Chapter1-Section10 俺に任せて
梅雨は好きだ。
雨の日は仕事が捗るからだ。きっと雨の音が、私の雑念をかき消してくれるのだろう。
みんな口を揃えて梅雨は嫌いだと言うけれど、私は好きだ。物事に集中するにはうってつけな時期だから。
会社のオフィスはビルの二階にある。私の席は一番窓際で、雨が地面を叩く音が、窓を叩く音が心地良く響く。涼し気な昼下がりの午後。
私はデスクの上で黙々とタスクをこなした。esports関連でバタバタとしていたせいで溜まっていた仕事が山積みだったが、今日の集中力は我ながら凄まじい。今日だけでかなりのタスクが片付きそうだ。
ブー。とキーボードの横でスマホが振動する。裏側に向けていたスマホの画面をひっくり返すと三雲進からの電話だった。連絡用にと、私が作った的井翔琉と私を含んだグループを使用して電話を掛けてきたらしい。
あの男のことを考えると禄な連絡では無いような気もするが、5秒ほど悩んだ末、これも仕事かと考え電話に出ることにした。
「どうしましたか?」
「玲ちゃんの声が聞きたくてさ」
「切りますね」
「うそ! うそ! 冗談だって! 切らないで!」
はあ。と私はため息をつく。この男は息を吐くように適当なことを言う。正直、私のいちばん苦手とするタイプだ。社長もそうだが、まだ社長は経営の手腕なり尊敬できる部分があるからいい。でも彼にはそれすらない。
「用件の無い電話は控えてください。特にこの時間、私は仕事中なんです。それに翔琉さんだって授業があるんじゃないんですか?」
「今はちょうど休憩時間中だから大丈夫です」
教室にいるのだろうか。確かに休憩時間のようで雑多な喋り声や笑い声が通話に混じっている。
「お! 翔琉君初めましてだね。俺は三雲進。MikuMonて名前で競技活動してる20歳の大学生。よろしくね」
「知ってます……。えっと、よろしくお願いします……」
「ため口でいいよー。全然」
「分かった」
「順応はやっ!」
玲ちゃんもため口でいいんだぞ。とふざけた口調で彼は言う。だまれ。
「私用の電話なら切りますが?」
「なに言ってんの。私用じゃないって。ミーティングってやつだよ……! ミーティング!」
ミーティングという言葉を使うのに憧れがあったのか、彼は嬉しそうに繰り返した。
「ミーティングにはちゃんと議題があるものです」
「議題……! なるほどね! もちろんあるよ!」
本日の議題はこれです。と、もったいぶってから言う。
「三人目の仲間について……!」
確かに重要な課題だった。大会のエントリー期限までの日数はもう両の指で数えられる。3人目とコンタクトを取り、契約するまでの日数を考慮すると、できれば明日までに何人かは目星を付けておいてもらいたい。
今日の夜辺りに相談しようと思っていたことだが、今それができるなら図らずもありがたいことだった。
「なるほど。確かにその件については私も会話をしたいと思っていました。どうでしょう? 目ぼしい方は見つかりそうですか?」
「今のところ二人ね」
ほお。と声には出さず感心した。思っていたより仕事が早い。やはりインパーフェクトのこととなれば、彼も本気ということなのだろう。
「と言っても、その内のひとりは駄目もとだから実質ひとりだけみたいなもんなんだけどね……」
「と言うと?」的井翔琉は訊いた。
「今、競技チームに属していない中で最強のプレイやーを選ぶならこの人しかいない」
「もしかして……RabPhin?」
「そのとおり!」
「本気で言ってる?」
「だから駄目もとなんだって」
彼らが誰の話をしているのか私には分からなかった。でもラヴフィンという名前には聞き覚えがある気がした。
「ラヴフィンって誰ですか?」
「知らないのマジ……?」
的井翔琉は呆れた声で言った。あ、私にもため口になったんだ。
「有名な配信者だよ。インパーフェクトのゲーム配信では日本で最も視聴者を稼いでいる超大物」
三雲進の言葉で思い出した。私がインパーフェクトのことについてネットで調べたとき、実力者の筆頭として名前が挙がっていた人物だ。
「それだけ有名でありながら、どうして彼はプロになっていないのですか?」
「だってゲームのプロってそこまで金にならないからね。玲ちゃんだって知ってるでしょ? 俺達の給料がいくらか。配信で稼げてるなら、プロになるメリットってほとんど無いんだ」
「うん。むしろプロになって勝てなかったら失望するファンもいるだろうね。アンチも増える。デメリットが大きすぎるよ」
二人の言葉に私は納得する。esportsという言葉は昨今よく耳にするけれど、他のスポーツに比べてまだ日の目を見れていない。ゲーム配信をするストリーマーやVtuberの方が何倍もの脚光を浴びていることくらいはゲームに疎い私にだって分かる。
「そしたら、彼をチームに加えるのはやはり難しそうですね……」
だよねー。と三雲進はこたえた。
「でも……」
的井翔琉は言った。
「世界一を狙うなら、たしかに彼しかいない」
この少年の声は本当に不思議だ。電波に変わり、機械を通してもなお、こんなにも静かでいて力強い。
「この件、俺に任せて」
そう言うと「休憩時間終わるから」と彼は電話を切った。私と三雲進だけが取り残される。
「いったい何をする気なんでしょう?」
さあね。三雲進は言う。
「さっぱり想像つかないよ。でも翔琉君が自信満々に任せてと言ったんだ。任せてみようよ」
不安で不安たまらなかった。そしてそんな不安は物の見事に的中することになる。
おまけ
三雲「それより玲ちゃん! このあと時間ある?」
レイ「お疲れ様です」
三雲「食事とか――」
レイ「失礼します」
三雲「だったら……。あ、切れた」