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イエリと王さま  作者: みつきあこ
第一章 竜の森へ
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花冠

 イエリの怪我は段々と軽快していた。

 包帯や薬の類はないが、出血を伴う怪我ではなかったため大事にはならなかった。それでも、夜眠ろうとすると頭や腹が鈍く痛むことがある。そんな時は、アオが痛み止めの草を摘んでもってきてくれた。

 しばらくは痛みをこらえながら食事を手に入れるだけで精一杯だったが、痣が薄くなりたんこぶが引っ込む頃には、以前と同じように動けるようになった。イエリはまた森を歩き回る日々を送っていた。

 以前と変わったことがいくつかある。

 まずは、竜たちの態度だ。

 前はイエリに関わりたくなかったのか、イエリが近づく前に向こうから離れていた。傍を通る時でさえ、イエリなど目に入らない様子で視線すらよこさなかった。

 ところが、最近は竜たちから視線を感じる。イエリが水を飲んだり、食事をしていると、どこからともなく見られている感覚があった。それどころか、傍に寄ってくるものまでいるのだ。野犬が現れると、アオが威嚇するより前に他の竜がやってきて、無言の圧で犬たちを追い払う。イエリが礼を言うと、彼らはそれに見向きもせず行ってしまう。どういうことかアオに尋ねても、彼は──王に聞いたが、アオは雄らしい──のんきにあくびをするばかりで答えなかった。

 それからもう一つ。王が、イエリの呼びかけに答えるようになった。

 イエリが呼びかけると、五割程度の確率で現れる。毎回ではないが、イエリにとっては大きな進歩だ。王はイエリの言葉に耳を傾け、ぽつぽつと言葉を返してくる。


「王さま、村ってどっち?」

「……」

「じゃあ、シオは? 赤ちゃん見なかった?」

「……」

「王さま、アオって女の子、男の子?」

「……雄だ」

「最近竜が見てくるの、なんで?」

「……」

「ねえ王さま」

「王さま!」

「王さまぁ」


 王が一話す間、イエリは十話した。もともとイエリはおしゃべりな性質で、言葉が通じようが通じまいが好き勝手に話す。よって、王からの返事がなかったとしてもイエリは話し続けた。王は表情も反応も乏しかったが、時折反応が帰ってくるため、話しかけることはやめられなかった。

 王と話して分かったが、彼は知らないこと、分からないことに対しては沈黙する。あとはもちろん、話したくないことも。イエリの予想では、王は村の方角やシオについて知らない。竜が森から出ることを禁じられているとすれば、外の村を知らないのも不思議ではなかった。シオも、まだ森に捨てられていないのだろう。そう思えば、イエリの焦りも少しばかり楽になる気がした。

 イエリは王に興味があった。竜自体知らないことが多く日々新しい発見があるが、それ以上に王は謎が多かった。なぜ竜の王が人に近い姿なのか、人の言葉を知っているのか。竜たちとは会話ができないため、本人に尋ねる他ない。しかし、王はあまり多くを語らないため謎は深まるばかりだ。


「そういえば、竜の卵ってどれくらいで孵るの?」

 イエリはいつものように王を呼びつけ、雑談に興じていた。草むらに座り込むイエリから、五メートルは離れた場所に王がいる。イエリと王の間にはいつでも距離があった。アオはイエリのそばで丸くなり、静かに寝息を立てている。

「種族による」

「そっか、大きい竜も小さい竜もいるもんね。じゃあ、こないだイエリが見たやつは?」

「二か月後には孵化するだろう」

「へえ!」

 無事に生まれるといいなあ、と呟きながら、イエリは手元に目を落とした。イエリは王から手元を隠すように、せっせと作業を続ける。王はやってきたときに一度怪訝そうな顔をしたが、それきり興味をなくしたらしかった。

