火の燃えたあと
タリステリアは、いつ来ても空気が張りつめている。景色を見ればのどかな田園地帯だが、実際は竜と接する過酷な場所だ。兵士は竜に対して好戦的で、勇気ある者たちが集められている。
だが、今日はいつもに増して空気が悪い。
フェルディオは馬から降りると、敬礼する兵士たちへ楽にするように告げた。彼らはきびきびとした動作でありながら、その目をどこか怯えさせている。問題の報告を聞くために王族が来たとなれば、罰を恐れる彼らの気持ちも分かる。
「報告は聞いている。現場はどこだ?」
「は。こちらでございます」
兵士の一人が進み出る。ハルタと名乗ったその兵士は、ガタイのいい中年男性だ。上官に当たるのか、髭面は引き締まっており仕草も堂々としている。王族であるフェルディオに対しても物怖じしないところを見るに、相当肝の据わった人物らしい。そうでもなければ、竜の襲い来るこの場所で上官などやっていけないのだろう。フェルディオはかすかに感心した。
「竜が出たと聞いた時点ですぐにこちらへ来るべきだった。私の不手際だ」
「とんでもない。こちらの警備に問題があったのです。今回のことは、なんとお詫びすればいいか」
ハルタは悔しそうに顔をしかめた。彼の後について進めば、焼け落ちた木の残骸や灰が見えてくる。兵士たちはいまだに片付けに追われているらしく、汗だくの顔でフェルディオに敬礼をした。
「竜の死体が燃えたのはここか」
「はい」
一週間ほど前のことだ。森から一匹の竜が飛び出し、兵士がこれを討伐した。一人の死者も出さなかったことで、その一報は都でも話題になった。市民たちも竜に対する印象が変わったようで、革新派の動きが活発になってきている。竜討伐に犠牲が出なかったのはいいことだが、革新派が勢いづくのはうまくない。フェルディオは複雑な気持ちでその知らせを聞いていた。
状況が変わったのは数日前だ。
竜の死体が何者かによって燃やされ、完全に焼失した。鱗や爪の剥ぎ取りが終わっていない中で起きた事件であり、これにはフェルディオも現場へ行かざるを得なかった。
「容疑者は見つかっていないのか」
「といいますか……もう見つかることはないでしょう」
含みを持たせた言い方に眉をひそめる。ハルタは苦々しく森を見つめていた。
「部下の証言から、犯人は幼い子供だと分かっています。しかし、捕まえようと追いかけたところ、その子供は森へ逃げ込みました。部下も追うに追いきれず、そのまま……恐らく今頃、竜の腹の中かと」
「なるほど」
タリステリアは森にほど近いため、そこへ逃げ込まれれば追うことは困難になる。森へ入って逃げ切れるはずもないが、捕まって罪を追及されるよりも死を選んだということか。幼い子供がそのような選択をしたと思うと、どこかやりきれない気持ちになる。
「その子供は竜を憎んでいたのだろうね」
「竜を恐れ、憎まない人などいません。ここに死体を保管していることが気に入らなかったのでしょう。憎しみに駆られて、火をつけた」
ハルタは頭を抱えている。責任者という立場もあり、彼は今回の件で厳しく追及されるだろう。今からそのことを考えているのかもしれない。
「竜を憎む気持ちは分かる。しかし、利用価値のある死体を燃やしてしまえば本末転倒だ。これでは、協力してくれる竜殺し殿にも顔向けできません」
「竜殺し、ね」
その名前に、フェルディオはわずかに苦く笑う。
彼が一体どんなつもりでタリステリアの兵士に協力しているのかは分からない。しかし、フェルディオは彼をあまり信用していない。革新派に協力していることも掴んでいる。竜の死体が燃えてしまったのは痛いが、竜殺しや革新派の思い通りにならずにすんだと思えばさほど悪い状況でもない。
「しかし、竜の死体がここにあると公表はしていなかったはずだ。なぜその子供はここが分かったのか……」
「それは現在も調査中です。情報を漏らしたものがいたのか、偶然知ったのか」
人の口に戸は立てられない。情報漏洩のつもりがなくとも、道端で何気なく交わした会話を、その子供は耳にしたのかもしれない。なんにせよ、火をつけた張本人が死んだとなれば真実を知るのは難しいだろう。
「ひとまず、再発防止に努めるしかないだろう。竜がそう頻繁に森から出てくるとは思えないしな」
皮肉を含んだフェルディオの言葉に、ハルタは気まずそうな沈黙を落とした。顎をしきりに触り、なにか考え込んでいる。やがて彼は声を落とし、フェルディオへ囁く。
「竜を駆逐したい、というのは誰しもが抱く欲求です」
「理解している」
「私は革新派ではありませんが、部下の中にそういった思考の者がいても咎めることはできません。竜に家族を奪われた憎しみは深い」
