甲子園の魔物 3
「では色々と説明させて貰うわ。まずここは貴方がいた時間より少し前・・・・・・ 貴方が高校3年生に進級した頃の時間軸ね」
佐藤政宗は考えていた。
高校野球に人生を捧げてきた佐藤にとって、女子との触れ合いとはマネージャーにタオルやスポーツドリンク、ハチミツ漬けのレモンなどを支給される行事であった。
「貴方を連れて来たのは、この時間軸であることを手伝って欲しいからよ」
無論佐藤とて年頃の男子である、顔立ちの整った同年代の女子であるマネージャーを見れば可愛いとは思うし、つい先程までは冷たく沈みかけていた鋼のメンタルをマネージャーの微笑みという推定摂氏800°はあろう熱でもって打ち直し、己を奮い立たせようとすらしていた。
「それは人々の負の感情によって具現化した恐れを退け、いずれ来たる大いなる災厄に備えること」
だが佐藤政宗は今、ひどく動揺している。
超人的な健脚と心肺機能により、2kmシャトルランを以てしても乱すことのできない脈拍が。
「貴方を選んだのは、この国に於ける最上級の肉体と精神を併せ持つ種族である高校球児、その紛うことなき頂点だったからよ」
幾度もの修羅場をくぐり抜けた経験により、時速480kmの神速球があわや頭部死球となりかけ頬を掠めようと暴れることのない心臓が。
「今までも何度かエリート高校球児に接触を試みたものの、私の気配を感じられた者すらごく僅か」
猛る雄牛たれとの校訓を示す仙台デスバッファロー高校の校章の如く、幼き日に憧れた父のマウンドを睨め付ける眼光の如く燃え上がっている。
「その者たちも皆大なり小なり精神に異常を来し、いつしか甲子園には魔物が棲むと言われるようになったのよ」
男一徹、ひたぶるに高校球児として血を吐く暇も無いほどに己を鍛え上げる独歩の道を往く高校野球界稀代の怪物にとって。
「でも貴方はこうして私のことを認識できる。こうして触れることができる。やっと会えたわ、至高の精神と肉体を持つ高校球児に」
同年代の可愛い女の子とは違う、ミステリアスな雰囲気を纏いめちゃくちゃ顔面の整ったお姉さんとの非日常的な出会いは。
「人々の恐れは形を成し、いずれその一部が歪に集まって大いなる厄災を生むとされているの。その力は先ほどまで私たちがいた時間軸では目に見えて強まっていた・・・・・・ 」
DNAの一片にまで刻み込まれた"高校野球"の文字をかき乱し。
「だから貴方には、比較的恐れの力が弱かったこの時間軸で私と協力して具現化した恐れを退けつつ、大いなる厄災に備えて怪異の類との戦いに慣れて欲しいの」
彼のシナプスをいとも容易く、線香花火の如く発火させ。
「貴方とならこの世界を守ることができる、私はそう確信しているわ」
高校野球界きっての怪物のニューロンに、迸るほど強烈に、孔雀の羽のように鮮烈に、新たな行動原理を焼き付けた。
「強引に連れて来てしまったのは謝るわ。でも世界を守るため、そして貴方にしかできないことなの」
高校野球に捧げた心血、甲子園のために鍛え上げた肉体と精神、それら全てを、禁じられた全力を。
「私と一緒に、この世界を守ってくれる?」
この女性を守る為に使う。
「任せろ、全ての恐れを退けてみせる」
佐藤政宗は、甲子園の魔物に恋をした。
「ふふ、やはり貴方を頼って正解だったわ。ありがとう、これからよろしくね」
甲子園には、魔物が棲むーー。
そんな"甲子園の魔物"と、"高校野球界の怪物"佐藤政宗、異色のバッテリー。
世界を守る為挑むは現世に具現化した恐れ、そして大いなる厄災ーー。
果たして佐藤政宗、恋と世界のゲッツーなるか!