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イエリと王さま  作者: みつきあこ
第五章 雨
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魔女の行く末

 イエリは竜殺しと別れた後、速やかに隣町へ移送された。竜殺しはタリステリアに留まっているため、隣町へ行けば距離が開いてしまう。そうなれば彼を説得するのはより難しくなるだろう。しかしイエリがどれだけ駄々をこねても処遇が変わることはなく、数日後には兵士に連れられて隣町へ行く羽目になったのだった。

 イエリを移送する兵士は、こちらをとても警戒していた。目を合わせるだけで体をすくませ、イエリが何か話すと「静かにしろ」と叱る。小さなイエリが彼に勝てるはずもないというのに、何に怯えているのか分からなかった。

 しかし、何度目かにイエリが話しかけた際、彼は喋らないよう忠告したあと小さく呟いた。

「魔女のくせに……」

 つまり、イエリが竜の味方だから恐れているのだ。

 それを知った時、イエリは数秒前に話さないよう言われたにも関わらず口を開いた。

「イエリが竜の味方だから嫌なの? イエリはただ竜が好きなだけで、何もできないよ?」

「ひ、ひッ」

 兵士は一瞬情けない悲鳴をあげた後、目を釣り上げた。

「勝手に話すなと何度も言っているだろう!」

「イエリ、本当になんの力もないのに。口を開いただけであなたを傷つけたり、縄から抜け出したり、そんなことはできないよ。どうして怖がっているの?」

「竜と共にいるだけで異端だ! 人を食う竜といるのであれば、お前も人を食うんじゃないのか? 恐ろしい魔術で竜に取り入ったのだろう。こうして歩いている間にも、なにか……クソッ、だから魔女の移送なんて嫌だったのに……!」

 男は早口でぶつぶつと呟きながら足を早めた。歩幅の小さなイエリが追いつくのは大変だったが、遅れれば縄が手首に食い込むことになる。半ば駆け足のようになりながら、イエリは再び問いかけた。

「竜といることがおかしいってこと?」

「そうだッ!」

 男は血走った目で唾を飛ばした。そのあまりの剣幕に、イエリもようやく口を閉じる。イエリが静かになると、男は安堵したのか足取りがゆっくりと戻っていった。

 人は竜を恐れている。自分たちを食らう種族と思えば、その恐れも正当なものだ。しかし、竜は理由なく森から出ない。ここまで過剰に恐れる必要はあるのだろうか。

 人はみんな竜が怖い。だから、竜殺しさんは一人なんだ。顔も隠して、全部壊そうとしてる。

 イエリは、竜が穏やかな生き物だと知っている。もちろん人を食らう恐ろしい面もあるが、彼らの縄張りを荒らさなければ襲われることもない。掟を遵守し、王の命令には従う誇り高い生き物だ。

 けれど、この兵士や、竜殺しの母はきっと知らない。竜がいつか掟を破って平原にやってきて、自分たちを蹂躙するのではないか。そんな恐れに支配され、必要以上に竜を嫌悪する。

 知らないものは怖い。理解できないものは排除したい。

 だからイエリのことも怖いのだ。恐ろしい竜と友になるなど、理解ができないから。

 イエリは肩を落としてとぼとぼと歩いた。イエリすら恐れているのであれば、竜の鱗や角を持つ人の王は姿を現せないわけだ。竜殺しが絶望するのにも納得できた。

 ──でも、それでも。勝手なのは分かってるけど、イエリは竜のみんなに傷ついてほしくない。竜殺しさんの思いを踏みにじることになっても……。

 彼の痛みには同情する。しかし、はいそうですかと世界を壊していくのを見逃せるほどイエリは行儀が良くなかった。竜殺しの復讐のために、竜たちが犠牲になるのは耐えられない。

 イエリはそれ以降大人しく指示に従って歩いた。竜を恐れる人、全てを憎む竜殺し、彼らを引き下がらせる魔術でも使えれば良かったが、生憎イエリはただの人でしかなかった。


 隣町は人が多く暮らし、商店の立ち並ぶ大きな町だった。しかし町には明るい活気はなく、どこか殺伐としたひりついた空気が流れていた。閉まっている店も散見され、細い路地を覗き込めば地面に寝ている人も多い。痩せた奴隷の青年が汗だくで荷車を押しているが、道が荒れているため歩きにくそうだ。

 イエリは町の中心部にある牢へ連れていかれた。罪人や脱走奴隷などを捕えておく場所らしい。薄暗い格子の中には、凶悪な目つきの男や、首輪をつけた女性が捕まっていた。ある程度の人数が同じ牢に押し込められているらしく、お互いに罵りあう声が反響している。物々しい雰囲気に思わず腰が引けるが、幸いなことにイエリの牢は一人用だった。恐ろしい人と同じ牢でなくてよかった、と安堵する。

「竜殺し殿からは拷問や懲罰も必要ないと言われたが……怪しい動きをすればただではすまないからな」

 ようやくイエリから離れられる解放感からか、別れ際の兵士は饒舌だった。イエリが檻に入って安心したらしい。イエリが素直に頷くと、兵士は鼻を鳴らして牢から立ち去った。

 男がいなくなったことを確認すると、改めて牢の中を見渡す。

 一人用だからか、牢自体の大きさはそこまでではない。明かりはついておらず、鉄格子のはまった小さな窓から外の光が差し込んでいた。窓は鉄格子を外せたとしても、人の通れる大きさではない。体の小さなイエリであっても、窓から出るのは難しいだろう。薄暗い牢はじっとりと湿っており、時折どこかで水滴が落ちる音が響いてくる。汚れた布が床に丸まっている他、簡易的なトイレが設置されている。牢の中にあるのはそれで全てだった。

 イエリは床に座り、膝を抱え込んだ。

 ここからどうするべきか。

 イエリはイェソドが殺された時のことを詳しく思い出す。

 まず、槍を射出する装置で身動きが封じられた。頑丈なロープが繋がれていたものの、ティファレトなどの大きな竜であれば引きちぎることもできるはず。ただ、中型の竜などはそのまま拘束されてしまうかもしれない。そうなればイェソドと同じように、逆鱗を突かれて終わりだ。

 逆に、身動きを取れなくするあの射出装置さえどうにかすれば、竜が人に負ける可能性はぐっと低くなる。兵士たちの持つ槍も鱗を貫通するが、その情報は既に王へ伝えてある。人の攻撃に油断をしてやられる、というイェソドの二の舞いにはならないだろう。

 イエリは膝の間に頭を入れて小さくなった。

 自分がふがいない。

 人の王を説得し、森への侵攻をやめさせるつもりだった。しかし竜殺しと会い、それは難しいと悟った。その結果自分が考えたのは、戦争を回避する術ではなく、「竜が負けないようにする」術だ。

 開戦が避けられないのであれば、せめて竜が負けることは阻止しなければ。その考えに至った自分が恥ずかしく、情けない。

「でも、しょうがないでしょ。イエリには特別な力なんてないんだもん」

 あの兵士が恐れたように、イエリが人の心を操れたなら。イエリが不思議な力を使えたなら。しかし、イエリは無力だ。竜を大切に思うだけの、ただの人間だった。

 遠くの牢では、誰かが殴りあう音が聞こえた。周囲の囚人が囃し立て野次を飛ばす。イエリはその騒ぎから少しでも離れようと牢の隅へ寄った。

 しかし、槍の射出装置をどうにかするにも、ここから脱出しなければならない。イエリは光の差す窓を見上げ嘆息した。

 すると、光が何かに遮られる。おや、と思うと同時に、その影が格子を覗き込んで囁いた。

「イエリ……イエリだよね?」

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