29話 失っていた記憶
僕がなし崩し的に水無月栞を弟子にさせられてから一週間が経った。
ここまで術を教えていて気が付いた。この少女、基礎的な魔法の技術が致命的に下手くそだ。教えていく過程で知った彼女の権能、『怠惰』があまりにも強すぎるためにきっと今までそういった技術を磨くことなんてなかったのだろう。
「伊織君、今日の修行はまだですか?」
今日もソファーに寝ころびながらゲームをやっていると、いい加減ここ一週間で聞きなれてきた声がインターフォンとともに聞こえた。
今、妹はいつものごとく祖父の家にいるし、父さんと母さんは仕事に出かけている。いっそのこと、このまま居留守を使ってしまおうかと思ったが、押し付けられたとはいえ形式上は彼女の師匠なので弟子を外に放置しておくのはさすがに僕の数少ない良心が痛むので、入れてあげることにした。
「いらっしゃい栞。とりあえず、中に入りなよ」
扉を開けて栞を中に招く。
……そういえば、一つだけ二人の関係で変わった点といえば名前で呼ぶようになったことだろうか。
栞が「師匠となる方に、さんづけされるなんて……」と言ってきたので話し合った結果、名前で呼び合うことになったのだ。
「お邪魔します。相変わらずこの家はきれいですね」
そう言ってきょろきょろと部屋を見回す栞。
最近ほとんど毎日来ているというのに何か珍しいものでもあるのだろうか。
「ああ、父さんの家事が完璧だからな」
父さんはあのウザい性格にさえ目をつぶれば基本的に完璧超人だ。特に家事に関しては、料理も掃除もDIYも、大抵のことを完璧にこなす。……まあ母さんも家事ができないわけじゃないんだが、父さんが完璧すぎるんだ。
「で、今日はいよいよ魔法を教えてくれるんですよね?」
栞は俺が座っているダイニングの椅子の対面に座り、少し興奮したように言う。実はこの一週間、栞の魔力操作があまりにずさんだったので、魔法に関しては全く教えずに魔力操作に関する訓練だけさせていた。
きっと父さんでも同じようにしていたと思う。……あまりにも栞が魔法に関して拙すぎるから父さんは僕に栞を任せたのだろうか。
「まあ、初級だけどな」
そういうと水無月は不満そうに口をとがらせる。
「初球の魔法ならすべて使えますよ」
そうやって言う栞を僕は鼻で笑う。
「どうせ威力も効果も固定化された、詠唱の使えない魔法でしょ」
最初に栞に魔法を見せてもらった時本当に驚いた。たかが初球の魔法に長々しい詠唱と、応用の利かない固定された効果、栞に宿る膨大な魔力量に反して大して強くもない威力の実用性のない初級魔法。
ここまで酷いのかと、思わず唖然としたものだ。
「まぁ聞いて、栞。そもそも魔法ってのは魔力を使い、現実的に考えて本来なら起こりえない事象をひき起こすもの。それで、世界に決められた物理法則のルールから逸脱したことをするほどに魔力消費が大きいものになるんだ」
……まあこれ、全部父さんからの受け売りなんだけど。
「知っています。それでその”法”を逸脱するキーとして詠唱があるんですよね」
さも当然のことというように言う栞に、少し不敵な笑みを見せて言う。
「ちょっと違うね。詠唱って言うのは過去の術師が便利だと思った魔法を使う時に楽をするために使ってたものだよ。つまり、個人に合わせたものじゃないから便利ではあるけど、あんまいいものじゃないんだ」
だから……と、一枚の紙を出して栞に渡す。学校から帰ってきてすぐ作っておいたものだ。
「なんですか、これ」
「これはね、超簡略化した属性ごとの詠唱」
そう言うと、栞は何を言っているんだというようにこちらを見てくる。
「詠唱はダメなんじゃないんですか」
そう言う栞に、調子が出てきた僕はチッチッチと人差し指を振る。イラっとしたのか表情で話の続きを促してくる。
「この詠唱は、大まかの効果と属性しか指定しないものだからな。使う人が細かい設定とか威力とかを調整できる。今の栞に無詠唱を求めるのは厳しいから、取り敢えずの処置で用意したんだ」
そう言って魔法の内から回復魔法を選んで使ってみせる。
「〈光・癒し〉〈光・再生〉【ヒール】」
僕の手のひらから発生した淡い光が栞のほうへと飛んでいき、そのまま栞の体に当たった。
「えっ、遠距離の回復魔法!?というか疲労の取れ方的にこの魔法【ヒール】の回復量じゃないですよね!?」
「まぁ、威力調整がきくとはいえ、中級の魔法使った方が魔力的には全然効率がいいんだけどね」
いくら小細工したところで、所詮は術師が最初に覚える初級の魔法だということだ。
……ただし、普通の術師が使用する限り、だが。
水無月栞の魔力量は圧倒的だ。というか「怠惰」という権能の性質上ほぼ無限大と言ってもいい。
なので魔力効率という点に目をつぶれば、少なくとも威力に関しては理論上無限に引き上げることができる。もちろん実際はこんな簡易な術式では途中で焼け切れてしまうので無限にとはいかないのだが。
「これ、普通に使うよりは難しいけど、今の栞が、上級とか最上級とかを覚えるよりは少なくとも簡単なはずだよ」
そう言うと、栞は何故か少しモジモジとしていた。
「あの……こんな凄いもの私のために用意してくれてたのですか」
「……?師匠だから普通じゃないの?それにこれは僕がゼロから作ったわけじゃなくて、父さんがもともと僕用に作ってくれてた術式を基に作っただけだからそんなに手間じゃなかったよ」
「……普通はここまでしてくれないわ」
何かを栞がボソッと呟いたような気がした。
「なんか言った?」
「い、いいえなんでもありません」
たまに栞はこういうことがあるので、もう気にしないことにした。
それからしばらくの間、部屋で使っても問題ない回復魔法で練習させた後に攻撃魔法も試そうと使っても大丈夫なところまで移動するために部屋を出た、その瞬間だった。
大きな爆発音がした。
近くではない。家からは少し離れた位置だ。
けれど、34階のマンションから見える、爆発のあった場所には見覚えがあった。
「ね、ねえ伊織君、あの場所って」
やめろ。言うな。それぐらい分かってる。分かって、しまう。
自分の顔から血の気が引いていることが自分でも分かる。
今、あそこには凛がいたはずだ。
……爆発したのは、祖父の家だ。
不定期な定期投稿です。
取り敢えず鬼忙しいのは何とか……なってないんですけど、仕方ないので睡眠時間を使って何とかしました。ただ、毎日は無理ですごめんなさい(土下座)
それはそうと、もうすぐ僕の好きなゲームの続編の情報が出るらしいです。その情報のために今を生きているといっても過言ではないですね!
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