「竜もお父さんとお母さんがいるんだよね? あの巣には一匹しかいなかったけど」

「子育てをするのは雌だ」

「へえ。人と一緒だね」

 王は答えない。

「……よし、できた!」

 そうこうしているうちに、イエリが執心していた作品は完成した。王が感情の薄い瞳でイエリを見る。その冷ややかな目が驚きに変わることを期待して、イエリは立ち上がった。

「王さま。しゃがんで」

「なぜ」

「いいから!」

 イエリがやいのやいのと騒ぎ立てると、王は逡巡してから頷いた。そして片膝をついた彼に歩み寄り、後ろ手に隠していたものを頭にかぶせる。

「じゃーん、花冠!」

 それは、雑草で作られた歪な冠だった。角に引っ掛かり、傾いたまま王の頭に冠が乗っている。王は眉一つ動かさず、静かに花冠を外した。

「ああ、とらないで!  せっかく作ったんだよ」

 王は頭に乗せられたものが何か確認すると、遅れて首を傾げた。花冠とは名ばかりで、茎は折れて妙な汁をにじませているし、きれいな丸にもなっていない。葉や茎の飛び出した不格好な花の輪を見て、王は困惑している。

「何をした」

「冠だよう、王冠! 王さまでしょ? なら、王冠つけないと」

「竜の王は冠など」

「いいの! ねえ王さま、一回だけ、ね?」

 つけてつけてとせがむイエリに根負けしたのか、彼は無言で頭に花冠を乗せる。相変わらず角は邪魔だったが、それでもイエリは満足だった。美しい顔の男に、鱗に、花冠。イエリは深く頷いた。

「シオにはまだあげたことないんだ。イエリへたくそだから、いっぱい練習しないと」

 イエリは再び草むらへ戻った。次はアオの分でも作ってみようか。ぼうっと考えながら花を摘んでいると、後ろから冷たい声がした。

「お前は、何がしたいんだ」

「え?」

 イエリが振り返ろうとした瞬間、後頭部が押さえつけられ、地面に組み伏せられる。何事かと目をやれば、金色の瞳が温度もなくイエリを見ていた。

 上から押さえつけられていると理解した途端、心臓が冷えた。耳の後ろがどくどくと脈打ち、視界が狭窄する。

 この姿勢は、嫌だ。これは嫌いだ。

 固まったイエリの上から、王の声が降ってくる。

「何をしにこの森へ来た」

「それは、奴隷商人の馬車が……」

「人の王に命じられてきたはずだ」

 王は先ほどとは打って変わって、冷徹な竜の王として接してきている。彼の中で、イエリが人の王の手下であるという可能性は無視できないほど大きいらしい。イエリは必死で答えた。

「違うよ、これ、首輪……本物だよ? それに人の王さまのこと、知らない……」

「嘘ならいくらでも言える」

「イエリ、本当になにも……」

 押さえつける力が強く、イエリは土に頬をこすりつけた。抵抗しても彼を刺激するだけだが、上から押さえられると息が苦しく身をよじる。

 もし本当に人の王と繋がっているのであれば、その証拠を見せればいい。しかし、イエリはなにも知らない。繋がりがないことを証明するのは不可能だ。

 イエリができることはあまりに少ない。それでも恐怖を飲み込んで、一つ決心をした。

「イエリが嫌なら、こ……殺しても、いいよ。でも」

 震える声を絞り出す。

「そしたら、森にいつかシオがやってきた時、守ってあげて……イエリが人の王さまの手下だったとしても、赤ちゃんのシオは関係ない。だから、イエリが死んで満足したら、シオは助けてあげて……」

 きっと他の奴隷たちのように、卵泥棒のように、イエリも一瞬で死ぬ。死ぬのは恐ろしいが、王がそうするというのなら抗う方法はない。せめて、イエリと引き換えにシオを助けてくれると祈るしかなかった。

