7話 逃げられないのは魔王からだけで十分です
日を跨いで今日は土曜日。
昨日よく寝たおかげで体調はほぼいつも通りまで戻っていた。魔力も全回復していたしな。
「んー…いい朝だ」
俺は伸びをしながらつぶやく。
さて今日は何をしようか。時間がなくて見れていない、アニメを1日中見るか、本屋に行ってラノベを買いに行くのもいいな。
友達に遊びの連絡をして、誰かと出かけるという発想が生まれない辺り、陰キャを拗らせてきていると思う。
そもそも俺の場合は友達を作るとこからスタートだけどな。
妹は朝から友達と映画を見に行くと言っていたのでもう居ないだろう。机の上には朝食が作り置きされていた。
ありがたい。俺は寝起きに来た食欲を実感して、食べる用意を整える。
ピーンポーン
いざ食べようとしたタイミングで玄関からのチャイムが鳴る。
「ん?」
チャイム……?うちのマンションは外部からの来客は、ロビーからインターホンをかけるしかない。
つまりこれは内部の人ということになるが、なんだろうか…?お隣さんとか?
とりあえずチラッと覗き穴を覗いてみる。
「ぶほっ」
思わず吹き出した。覗き穴から見えたその姿は普通では中々見ることの出来ない美貌に、ブロンド髪、ロングの少女。
昨日命を救われた、水無月栞その人だった。
……どういう事だ?なんで水無月がここに居る?
なんで分かった?どうやってロビーを抜けてきた?
色々な考えが頭の中をぐるぐると回る。
一瞬居留守してやろうかと思ったけれど、命の恩人に対してそれは流石に不誠実が過ぎると思ったので渋々ドアを開ける。
「……なんでいんの?」
そう聞くと水無月は笑顔で、
「驚いたかしら?」
と言ってきた。
いやそりゃ驚くわ。つーか驚く通り越して怖いわ。
「え、ごめんマジで訳分かんないんだけど俺、お前に住所言ったっけ?」
「聞いてないわよ?」
うんそうだよね。
俺は流石に初対面でいきなり住所教えるような馬鹿ではなかったはずだ。……じゃあなんで居るんですかね?
「組織の子に調べて貰って来たのよ。やはりどうしてもあなたの事を諦めきれなくて」
これだけ聞くと、情熱的な言葉に聞こえなくもない
が、つまりは昨日断った師匠の件について諦めがつかないということだろう。
「いや普通に怖いわ。……ん?というか、ロビーはどうやって抜けてきたんだ?ここ、セキュリティーしっかりしてるから、他の人に便乗して入ろうとしても、ロビーの警備員に止められるだろ。」
というと、水無月は文句ありげな顔をして言った。
「ほんとよ。何なのかしら、ここ。君、どれだけ住居にお金かけてるのよ」
このマンションはなかなかの高級マンションだ。
少なくとも高校生と中学生が二人で暮らすようなところではない。
「別にいいだろ。きれいで、安全性が高くて、便利なんだから」
あ、でも安全性に関しては今侵入されてるな。
「まあいいわ。でもおかげでわざわざ34階までジャンプする羽目になったわよ……窓が開いてるとこがあって本当によかったわ」
「……は?」
思考が停止する。
……は?こいつ今なんて?
「お、おい……?お前、まさかあそこの窓から入ってきたのか?」
俺は廊下の先の唯一空いていた窓を指さして言うと、水無月はなぜか不思議そうな顔をして、
「それ以外に方法があった?」
といってきた。
いや、いやいやいや、おかしいおかしいおかしい。平然と言ってるがここ、34階だぞ?
