再び出会う
フェルディオがその騒ぎに気が付いたのは、日暮れ間近のことだった。
竜殺しを追ってタリステリアの南部まで足を伸ばしたものの、その足取りは掴めなかった。追うよりも待つほうが早いと判断したフェルディオはタリステリアの詰所本部へ戻り、竜殺しが現れるのを待っていた。
しかし待てども待てども竜殺しはやってこない。いや、正確には周辺にいるはずなのだが、フェルディオを避けているのかことごとくタイミングが合わなかった。
そもそもタリステリアは開戦に向けた準備で人が多く、非常に慌ただしい雰囲気であり、その中で竜殺しを探し回るのは骨が折れた。兵士たちに様々な指示を出しているのか、あっちにいたと思えば今度は反対側にいる。彼に会えないまま時間だけが過ぎ、フェルディオは苛立ちを感じていた。
騒ぎが起きたのはそんな中だった。
フェルディオが騒ぎの中心へ駆けつけた時、少女は既に兵士たちに囲まれてこわばった表情をしていた。大勢の兵士に囲まれる恐怖のほかに、少女の目には強い決意が宿っているように見える。幼い彼女は、毅然とした態度で立ち尽くしていた。
イエリだ。
イエリの姿を見たとき、フェルディオの胸には一抹の希望が宿った。もしや、少女は竜の王からの伝言を伝えに来たのではないか。イエリは人を信用していない様子だったためほとんど諦めていたのだが、こうして人の前に姿を現したということは要求を飲んでくれたのかもしれない。フェルディオは兵士たちを制しながら少女との間に割り込んだ。
「これは何事か?」
「フェルディオ様」
兵士たちが懐疑的な目を向ける。今やフェルディオは革新派や開戦を望む兵士たちにとって目の上のたんこぶだ。皆が団結して竜を倒そうとしている中、やる気を削ぐようなことばかり言う人物が居れば疎ましくもなるだろう。胡乱な目で見られながらも事情を聞く。
「この少女が森から出てくるところを見た者が。この子供が言うには、陛下に会わせろと……」
「陛下に?」
兵士が頷く。市民たちには、前陛下が亡くなっていることは伝えていない。彼らは未だにゲブラーが王城にいると思っているのだ。
刺々しい視線を浴びつつ、イエリへ向き直る。顔見知りがやってくれば、彼女も少しは安心できるはずだ。
しかし、フェルディオの予想に反して、イエリの表情が和らぐことはなかった。きっとした目つきでこちらを睨みつけている。状況に緊張しているだけとは言い難い距離感を感じ、フェルディオは疑問を抱く。
イエリとは一度言葉を交わしただけだが、少なくとも面識のない兵士たちよりは会話の心理的ハードルが低いはずだ。にも関わらず、イエリの態度は兵士たちとフェルディオの間に差がない。まるで今、初めて出会ったように。
「貴方が人の王さま?」
子供特有の高い声がした。それを聞いて、フェルディオの疑念はまずます深まった。
フェルディオは、自分が王族であると自己紹介はしたが、王であるとは一言も言っていない。フェルディオの立場を守るためにとぼけているのかとも考えたが、彼女の言葉に嘘はないように思える。
「君はどうして陛下に会いたいんだ?」
「聞きたいことがあるの」
竜の王から質問を託されたということだろうか。フェルディオはイエリの全身を観察する。
髪は痛んで絡まり放題、あちこちが破けてほつれたシャツからは痩せ細った手足が飛び出していた。以前首にはまっていた奴隷の証はなくなっているが、その跡に似た赤黒い痣が細い首に残っていた。こうして見ると、ただの貧しい子供に見える。
しかし、その目だけが異質だった。
青みがかったグレーの瞳が大きく見開かれ、らんらんと輝いている。その色は、ルオのように透き通る青色ではなかったが、目が離せなくなるような魅力があった。光を孕んだ瞳が、怯むことなくフェルディオを真正面から見つめる。その様子は、以前であった時の絶望に沈んだ目と違う。力強いまなざしがフェルディオを貫いた。
「人の王さまが秘密にしてること、イエリ知ってる」
彼女が固い口調で宣言した。兵士たちが思わず身構える。
「言いふらしたりしたくない。でも、人の王さまが出てこないなら言っちゃうよ。イエリ、本気だから!」
イエリを囲む兵士がどよめいた。いきなり現れた貧しい少女が、王の秘密を知っていると言う。はったりかもしれないが、捨ておいていいものだろうか。そんな動揺が走った。フェルディオは疑問を抱えながらもイエリへ語りかける。
「陛下は今お忙しい。どこに居られるかも分からないんだ」
イエリの唇がくっと引き締まる。ここからどうするべきか考えているのかもしれない。彼女は一瞬躊躇いを見せたが、それでも目をそらさなかった。
「呼んできて。それか、イエリを人の王さまのところまで連れて行って。今すぐ聞かなきゃいけないの」
少女は頑固だった。駄々をこねるように首を振って、その場から動こうとしない。様子はおかしいが、ここまで言い張るのであれば、竜の王からの伝言があると考えてもいいだろう。
フェルディオは改めてイエリを詰所へ案内しようとした。が、その前に声をかけた者がいる。
「その必要はない」
冷たい声。一切の感情を排したその声を聞いた途端、周囲の兵士たちが一斉に姿勢を正して敬礼をした。
彼らの体が向く方へ目をやる。そこにいたのは、全身を鎧で覆った大男だ。
「竜殺し……!」
彼と顔を合わせるのは初めてだったが、彼が竜殺しであることは一目で分かった。兜に生えた禍々しい竜の角、鱗を思わせる細かい意匠のメイル。黒銀の鎧を背負った彼は、遠くから見れば小さい竜のようだった。
「竜殺し……この人が?」
イエリが呆然とした口ぶりで呟く。彼女は信じられない、と言いたげに目を丸く見開いていた。
「嘘。だって、この人……」
イエリが口の中でもごもごと何かを言う。内容まで聞き取れなかったが、竜殺しにとってはそれだけで十分だったようだ。彼は大股でイエリの目の前まで歩み寄ると、彼女を肩に担ぎ上げた。
「うわあ!」
「彼女と話す。しばらく近づくな」
「竜殺し殿!」
兵士たちが咎めるが、彼は意に介さずそのまま立ち去る。イエリは最初こそ悲鳴をあげたが、今は暴れるでもなく大人しく担がれていた。
「一体どういうことだ」
ざわつく兵士たちの中でフェルディオはひとりごちる。しかし、はっと我に返り彼らを追いかけた。ここで竜殺しを見失えば、もう二度と会えないかもしれない。早くも遠くなった背中を見失わないよう、じっと目をこらしていた。