ハルタの瞳に憎悪が燃え上がる。詳しくは知らないが、彼も竜によって家族を失ったのだろう。タリステリアで働く兵士は、皆が同じような境遇だ。
「竜殺し殿は我々に、竜と戦う術を与えてくれた。これがあれば竜にも勝てると、先日の竜討伐から革新派になった部下は多いです」
「都とたいして変わらないな」
フェルディオの言葉にも、ハルタは力なく微笑んだ。彼は後ろを振り返り、一面に広がる畑を見つめた。
「人口はますます増えている。貴族が富を手放さない以上、森を切り開くしか我らの生きる道はない……そう感じてしまうのも、無理はありません」
それこそが革新派の主たる主張だ。
一部富裕層による富の独占。それにより人々は深刻な飢えに襲われている。フェルディオも何とか手を打とうと走り回っているが、農地はこれ以上拡大できない上、平原の動物は乱獲でその数を減らしている。貴族は自らの保身ばかりで、フェルディオが諭しても叱っても、その富を手放そうとはしない。なにより、王妃である母は富裕層の味方だ。フェルディオが何を言おうと響くことはなかった。
そこで生まれたのが「森へ進出してさらなる農地を獲得するべきだ」という革新派だ。
森は掟によって守られ、不可侵の領域とされてきた。人を食う竜が住まう場所となれば、わざわざ近づく必要性もない。
しかし今は状況が違う。食料問題は切実で、勝手に森へ入る者も跡を絶たない。であるならば、森の一部を開拓して新たに人の領土とすればいい、というわけだ。
もちろん最初は見向きもされなかった。
竜がそんな勝手を許すはずもない、返り討ちにあって食われるだけだ。
人々が革新派へ冷たい目を向ける中、「竜殺し」という存在が現れた。
竜殺しは、全身を鎧で覆った謎の人物だ。顔を隠す兜には、竜の角を模したような禍々しい突起がついている。体格や声から男であることは分かっているが、そのほか顔、身元、名前──彼の正体は一切が謎だ。
彼は竜の生態を知り尽くしており、固い鱗を貫通する槍や、竜からの認識を断ち切る護符を作り出した。はじめは懐疑的だった革新派も、それらが本物だと知るや否や竜殺しを祭り上げた。
竜殺しの作り出す謎のアイテムを使って、革新派が何か企んでいることは知っている。だからこそフェルディオはこんな僻地まで赴いて、彼らの動向に目を光らせているのだ。
「しかし、フェルディオ様が革新派を気にかけるのは、やはり掟があるからなのですか? 竜と人が取り決めた掟を破ってはならないと……」
ハルタに尋ねられ、フェルディオは目を細める。ハルタは聡明な男のように思える。革新派にどっぷり浸っているわけでもなさそうだ。話しても構わないか、と口を開いた。
「お前は、竜殺しが本当に竜に勝つ術を持っていると思うか」
「は……現に鱗を貫通する槍や、竜槍射出装置もあの方の発案です」
竜殺しは実に様々な道具を作っている。彼の協力なくして、先日の竜討伐犠牲者ゼロは達成できなかっただろう。
「森には何匹の竜がいると思う?」
唐突なフェルディオの問いに、ハルタは黙っている。
「竜殺しがどこから竜の知識を得ているかは知らないが……竜について我らはあまりにも無知だ。どんな性質の竜が何匹、森のどこに生きているのか、それを知らないまま戦いを挑んで本当に勝てるのか?」
「それは……しかし、我々には護符もあります」
「中身が分からない、あの護符か。竜殺しにしか作れないと言っていたな」
フェルディオはふうと息を吐き、微笑んで謝罪した。
「すまない。ただ私はあの竜殺しが信用できないだけだ。奴に先導されるまま革新派が勢いづき、森へ踏み入り……本当に私たちは勝利できるのか、とね」
兵士たちが声を掛け合って、片付けを進めている。高く上った太陽が、立ち尽くすフェルディオたちを照らしつけていた。
「あれこれ言ったところで、飢餓が深刻なのは私の力不足のせいだ。竜殺しを疑う前に、私も自分の仕事をしなくてはね」
フェルディオは肩をすくめてみせる。言外に話はここまでだと区切れば、ハルタは綺麗に敬礼をした。彼はこの話を誰彼構わず話すような分別のない人間ではないだろう。小さく感謝を述べれば、彼は穏やかに笑った。
「自分は一兵士ですが、フェルディオ様の誠実さは存じております。なにかあれば、なんなりと申しつけください」
「……ああ。ありがとう」
フェルディオは改めて心からの感謝を伝える。誠実なのは自分などよりも、ハルタのほうだろう。彼の厚意を嬉しく思いながら、フェルディオは再び森へ目を向けた。
ルオといい、今回の件といい、最近はやけに竜と縁がある。革新派が活発になっているせいだろうか? フェルディオは嫌な予感を感じながらも、自らにできることをしなければと胸に誓った。




