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イエリと王さま  作者: みつきあこ
第三章 君の痛みを知るもの
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まつろわぬもの

「ここは骨の谷と呼ばれている。竜も普通は近寄らない」

 イエリが落ち着くと、王はこの場所について説明してくれた。森へ戻って木の下に座ると、強い日差しが遮られてひんやりと涼しい。

 谷は乾燥した土地であり、森で暮らす竜たちには不向きな環境だという。餌となる動物もほとんどいないため、狩りにもこない。食べた動物の骨を下へ捨てることもあるが、滅多にないことらしい。

「でも、下になにかいたよ?」

 イエリが谷底を覗き込んだ時、動く生き物を見た。距離があるため正確な大きさは不明だが、この距離で視認できたとなればそこそこの大きさがあるはずだ。イエリの問いに、王は短く答えた。

「まつろわぬ竜だろう」

「まつろ……?」

「王の命を聞かない者だ」

 竜は王命には絶対服従だが、前王の時代には命に従わず平原へ出ようとした竜がいた。どれだけ言っても聞き入れようとしないため、前王が彼らの翼をもぎ、谷へ追放した。彼らの子孫は、翼を持たない竜として今も谷底で細々と暮らしている。

「彼らは常に飢えている。崖の上に生き物を見つければ、あの手この手で下へ引きずり込んで食う。お前もそうなっていただろう」

 それを聞いたイエリは肝を冷やした。下へ落ちればただではすまないと思っていたが、竜の餌になるところだったとは。王が来てくれなければイエリはもう死んでいたかもしれない。

「森の中で迷うのも問題だが、シィラを食べて意図しない場所へ出てしまうのも考えものだ。今後はシィラを無闇に食べるな」

「はい……」

 森の歩き方を知らないイエリにとってシィラは便利だったが、危険な場所に出てしまうのであれば控えなくてはならない。残念に思いつつ素直に従う。

「そういえば、王さまはどうしてここに来たの? 普通は誰も来ないんでしょ?」

「お前たちが骨の谷へ向かうのを見たと、竜から聞いた。ネツァクがいれば問題ないと思っていたが……来て正解だった」

 王が冷たい金の瞳をアオへ向ける。アオは飛び上がって高く鳴くと、イエリの影に隠れてしまった。

 思い返すと、骨の谷へ向かう最中もアオはうるさく鳴き続けていた気がする。忠告する彼を無視してイエリが突き進んだせいだ。イエリはもう一度小さな声で謝った。

 王は、森のことを何も知らないイエリに付き合わされてアオが危険な目にあうと心配したのだろう。王は竜を愛しているから、イエリのせいでアオになにかあったらと気が気でなかったに違いない。アオを危険に晒したことで、改めて申し訳ない気持ちがこみ上げた。

「心配かけてごめんね、王さま」

 そう尋ねると、王は豆鉄砲を食らったような顔でイエリを見た。それからすぐに、気まずい様子で顔を背けてしまう。王は何も言わなかった。

「ここへはもう来るな」

「うん。もう来ない。約束」

 王はいつものように立ち去ろうとするが、足を止めてイエリを振り返る。

「送っていく」

「本当?」

 王としても、イエリにうろつかれると迷惑なのだろう。いつもの水場まで帰るだけだが、王が案内してくれれば安心だ。

 王さま、イエリにも優しいな。イエリのこと嫌いなはずなのに、どうしてこんなに優しいんだろう。

 前を歩く王の背中を見つめながらイエリは考えた。優しい王や竜たちが脅かされることがないよう、竜殺しの企みは阻止せねばなるまい。そんなことを考えていたからか、王は珍しく自分から口を開いた。

「お前にも手伝ってもらいたい」

「何を?」

 王の言葉は唐突だった。イエリが首を傾げると、王は前を向いたまま言った。

「竜殺しの調査だ」

 それを聞いてイエリは背筋を伸ばした。嬉しくなって王の隣へ駆け寄ると、彼の顔を覗き込む。王ははしゃいだイエリをちらりと横眼に見ると「足元も見るように」と小さく注意してきた。

「いいの? イエリ、お手伝いしていい?」

「好きにさせるとどうなるか、今日で分かった」

「それは、ごめんなさい……」

 つまり、放っておくと何をしでかすか分からないから近くで監視しておこう、というつもりらしい。理にかなっておりイエリの希望とも合致するが、どこか複雑な気分だった。

「でも、なんでもするよ! イエリができること、あんまりないけど……一生懸命頑張る!」

「すぐにどうこうというわけではない」

 はりきるイエリと対照的に、王は至って冷静だった。掟を破らずに人へアプローチできる方法を考えているのだろうか。ともかく、イエリが一人で動くわけにもいかないため、王の指示を待つことにした。

「イエリ、頑張るからね」

 イエリは一人、やる気に燃えていた。助けられなかったイェソドや、イエリを許してくれる王のために、できることはなんでもやってみせる。決意を新たにしていたイエリは、王がじっと見つめてきたことに気が付かなかった。

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