一話 プロローグ
高く振り上げた木刀が風を斬り裂くように振り下ろされる。
腕から手先、そして木刀まで魔力を込めた一撃は木刀であろうと常人ならただでは済まない。
けれどそんな渾身の一振りも、いともたやすく相手の構えた木刀の前に迎撃されてしまう。
それどころか、攻撃を仕掛けたのはこちらであるにも関わらず一方的に弾き返されてしまい無理やり後退させられる。
「っ……まだまだぁっ!」
弾かれた反動を殺すように四肢へ魔力を回し、地面を抉るように蹴る。
突進しつつも目線を相手の頭に合わせ、隙を生まないよう小さく振りかぶり上段斬り……そう見せかけ、寸前で木刀の軌道を突きに変化させる。
フェイントと速度の乗った受けにくい突き技。自分でもこれ以上はないと思える会心の一撃はしかし、相手の木刀で簡単に払われてしまう。
「ッ、それならっ!!」
木刀と共に横に弾かれた腕にありったけの魔力を込め、逆にその勢いを利用して半回転しつつ横薙ぎに打ち払う。
「これなら師匠といえど受けられまい!!」
「あら、それなら受けなきゃいいのよ」
当たれば岩すら砕けるであろう一撃は、軽くしゃがみ込むだけで避けられてしまう。
────こっちの手口を、技量を、完全に把握されている。
目線でのフェイントも力技での切り払いも何一つ通じず、表情一つ崩せない。
「ふ、ふふっ……!」
こっちの工夫がこうも対応されると逆に面白くなってしまう。
相手にとって不足なし─────どころか、師匠相手なんだから過剰もいいところだ。
普通に正面突破するのは絶対に無理。だから四方八方から攻め立てる。
魔力を再び四肢に込めて、最大速度でかく乱しながらもう一度突きを放つ。
「痛っ!!」
かく乱とフェイントを織り交ぜた突きは軽く躱されて、逆に小手を強かに打たれてしまった
「フェイントが雑よ。突きも対処しにくい技ではあるけれど、そればかりじゃ対処されても当然でしょう」
ごもっとも。
だけど手詰まりだったしなあ……実戦ならこれで利き腕を失ってるけれど、これは訓練。ありがたいことに今はまだ続行させてもらえる。
「じゃあ、こういうのは……どう、だぁっ!!」
相手の足を薙ぐような下段斬り。
師匠相手に普通のフェイントじゃあ意味がない。
だからコレは全力のフェイントだ、これで仕留めるという気概を込めて薙ぎ払う。
「おっと」
予想通り……!
師匠がバックステップで下がる、このタイミング!
下段斬りの姿勢で踏み込み、溜めた膝を跳躍へ繋げて上段斬りへ一気にもっていく。
対師匠用のとっておき、こっそり練習したこの技で今日こそ師匠に────!
「獲ったぁっ!!」
「獲ってないわよ」
下がったはずの師匠が一瞬で元の間合いへ戻り、剣を繰り出そうとした腕が素手でからめ取られる。
「あえ?」
あ、まず────
「よっこいしょ」
「げふぅっ!?」
取られた腕を起点に傍から見たら芸術的なぐらい綺麗な投げ技で、私の身体は地面へと叩きつけられる
受け身もロクに取れなかったから息を吐きだせるだけ吐き出してしまい、横に転がることすらできなかった。
「はい、これでお終いね」
ぴっ、と木剣を転がる自分の喉元へ突きつけられる
「最後のフェイントはよかったけれど、不用意に戦闘中跳んじゃダメだっていったでしょう?」
「地に足がついてれば今の投げも耐えられたけれど、支えもない空中じゃもうどうにでもしてくださいって合図と同じよ」
「はひゅっ……は、はい……」
衝撃でひっくりかえったような内蔵の気持ち悪さと戦いつつも、辛うじて空気を絞り出して答えた。
「まだまだ基礎が弱いわね、重点的に鍛えましょうか」
「返す言葉もないよう……」
にこっと笑う師匠に少し不貞腐れたように答える。
「はいはい拗ねないの、筋はいいんだから焦らなくていいのよ」
「魔力での身体強化もしっかりできているし、後数年も修行すれば一人前になれるわ」
「……けど、師匠に全然勝てる気しない」
「そりゃあ簡単に超えられちゃ師匠の立場がないもの」
むぅ、と膨れつつもなんだか安心してしまう
常にこの人は先に立っていてくれる……そんな安心感
「さてと、今日はこの辺りにして休憩にしましょうか」
「えー、まだやれるよ?」
「やりすぎてもいいことないわよ、休める時は休まないと」
強がった言葉も見抜かれて、師匠に手をひかれ立ち上がる。
「それに魔術の修行もあるしね」
「うげぇ」
私の名前はアイズ。
両親と山の奥でずっと暮らしていたけれど、だいぶ前に二人とも死んでしまった。
最初は子供ながらに悲しんでいたけれど、元々底抜けに楽観的な私は数日の内には一人で生きていかなきゃと心を決めていた。
四苦八苦しながらの一人暮らし。
そんな中で師匠────アルティシア・グレイヴニルと出会った。
一人で暮らしていた小屋に突然現れて、子供一人を放っておけないと言われてからは一緒に暮らしている。
買い出しに出かけた村なんかでも名前が知られていて、地方どころかこの国『ウェルザリア』でも指折りの冒険者として《万象のアルティシア》なんて二つ名までついちゃっている。
