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イエリと王さま  作者: みつきあこ
第一章 竜の森へ
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平原の兄弟

 フェルディオは焦っていた。

 弟であるルオがいなくなった。

 平原と森の境、いわば国境とでも言うべきそのラインを見回るため、フェルディオはタリステリアの地に来ていた。タリステリアには別荘があり、弟はそこに暮らしている。フェルディオは、僻地まで来たついでに弟の様子を見て帰ろうとしていた。

 母はルオを毛嫌いしていたが、フェルディオにとってルオは愛すべき弟であった。本を読んでいれば隣へいそいそと寄ってきて「お兄様と同じものが読みたいのです」とはにかむ。たとえ彼が不義の子だとしても、かわいい弟であることに変わりはなかった。顔も見たことのない兄と、何を考えているか分からない母。殺伐として誰も信用できない家の中で、ルオだけは素直にフェルディオを慕っていた。

 しかし弟の顔を見に来たフェルディオが見たのは、滅茶苦茶になった屋敷だった。

 調度品は地面に落ちて壊れているか、ごっそりとなくなっているか。使用人の姿も見当たらず、屋敷は荒れ放題だった。フェルディオはしばしの間呆然としていたが、すぐに都へ早馬を出し事態の報告をした。

 状況を見るに、屋敷に強盗が入ったようだ。近隣の住人へ尋ねれば、付近で有名な賊ではないかと言う。調べていくうちに、自らの母の顔が思い浮かぶ。母はルオとその母を心底憎んでいる。賊を使って処分しようと考えてもおかしくない。

 急いで捜索の命令を出し、賊とルオの足取りを追った。

 幸い、弟の行方はすぐに掴めた。賊が奴隷として売ったらしく、大きな奴隷市場のある町へ移送されたらしい。なにやら色々とあったらしいが、伝達がうまくいっていないのか、フェルディオの元まで詳細な情報が来ない。ひとまずルオを保護することはできたと聞いたフェルディオはおとなしく待っていられず、自らもその町へ馬を走らせた。

 ルオは、いつか自分が迎えに行くつもりだった。今は僻地で窮屈な思いをさせているが、母がいなくなった時には真っ先に迎えに行き、都で共に暮らそう、そう思っていた。その前に、母の策略で奴隷になってしまうなど、誰が想像できようか。

 フェルディオは馬を急がせながら、弟の無事を祈っていた。


 やがて町へつくと、出迎えに来た兵に馬を預けながらルオの行方を聞く。

「ルオはどこだ?」

「は。ルオ様は現在、宿でお休みになられています」

「ご苦労。お前もありがとう」

 馬と兵をねぎらい、町の一番大きな宿へ向かう。フェルディオが馬の背を軽くなでると、馬は得意げにフン、と鼻を鳴らした。

 宿には複数の兵が控えており、どこか物々しい雰囲気だった。突然のことに驚いているのか、宿の主人はフェルディオを迎える時も目を白黒とさせていた。無理を言ってすまないと詫びれば、「とんでもございません」と恐縮した。あとで報酬を与えねばと考えながらルオの寝かされた部屋へ案内される。

 ドアをノックする。

「フェルディオだ」

「お兄様!」

 部屋の中からは弟の明るい声が聞こえ、思わず安堵した。少なくとも大けがは負っていないらしい。フェルディオはドアを開け、静かに入室する。

「ルオ」

 ルオはベッドに寝かされていたが、おおむね元気そうだった。都にいたころより少し痩せただろうか? 顔色も悪く、首にはうっすらと痣ができていた。既に首輪は外れているが、奴隷として過ごしていたことは間違いないだろう。フェルディオは胸を痛めながらルオを抱きしめた。

「無事でよかった」

 フェルディオが来て安心したのか、ルオは体を細かく震わせ、嗚咽を漏らす。やがて大きな声で泣きはじめ、フェルディオにしがみついてきた。フェルディオは、彼が落ち着くまで静かに背中を撫でさすっていた。


「お兄様、ありがとう」

 涙と鼻水に濡れたルオの顔を拭ってやる。泣きすぎて顔は真っ赤だったが、思っていたよりは元気そうだ。フェルディオはルオの頭を撫でながら微笑んだ。

「しかし、間に合ってよかった。奴隷として買い手がついてしまうと、私の力だけではどうにもならなかったかもしれない。タリステリアまで来なければ、気が付けないところだった」

