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イエリと王さま  作者: みつきあこ
第三章 君の痛みを知るもの
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 森の中は、時間の流れが違う。

 フリアナを手伝っていた頃は一日が過ぎるのはあっという間で、夜になれば食事をしてすぐに眠りについていた。だが、森ではするべきことはない。自らの食事を用意するだけでいいのだ。畑仕事の手伝いはとても面白かったが、森で自由に駆けまわり、ゆったりとした時間を過ごせる今の暮らしがイエリは気に入っていた。

「アオ? どこに隠れたの?」

 イエリの声が森に響く。返事の代わりに聞こえるのは、鳥や虫のさざめきだけだ。

 イエリはアオとかくれんぼをしていた。王からは竜殺しについて手伝ってほしいと頼まれたが、具体的なことは聞かされていない。指示があるまで王の横にぴったりついているわけにも行かないため、イエリは一日中アオと遊びまわっていた。

「アオ? 木の上とか行ってないよね……それは反則だからね!」

 影も形も見えない竜の友人を思い浮かべる。イエリの言葉は通じていないため、彼が木の上に隠れている可能性は十分にあった。よじ登れないこともないが、森の木々はうっかり落ちたらただではすまないほど背が高い。目線を上に向けながら歩くと首が痛かった。

 そうして歩き回っていると、遠くから竜がやってくることに気が付いた。薄い茶色の竜は森から出てきた竜──イェソドと同じくらいには大きい。遠目に見た姿は茶系統の竜だったが、近くで見ると鱗一枚一枚の縁がうっすらと紅色で大層美しい。瞳もまた濃いブラウンで、落ち着いた輝きを放っていた。

「こんにちは!」

 竜はすぐそばまでやってくると足を止めたため、自分に用事があるのだと察する。挨拶をすれば、竜は鼻先をイエリの足元へつける。他の竜もイエリに対して同じようにするが、竜特有の挨拶なのだろうか。以前イエリが真似しようとしたら、竜に大慌てで逃げられてしまった。全く、竜は謎が多い。

「イエリに用事?」

 大声で呼びかければ、知性を持った瞳がイエリを捉える。そして牙の生えた大きな口を薄く開いた。

「ユェイ……イエィ」

 イエリは思わず目を見張った。

 この竜、喋ろうとしてる。鳴き声じゃない言葉を持っているんだ!

 低く空気を震わせるその声は、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「イエ、リ……」

「イエリ? 名前を呼んでるの?」

 竜の静かな目は、ただこちらを見つめている。それこそが答えのように思えた。

 名前を呼んでくれた。竜には難しいはずなのに、イエリの名前を知って呼んでくれた。

 イエリは感動のあまり体を震わせて飛び上がった。

「あはは、うれしい! ありがとう!」

 竜は鳴き声の高さや長さ、声の震わせ方などでコミュニケーションをとっている。人には理解できない領域でのやり取りなため、王が竜に話しかける声を聞いてもかけらも理解できない。そしてそれは、竜から人に対しても同じはずだ。

 イエリの名前一つ呼ぶのも簡単ではなかっただろう。だからこそ、この竜がイエリのためにその労力を割いてくれたことが嬉しかった。

「イエリがイエリだよ。君の名前は? ……って、聞いても駄目なんだっけ……」

 つい名前を聞き返してしまうが、竜は人の言葉を理解しない。後で王さまに聞かないとと思っていると、竜はおもむろに発音した。

「ティ、ハ……レ」

「ティハ……?」

 竜の声は掠れて聞き取り辛かったが必死で耳を澄ませた。何度か繰り返すうちに、その音が明らかになっていく。ティハーレット、ティファレット──ティファレト。

「君の名前……ティファレト?」

 その瞬間、竜と目が合う。電撃が背筋を駆け抜け脳を揺らす。この竜の名前はティファレトだ。美しい鱗を持つ穏やかな竜は、少しばかり疲弊したのか口を薄く開いている。

「ありがとう、ティファレト!」

 イエリが礼を言うと、ティファレトはゆっくりと瞬きをした。近寄れば獣臭い息がかかるが、イエリは構わなかった。

「綺麗な鱗だね。それに名前も……呼んでくれると思わなくてびっくりしちゃった」

 照れた笑みを浮かべると、ティファレトは目を細める。その姿は、どこかフリアナに重なって見えた。ティファレトの落ち着いた雰囲気がそうさせるのだろうか。

「あ、大変!」

 イエリはティファレトから一歩離れると、周囲を見渡す。

「アオとかくれんぼしてたの、すっかり忘れてた。まだ隠れてるかなぁ……おーい、アオ! かくれんぼ、おしまい!」

 イエリは大きくアオの名を叫んだが、かくれんぼの延長と思われているのか彼は出てこない。ティファレトがイエリに話があるということは、これ以上かくれんぼは続けられない。イエリが困っていると、後ろにいたティファレトが細く高い鳴き声をあげた。

