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イエリと王さま  作者: みつきあこ
第五章 雨
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はじまり

「待て!」

 大股で歩き去る背中に何度も声をかけるが、彼は振り向く気配すら見せない。焦れたフェルディオはいよいよ走り出し、彼の前に立ちふさがった。

「竜殺し!」

 正面に立って両手を広げれば、彼はようやくその足を止める。鈍い光沢を持つ鎧が異様な存在感を放っていた。

「先ほどの少女と何を話していた?」

 竜殺しは答えない。

「お前の目的はなんだ。なぜ竜の生態に詳しい? あの槍や護符とやら、どうやって作った?」

 長いこと探し回っていた人物と出会ったことで、胸に秘めていた疑問が次々溢れだす。畳みかけるように問うフェルディオを、竜殺しは無言で見つめていた。

「お前は……一体何者だ」

 沈黙に耐えきれず、フェルディオは最大の疑問を絞り出す。彼は兜で顔が隠れており、表情が全く読めない。しかし、その声や態度と同じく冷たい表情をしているに違いなかった。

「……似ていないな」

 長い間待った末に聞こえたのは、脈絡のない言葉だった。ようやく返事があったことについ安堵する。今はどんな情報でも欲しい。フェルディオは必死で竜殺しの言葉に食いついた。

「似ていない? 私が? 何の話だ」

 竜殺しは再び沈黙する。じっとフェルディオを見ると、やがて興味を失ったように顔を背けて再び歩き出した。

「ま、待て! まだ話は……」

 フェルディオは必死で追う。彼はもう反応を示さなかったが、ここで諦めるわけには行かなかった。

 今は竜殺しに密着するのが手っ取り早い。嫌だと言われても張り付いてやろう。

 フェルディオは一つ決心をして竜殺しの後を歩いた。先ほど兵士に連れていかれたイエリについては、後で面会に行こう。竜の王とどんな話をしたのかも彼女から聞かなくてはと考えると、やることの多さに眩暈がしそうだった。



 しかし、フェルディオがイエリの面会に向かうよりも先に、ある手紙が届いた。

 手紙を届けに来たのは、弟の護衛につけていたフェルディオの腹心だ。なぜルオの元を離れたのかと問い詰めれば、ルオたっての願いで急ぎの手紙を持ってきたのだという。

 その内容は、イエリを釈放してほしいというものだった。

 どうやらイエリが移送された町は、ルオが滞在している町と同じ場所だったらしい。都へ戻れば再び母に命が狙われると考えたため、町に隠れていたのだ。そして移送されるイエリを目撃してしまったと言うのだから、偶然とは恐ろしいものである。弟は、自分の恩人が囚われているのは我慢できない、お兄様の力でなんとかしてほしい、と哀願していた。無論イエリを助けたいのは山々だが、今タリステリアを離れるのは危険だ。タリステリアでは開戦の気運がますます高まり、今すぐにでも森へ侵攻しはじめてもおかしくない。この状況で反戦派の自分が離れれば、竜殺しは嬉々として侵攻を始めてしまうだろう。

 フェルディオは仕方なく書状を出すことにした。イエリという少女は自分の顔見知りであるため、釈放してほしい。王族の名前で書状を書いたが、実際これがどれほどの効果を持つのかは微妙なところだった。

 竜との間で緊張が高まっている今、竜と通じた魔女であるイエリは危険人物と見なされている。王族とはいえ、フェルディオの一存で、しかも書状一枚で釈放されるとは考えにくい。ただ、流石にこの書状を無視してイエリに無体を働くようなことにはならないだろう。せめて彼女の立場を保障しようと、フェルディオは腹心の部下にその書状を持たせて送り返した。

 事態が動いたのは、部下を送り出した次の日のことだった。


 フェルディオはいつものごとく竜殺しに付きまとい、彼の寝泊りする納屋の近くの部屋で眠っていた。職権を濫用し、部屋を一つ借り受けたのだ。竜殺しは他人に心を許していないのか、休むのは宿舎から離れている鍵のついた納屋だった。兵士たちは再三に渡り部屋で休むよう勧めたらしいが、全て無視して今の納屋に収まったらしい。フェルディオは、彼のいる納屋が見える一階の部屋を借りていた。

 明け方、フェルディオは鬨の声で目を冷ました。

 大地すら震わせるような大きな声と、重たい何かを引きずる振動。フェルディオは叩き起こされ、ろくに身支度もしないまま外へ飛び出した。

 そこで見たのは、おびただしい数の兵士たちと、何台もの竜槍射出装置。そしてその先頭に立つ竜殺しの姿だった。

「竜は各個撃破だ。不利だと思ったらすぐに下がれ」

「おお!」

「図体がでかいやつは力は強いが小回りは効かない。うまく立ちまわれ」

「おお!」

 竜殺しが叫ぶと、それに呼応するように兵士たちが槍を突き上げる。その異様な雰囲気に圧倒され、フェルディオは立ち尽くした。

 ──始まる。始まってしまう。

「進め! 生きるために、新たな土地を手に入れるのだ!」

 うおおおお、と一際大きな声が上がった。その声を聞きながら、フェルディオは膝をついてうなだれた。

 何もできなかった。王族と言われていても、王でない自分にはなんの力もない。

 都の貴族たちに、備蓄を開放するよう何度も伝えた。しかし食糧庫が燃えた今、彼らの保身的な動きはより強まっており、誰一人として頷きはしない。壊れた母には協力を求めるだけ無駄であり、あれ以来顔も合わせていない。肝心の竜殺しにはことごとく無視をされ、もはや打つ手はなかった。

 自分は無力だ。動き始めたうねりには抗えず、ただ流されていくだけ。

「クソッ……!」

 地面に拳を叩きつける。フェルディオの慟哭をよそに、兵士たちは次々と森へ吸い込まれて行くのだった。

 もはやこうなった以上、人の勝利を願うしかない。竜殺しがどんな手を隠しているのか知らないが、竜に勝利する奇跡の目を今は信じるしかなかった。

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