師匠は得意の雷系を上級まで習得している上、他の魔術を中級まで習得してしまっている。
魔術の世界においては、一つの属性を中級まで習得すれば一人前、上級は魔術師としての高みの一つだ。
《万象の》なんて二つ名も無理もないほどに凄いことで、剣士なのに熟練の一流魔術師と魔術合戦ができてしまう。
そんな師匠に憧れて「いつか私も、師匠みたいな冒険者になる!」
……と、意気込んでいるけれど魔術はほとんどからっきしで、どうにも向いている気がしない。
初級、中級、上級────その上の超級なんていう魔術もあるらしいけれど、私は一番得意な氷系さえ初級が少し使える程度だ。
魔術の才能をもって、数年も修行すれば一つ一つの練度は別として大概の初級魔術を習得できるようになる。
そこから自分が得意な属性を伸ばしていくのがセオリーで、魔術師として冒険者になる人なんかはより多くの属性を究めていく。
「うーん、全っ然ダメだなあ。やっぱ向いてないよ……」
「だからってサボっていい理由にならないよ、ちゃんと勉強と反復練習もしなきゃね」
師匠に嗜められながら全身に魔力を巡らせる。
「アイズは身体強化は得意なんだけどねえ……」
身体強化の術は戦士や剣士なんかの得意分野だ。
魔術師が魔力を外部へ流すのとは別に、体内で魔力を作用させることで筋力や反射神経を底上げする方法。
魔術とは違って才能より後天的な努力で得られる技術だから使い手は多い。
少ない魔力でもこの方法なら体内を巡らせるだけだから、魔術とは違って消費が少ないのでよく使われる。
習熟すれば触れる物に対しても作用できて、ただの木刀でも岩を砕けるし皮膚も刃を防げるほどの防御力を得ることができる。
魔術師も使えないことはないけれど……鍛えた下地がないと強化できる幅はそう多くないので、こっちを鍛えるぐらいなら魔術を覚えた方がいいというのが主流だ。
「けれど覚えて損はないし、使う感覚がわかれば対処だってしやすくなるからね」
一厘の隙も無い正論相手では分が悪い、言われた通りに集中して魔術を組み立てる。
『想像』、魔力で何を成したいか。魔力の使い道を頭の中で組み上げる。
『構築』、組み上げたイメージに沿って術式を構築していく。
『発動』、術式を壊さないよう、そして出力が不足しないよう適切に魔力を体外へ放出する。
魔術の三要素に従って、術名を唱える。
「『アイシクル・ランス』!!」
尖った氷柱が生成され、岩に向かって飛んでいく。
氷の強度は魔力で補強され目の前の大きな岩に突き刺さる。
「やった!今日は成功!!」
「うん、悪くない。しっかり術式になってる」
「それじゃあお手本ね、いくわよ」
「『アイシクル・ランス』」
同じ術式を、段違いの速度で構築し唱える。
より大きく、鋭い氷柱は岩を完全に貫通し地面にめり込んでいった。
「う、わぁっ……」
「もっと練度を上げればこれぐらいになるわよ、アイズは氷系が得意だしね」
「ここまで出来る気がしないよ……それに氷系が得意なんじゃなくて、それしか使えないってだけだし」
「反復よ反復。それに今みたいなのは魔術の三要素をしっかりすればできるようになるわ」
「ほんとかなあ……」
どうにも魔術に関しては自分を信じきれないけれど、師匠を信じて自分自身へ叩き込んでいく。
「向き不向きはあるけれど、せっかく魔力が多いんだからもったいないしね」
「多いのは多いんだろうけどさー……」
魔力の総量は生まれた時にほとんど決まって、後天的に伸ばすのは凄く難しいらしい。
そして、生まれつき魔力が多い人はその魔力が外見に出ることがある。角があったり入れ墨のように皮膚に模様があったり。
私のこの青い髪もそうだ。触れれば冷やかさすら感じる青く染まった髪は、人より魔力が物凄く多いのだと師匠が言っていた。
だから師匠は魔術を根気よく教えてくれるけれど……どうにも魔術の三要素、特に《構築》が苦手で術式がすぐに壊れてしまう。
今もまた、《アイシクル・ランス》の『構築』された術式が崩れ、『発動』した瞬間溶けた氷みたいなものが現れてはべちゃっと床に零れていった。
「うっ……」
「大丈夫大丈夫」
「何が大丈夫なのさー!ホントに苦手なんだって!」
微笑む師匠に、少しムキになって声を大きくしてしまう。
「私が信じてるわ、きっとアイズはいい冒険者になれる」
「……ズルい言い方だよ、それ」
照れ臭くなってそっぽを向いてしまう。
「……師匠が信じてくれるなら、頑張るよ」
「しっかり修行して、冒険者になって……師匠と一緒にいろんな所を回りたいんだ」
「あら、それならもっと厳しくしていこうかしら」
「ええ!?」
ぼ、墓穴ほったかも……
少し自分の言葉に後悔しつつ、その後も頭の中がいっぱいになるまで魔術の稽古をつけてもらった。
こんな調子で、いつか一人前になって冒険者になるための修行をしている。
師匠と一緒に冒険をして、世界を見たい。
そんな夢の為に、冒険者になれる年齢まで修行を付けてもらう。
あと数年で追いつけるかという焦燥と不安、そして期待で一杯だ。
けれど。
楽しくも厳しい修行の日々の途中で。
師匠は、私の前から居なくなってしまった。