 ヒュー……と笛のようなその音は、ゆっくりと森へ消えていく。何事かとティファレトを見つめると、竜は鼻先を突き出し、前を見るように促してきた。

「あ、アオ!」

 素直に従えば、そちらから飛んでくるアオが見える。慌ただしく羽ばたきながら、アオはイエリのそばに着地した。そしてティファレトに対してキイキイと鳴いている。

「もしかして、ティファレトが呼んでくれたの?」

 肯定はないが、一連の流れを見る限りそうとしか思えない。ティファレトは人の言葉を理解しているのだ。

「すごい! 王さま以外で言葉が分かる竜に会ったのは初めて!」

 イエリははしゃいで走り回る。ティファレトの全身を見て回れば、この竜の美しさがより一層伝わってきた。鱗はアオよりも光沢があり、陽光が落ちるとちかりと光る。角は短く、先端が丸くなっているため、余計にティファレトの印象を柔らかくしている。いちいち歓声をあげながらイエリはティファレトの周りをぐるぐると走った。ティファレトはそんなイエリに動じることなく、じっとこちらを見下ろしている。直観的に、この竜は雌かな、と思った。

「それで、イエリに用があるんだっけ。どうしたの?」

 美しい竜の観察に満足すると、ようやくティファレトの前に戻る。しかしいくら待てどもティファレトは動こうとしない。急ぎではないことは明らかだが、それならばなぜイエリの元へやってきたのだろう。

「うーん」

 イエリが首をひねると、それに合わせてアオの首も傾く。逆に傾けばアオも同じようにするのが面白く、ティファレトについて考えながらもイエリはアオで遊んでいた。

 その時、ふと背後に気配を感じる。振り向けば、王が木に寄りかかって立っていた。

「王さま!」

 ぱっと表情を和らげ、王へ駆け寄る。いつもの仏頂面だが、最近王の機嫌が少しだけ分かるようになってきた。今の王さまは機嫌がいい──多分。

「いつからいたの?」

「つい先ほど」

 王の答えはそっけない。イエリから目線を外してティファレトへ近づくと、竜の言葉で話を始める。内容は分からないが、どこかか呆れた口調だった。

 イエリはじっと、二匹の会話が終わるのを待つ。王はいつでも尊大な態度だが、ティファレトとの間には親し気な空気がある。昔馴染みなのか、砕けた雰囲気の王は珍しかった。

 王さま、ティファレトと仲良しなんだなあ。イエリは嫌われてるからあんまりお話してくれないけど、友達と話すときはあんな感じなんだ。

 なぜか負けたような悔しい気持ちになり、イエリは頬を膨らませる。地面にいたアオを抱え上げ背中に顔をうずめると、彼はぎょっとしたように鳴いた。アオの背中には棘が生えており、頬にちくちくと刺さる。それでも手放す気にはなれず、イエリはしゅんとしたままアオを抱きかかえていた。

 二匹の会話が落ち着くころには、イエリも心を落ちつけていた。もともと自分は王に嫌われているのだ。同族の友人と同じように接してほしいなどわがままだろう。

 会話が終わると、王はようやく振り向いた。イエリは努めて明るい声で呼びかける。

「ティファレト、なんて言ってるの? イエリに用があるみたいなんだけどわかんなくて」

「用はない。ただお前を見に来ただけだと」

 思わず目を瞬く。森をうろついている人がどんなやつか見てやろう、というわけか。それにしてはイエリの名を知っていたり、アオを呼び戻したり、友好的な態度に感じられた。ティファレトも抗議するように低く唸っている。

「本当?」

 詰め寄ると、王はついと目線をそらす。表情に変化はないがどうにも怪しい。イエリは納得できないながらに「ふうん」と呟いた。

「じゃあ王さまは? イエリにできること、見つかった?」

 王は答えなかった。じっとイエリを見下ろし押し黙っている。それほど言いにくいことなのか。どくどくと鼓動が早まっていく。

「明日は、出歩かないほうがいい」

「え?」

 たっぷりの沈黙の後、与えられた言葉は予想外のものだった。イエリは間抜けな顔で王を見上げる。彼はいつも通りの冷たい表情で告げた。

「木のうろか、洞穴にでも閉じこもっていろ」

「それがイエリにできる手伝いなの?」

 王は再び口をつぐんでしまう。彼の薄い唇はそれ以上何も語る気がなさそうだった。ティファレトが王の背になにか声をかけたが、それにも反応せずそのまま立ち去ってしまう。取り残されたイエリはぽかんと口を開けて王を見送った。

「どういうこと?」

 ティファレトを見上げるが、かの竜もまた困ったような目をしていた。竜の言葉など知りようもないが、そんなイエリでもティファレトが呆れているのはなんとなく察せられる。それでも、王が何を伝えたかったのかはまるで理解できなかった。

「イエリ、まだまだだなあ」

 イエリがため息をつくと、隣に降りたアオも疲れたようにキュイ、と鳴いていた。

 しかし次の日、王が言っていた意味を理解することになった。

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