 イエリは死がやって来るのを、目をつぶって待っていた。

 しかし、待てども待てどもなんの動きもない。イエリはそっと目を開き、王を振り返った。

 王は不機嫌そうに口を歪めていた。イエリを睨みつけては、苦虫を噛み締めたように眉根を寄せている。それは感情の乏しい王が初めて見せた苦悶の表情だった。

「なんだというんだ、お前は」

 押さえる力が弱くなる。王はイエリを見下ろしてイライラと吐き捨てた。

「もう、いい」

「え……?」

「森から出ていけ」

 王の言葉は突然だった。イエリは目を見開き、王の顔を見つめる。いつもの冷静さを失った王は、より一層人のように見える。

「すぐにだ」

「で、でもイエリは……」

「二度は言わん」

 王はそれだけ言い残すと、体を起こして木々の向こうへ消えていく。イエリが呼び止める声にも返事をしなかった。

 いつ目覚めたのか、そばにやってきたアオが気遣わしげに鳴いた。イエリは草むらに転がったまま、王が消えた方向を見つめていた。地面には、下手な花冠が落ちている。





 イエリは王に突き放された後、とぼとぼとアオの後ろを歩いていた。おそらく森の外まで案内されているのだろう。イエリの前を先導するアオが、何度もこちらを見て心配そうに鳴いていた。イエリは彼に向かって力なく微笑むが、あまり慰めにはなっていないようだ。

「王さま、怒らせちゃった……」

 イエリは何が悪かったのか思い出す。王に対してあまりに馴れ馴れしかったからか。イエリの花冠があまりに不出来だったからか。あれこれと頭を悩ませるが、決定的な失言などは思い当たらなかった。

「竜のみんながイエリの近くに来るようになって、王さまも呼んだら来てくれて……せっかく仲良くなれるって思ったのに」

 イエリはなんとか王に謝りたいと思ったが、あれから何度呼びかけても王は姿を現さなかった。森から出ていくように告げた王は、取り付く島もなさそうだった。森への滞在は、どうやら時間切れらしい。

 アオも王に逆らうことはできないらしく、こちらを気遣いながらも有無を言わせぬ形でイエリを案内し始めた。イエリは肩を落としながら、大人しくアオの後へ続いた。

 もちろんはじめは竜が恐ろしかった。意識を失っていたため直接は見ていないが、竜は大人の男たちを簡単に食べた。王は美しくも冷たい人で、イエリを助けた理由も不明だった。

 しかし森で過ごすうちに、竜のことを知った。イエリを助けたアオや、仔を慈しむ母竜の姿も遠目に見た。そして、竜は人とさほど変わらない生き物であると感じたのだ。言葉が通じなくても、見た目が違っていても、彼らは知性を持って生きている。そう思えば、竜を恐れる気持ちは少しずつ薄れていった。

 なにより、王の存在は大きかった。

 彼は唯一言葉の通じる相手であり、人に近い見た目をしている。言葉数は少ないが、竜について語るその目には、慈愛の色があった──まるで、イエリやシオを愛してくれた母のような。

 森では、イエリを蔑むものは誰もいない。娼婦の子だと馬鹿にしたり、汚いから近寄るなと石を投げられることもない。竜に襲われない限り、森はとても穏やかで安全だった。シオを探すという目的さえ忘れたくなるほど、森は静かだ。

 今回のことは、もしかしたらイエリに当たった罰なのかもしれない。弟のことを忘れて遊んでいたイエリに、自分の使命を思い出させるための。イエリが森で好き勝手に暮らしているあいだ、シオはつらい思いをしているかもしれない。イエリがシオを忘れるなど、あってはならないのだ。

 しばらく歩くうちに、草木の匂いが薄くなり、むっとした風を感じるようになる。外が近いのだ。段々と木が減り、西日が葉の隙間から落ちてきていた。

「アオ……ネツァク、ありがとう」

 アオは振り返ると、何度も鳴きながらイエリの腹に頭をこすりつけた。その姿を見ていると、イエリも名残惜しい気持ちがこみ上げた。短い間とはいえ、四六時中共にいたのだ。別れとなれば寂しさもある。

「君のこと忘れない。元気でね。森から出てきちゃだめだからね」

 イエリがアオの頭を撫でると、彼はキュキュ、と高く鳴く。アオの鱗はほんのりと熱を持っており、ざらざらとしていた。

「王さまに謝っておいて。きっと、イエリの作った王冠が嫌だったんだろうし、失礼なことしちゃった」

 イエリは涙ぐみながらアオから離れた。

「じゃあね」

 アオがキュゥンと鳴き続けている。その声に後ろ髪を引かれながらも、イエリはまっすぐ森から出て行った。

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