「バケモノ……か?」
俺が思わずそう言うと、プクッと頬を膨らませ水無月は恨めし気に俺の方を見る。
「失礼ね、私はこれでも女の子なのよ?……まあかなり非常識な入り方をしてしまった自覚はあるけれど……」
あ、自覚はあるのか。よかった、これでやばいことしてる自覚なかったらどんな反応すればいいのか分かんなかった。
「まあいいや取りあえずそれはおいておいていい。……で?なんで来た」
俺は問いただす為に水無月の顔をしっかりと見て問いかける。
「それは、当然まだ昨日のことが諦められてない……」
「それは断ったはずだぞ」
俺は冷たい表情で、言葉に被せて返答する。我ながら命の恩人相手に失礼だとは思うが知ったことか。ストーカー紛いのことをしているこいつが悪い。
すると、水無月は困ったような表情をする。
「……ええ、分かってるわ。けれど、私もあなたのことを諦められないのよ。だから私、決めました」
急に敬語になった水無月の顔が笑顔になる。
「……決めたってなんだよ?」
「このまま、ストーカー紛いの行動を続けるのもあれだし、とりあえずは私、君と仲良くなりたいと思うの。魔術関連を抜きにしても君と仲良くなりたいと思っているし」
「……はい?」
な、何言ってんだこいつ。弟子にしてもらうために仲良くなっていつかしてもらおうって?そもそもそんな打算丸出しの関係上手くいくわけないだろう。
「いや、そもそも、なんで俺なんだよ。俺より強いやつなんか、ごろごろいるだろうが」
そうだ。そもそもこいつが俺なんかに執着するというのがそもそもおかしいのだ。
師匠が欲しいのなら同じ組織から魔力操作が上手いやつ探して弟子入りすればいい。
すると、水無月は何故か「こいつまじか」みたいな目で俺のことを見てきた。
「なんだよ」
「いや……えぇ、逆に君は自分の凄さに気がついていないのかしら?」
「はぁ?」
凄さ?何言ってんだこいつ。
俺は、負けて、死にかけて、助けられたことをもう忘れたというのだろうか。
「すまん意味がわからん。俺はあの蜘蛛に負けるようなやつだぞ?」
あの蜘蛛は強い。確かにそうだ。だが、それは一般的な術士からしたらであって、こいつやこの世界のトップクラスからしたらあいつは雑魚も雑魚。
そいつに負けた俺が凄い?
煽られてるようにしか聞こえないんだが?
「あのね。分かってないようだから教えてあげる。君が使っていた【ダブル】の技術はこの世界で使える人なんて片手の指で数えられるの。【トリプル】に至っては魔力操作難易度が高すぎて、現存する術士では使用不可能とまで言われているのよ。それを君は他の魔法と併用しながら使ってみせたのよ?しかもあの、失敗したら死ぬという状況で完璧な制御を行って」
「お、おう?」
急に早口で捲し上げる水無月に、戸惑いながら思わず頷く。
……というか待て。【ダブル】を使えるのが世界で数人…?あの技はそこまで難易度は高くないはずだぞ?【トリプル】に至っては使用不可能?いやいや、んなわけない。
「心の中で何を思っているのかは分からないけれど、全て事実よ。そうでもなければ私は君にここまで固執したりしないわ」
えぇ……?現代の術士ってそこまでレベルが低いのか?
俺は基本的に術士に関わりたくないので避け続けていたため、ぶっちゃけ俺の知っている術士は父親と母親のみだ。なので、現代の術士についてはほとんど何も知らない状態だった。
他の術士がどれほどの強さなのかなんて知らなかったんだ。
「そうか、俺に固執する理由は分かった。……だがそれでも俺は師匠になる気なんてない。お前がどれだけ言っても俺は絶対にならない」
きっぱりとそういうと、水無月は少し落ち込んだ顔をする。
……うっ、やっぱり罪悪感が凄いな。
「分かったわ」
だが、水無月の表情はとても笑顔だった。逆にそれが怖いんだが。
「ではまず君と仲良くなりましょう。そこからね」
「……さっきもそれ言ってたが、どうするつもりなんだ。ぶっちゃけ俺はお前と仲良くなるつもりは一切ないぞ」
そう言ったが、水無月は構わないとばかりに笑顔で言った。
「そうね、まずは今日どこかへ出かけましょう。映画館なんてどうかしら?見たい映画があるのよ」
そう言って水無月は俺の手をつかみ、部屋から引っ張り出そうとする。
「おい待て勝手に話を進めるな。俺は行かんぞ」
慌てて断ると、水無月は少し考え、、
「でも君、予定無いわよね?」
と言った。
なんでお前が俺の予定を把握してんだよ。
俺はわざとらしくため息を着いてから、やれやれというポーズを取ってみせる。
「あ〜悪い悪い、俺かわいいかわいい彼女がいるんだよね。あの子かまってちゃんだから、放置すると大変なんだよ〜」
と言うと、水無月はニコッと笑って言う。
「そう、そんな妄想にハマってしまうほど可哀想な生活なのね……」
「おいコラやめろや。ツッコめや。憐れむな。冗談だから」
憐れむようなことを言ってるが、こいつ笑ってやがる。おいやめろ俺の反応見て楽しむんじゃねえよ。
「分かった、分かったよ、行けばいいんだろ。ちょっと待ってろ朝飯食べてすぐ用意してくる。」
「あれ、意外に素直ね。もう少し粘るかと思ってていたのに。」
「仕方ないだろ。お前俺が行かないとマジで妹が帰ってくるまで居座りそうだし。」
はぁ……とため息をつきながら一旦部屋に戻って慌てて飯を食べに行く。
今日はゆっくり休めなさそうだ。
『属性』……魔法には属性が存在する。火、水、風、土、光、闇が基本属性で、空間、神聖、時間、力が特殊属性という扱い。特殊属性は使用できる人が限られている。
なお、先代最強の術師は全属性を自在に使用できた。
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