「タリステリアまでは、どうして……?」

「森の境界の警備にね。なんだか最近妙な動きがあって、母上か、革新派か……って、ルオにはまだ難しかったかな」

 つい自分の世界に入ってしまった。フェルディオは苦笑いを浮かべたが、それを聞いたルオは青い瞳を見開いた。そして顔を真っ青にして再び涙を浮かべる。

「お兄様、ぼく、助けてもらったのです」

「え? 誰にだい?」

 ルオを助けたのなら、それ相応の謝礼をしなくてはならない。そういえば、ルオが奴隷になって以降の動きを詳しく聞いていなかったと思い出す。詳しく話せるかと聞けば、ルオは半泣きではあるものの気丈に頷いた。

「イエリという奴隷の子です。ぼくが食べられそうになった時、助けてくれた……」


 ルオを町へ移送していた商人は、どうやら森を抜けようとしたらしい。街道の兵士などに奴隷の身分を改められ、ルオの身元がばれるとまずいと考えたのかもしれない。しかし、奴隷を連れた馬車が森を簡単に通れるはずがない。一行はすぐに竜に見つかり、襲われた。

 商人を含めほとんど全員が食われた後、最後にルオとイエリという少女が残った。子供故竜の目に映らなかったのか、気が付くと二人以外は食べられてしまった。そして次の獲物としてルオが選ばれそうになった瞬間、イエリが竜の目を惹いて走り出した。竜はイエリを追いかけて森の奥へ消えていき、ルオはその隙に森から出られたという。

「イエリのこと、助けられますか? ぼく、イエリが追いかけられてる間、何もできなくて、それでほっとしてた。今なら逃げられるって思って、逃げてきた。イエリのこと、置いてきちゃったんです……!」

 フェルディオは、しくしくと肩を落としたルオを抱きしめるしかできない。この子はどうやら壮絶な体験をしてきたらしい。言葉に詰まりながら弟を抱きしめる。

「その……イエリという子と別れたのはいつ?」

「分からないです。二週間とか、もう少し……?」

 フェルディオは閉口した。直後の出来事ならともかく、竜に追われた子供が二週間も生きていられるはずがない。それを告げるべきか迷っていると、そんな兄の顔を見てルオはなにか察したようだった。瞳に失望と悲しみを湛え、うつむいてしまう。気を落とした彼を慰めようと、猫なで声で話しかけた。

「私も、できるだけ努力しよう」

 とはいえ、森へ入ることは許されていない。イエリを探しに森へ入れば、今度は探しに入った者がミイラになるだろう。兵にそれを命令できる立場にあるからこそ、フェルディオはそんな手段をとりたくはなかった。

「イエリの身内は? 何か聞いてるかい?」

 本人を助けられないのなら、せめて彼女の家族に褒美を与えるのはどうか。フェルディオの提案に、ルオは涙にぬれたまま思考をめぐらせた。

「お母様は亡くなったって。あと、弟がいるんだっけ……」

 親が死んだ場合、その子供が奴隷として売られるというのは珍しい話ではなかった。一部の貴族たちが幅をきかせ、平民たちに皺寄せがいっているのが現状だ。フェルディオはなんとか改善したいと考えているが、一度手にした富を簡単に手放せる者などいない。あの手この手で言い逃れを続ける貴族たちは、変わらず平民たちから搾取を続けている。そして、イエリもまたそのうねりに飲まれてしまったのだろう。

「どこにいるか、名前は聞いたか?」

「名前、えと……」

 ルオは長いこと考え込んだが、その沈黙の長さが答えだ。そもそも聞かなかったのか、聞いたけれど忘れてしまったか。同じ馬車に乗り合わせた奴隷の子、さらにその弟の名前など覚えていなくても仕方ない。

「ごめんなさい、覚えてない……」

 でも、とルオが顔をあげる。

「このままじゃ森に捨てられちゃうって言ってた。だからイエリが迎えに行かないと……って」

 それを聞いて、今度はフェルディオが考え込む番だ。

 分かっているのはイエリの名前。これから森に捨てられようとしていること。これだけで個人を特定するのは非常に難しい案件だ。そも、この世にイエリと言う名前の少女が複数いる可能性もある。おまけに奴隷は、身元不明者が多い。貧困層の少女の身元など、誰も覚えていないだろう。

「お兄様……?」

 ルオの声ではっと我に返る。そして、見つけられない理由ばかり並べていた自分が恥ずかしくなる。他でもない弟を、命を懸けて助けてくれたのだ。こちらもできることをしなくては。

「分かった。彼女の弟をさがそう。そして、ルオが受けた恩を返すと誓うよ」

 フェルディオが宣言すると、ルオは喜色満面で抱きついてきた。「ありがとう」と言うくぐもった声を聞きながら、これは大変なことになったなと内心苦く笑っていた。

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