この前に私がやった時とは全く別のゲームにすら思えた。


 配信を眺めていると、いったいなにが起きたのかと分からない場面も多かった。一度ゲームをやったとはいえ、それで全てを理解できるほど単純なゲームではないらしい。

 インパーフェクトは単に銃を撃ち合うだけのゲームではない。ワープしたり、姿を消したり、宙を飛んだり、盾を出したり、アビリティと呼ばれる多種多様な能力がある。それに武器だって近距離用と遠距離用だったりと、それぞれの武器に用途があり、どの武器を持っているかで戦い方も変わる。さらに戦う場所によって地形も毎回違う。

 これが初心者の私には難しいところだった。


 映像の中の彼はまるで先の展開を読めているかのようにアビリティを駆使し、まるで敵の位置が分かっているかのように複雑な地形を動き回る。そしてそれが当たり前であるかのように弾をほとんど外さない。

 凄すぎて分からない。彼らは私なんかでは到底理解出来ないレベルの世界で己の技術・戦術を競い合っているのだろう。


 やっぱり、そういうのが分かる人が身近にいると助かるんだけれど……。

 私はスマホを手に取った。

 春川夏海。もう夕刻になるけれど、彼女から連絡が返って来ることはなかった。


 夕飯の準備をしようと、私は立ち上がり、キッチンへと歩いた。


『あったまって来たところで、そろそろ今日のとっておきゲストを呼ぼうかな!』


 配信を垂れ流しているタブレットからラヴフィンの声がキッチンまで聴こえてくる。私は冷蔵庫を開けた。


『お! やって来たね! やって来たねえ!』

『よろしくお願いします』


冷蔵庫の中には卵とベーコンがあった。今日はカルボナーラでも作ろうか。


『君のこと知らない視聴者もいるだろうから、まずは自己紹介からお願いしていいかな?』

『カケルです』


 ん? 私は卵とベーコンを抱えたまま、キッチンからタブレットを見つめた。


『シンプル! いいねえ! そういうの好きだよ! カケル君ってまだ高校生なんでしょ? わっかいねえ!』


 ん!?


 私はタブレットの前まで駆けていき、卵とベーコンを円卓に置いた。というより叩きつけた。卵のひとつに亀裂が入った。


 ちょっと、ちょっと……! なにしてんの。あの男は!?


おまけ

カフェ『デ・ラ・サンティシマ』はピカソのフルネームをどうしても覚えたかった店主がフルネームの中で一番覚えられない箇所をなんと店名にしてしまった。

ちなみにピカソのフルネームは

『パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンディシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ』

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