9 友達とクラブができた
世の中、変わった行動をしている人に興味を示すって人はいるものだ。
色々な部の授業を二人で受けている内に、話しかけてくるようになった生徒がいた。
「今日も二人って仲いいんだな。もしかして全ての授業、違うクラスで受けてる?」
建築理工部のクラスで声をかけてきたのは、榛の実の黄赤茶色の髪をした少年だ。なんかちらちらと見られてるなとは思ってたけど、目が合ったので声をかける気になったらしい。
「実はそう。生徒とは学校時代という世界を流離う旅人なんだよ。ね、レイド」
「ああ。やってみたら、なんか止めるタイミングが見つからなくなった」
「ぷっ、アホじゃないの? けど楽しそうだな。僕はアールバリ・フォーシェン・ベリザディーノ」
「うん、分かった。アレルって呼んでよ。こっちはレイド。ベリリンでいいよね?」
「なんでベリリンだよっ」
なんか文句があるのか。可愛いじゃないか、ベリリン。
紺色の瞳を吊り上げて、その建築理工部の少年は私が決めてあげたニックネームに苦情を申し立てた。
「だって名前覚えるのって大変なんだもん。あっちこっちのクラスに混じってるからさ。だから覚えやすくベリリン。ほら、忘れないだろ? 可愛いよ、ベリリン」
「名前ぐらい覚えろよっ。勝手に決めんなっ。ディーノだ。こっちがきちんと名乗ったってのに横着な奴だなっ」
「細かいことは気にしちゃ駄目だよ、ディーノ。アレル、こういう子だから。大体、人の名前を覚える気のない子にフルネーム名乗ってもどうしようもないよ。アレル、一緒にご飯食べようって誘った子にも、面倒くさくて名前を名乗ったの、三日目な子だから」
「なんだそりゃ」
そうしてベリザディーノは、私達のあちこち回る授業スタイルに興味を抱いたらしい。
一般部の女の子三人は一日で挫折したと教えてあげたら、
「一日体験か。それなら僕もトライしてみようかな」
と、私達と一緒に授業を受けると言い出した。
そして誘ったらランチもついてきた。
ふっ、今日も孤独な生徒を救ってしまったぜ。
「男二人であちこちの授業を回ってるっぽいから、よほど仲いいんだなと思ってたけど、ガールフレンドもいたのか。僕はディーノ。建築理工部だ」
「アレルがレイドを連れてきたの。リンダって呼んでね」
「私はベルナ。みんなアレルが声をかけてくれたから、ディーノ、自分から加わってきた初めての人かもね」
クラスで孤立してたのかと思いきや、コミュニケーション能力はあったらしい。
ベリザディーノは、別に女の子相手だからともじもじもしなかった。
「それは残念。僕、アレルとちょくちょく目が合うなぁって思ってたんだけど、なんかタイミング的に目がまっすぐ合っちゃって、それでなんかここまで見つめ合ったら声をかけなきゃいけないって気になって自己紹介したんだ。・・・つまり、アレルに声をかけさせられた? だから自分から加わってきたのとは違うかもな。なんか引っ張られた感じだったよ」
「アレル、なるべく動かずにやりたいことやる子だから。フェニアって呼んで。じゃあ、ディーノもアレル同盟だね」
「とりあえず私は冤罪だと申し立てたい。ディーノは自分から狙って声をかけてきたんだよ? 私、ちらちら見てる人がいるなって思ってただけだもん。ディーノ、自分の行動を私のせいにするのはよくない」
「え? いや、だってタレ目が目を真ん丸にしてじーっと見つめてくんだぜ? 誰だって・・・、なあ?」
誰に同意を求めているのだ、ベリザディーノよ。
そして私の名前はタレ目ではない。
「あまり深く考えないでいこうよ、ディーノ。何よりアレルが一番なんにも考えてないから。僕なんてアレルが僕のこと話しているのに気づいて、それで声をかけて名前を聞いたら、アレル、可愛い自分に目をつけてナンパしてきたのかって、僕を変質者扱いしたよ」
「サイテーだな、アレル。いくら可愛い顔してるからって。そりゃ子熊のぬいぐるみそっくりだし、変質者には好かれそうだが。・・・そうだな。顔は女の子っぽいし、仕方ないか。そこは諦めろよ、レイド」
微妙な説得だな、ベリザディーノ。お前は一体、誰の味方だ。
そしてやはりエインレイドは変質者扱いを忘れていなかったらしい。
うちの父を見習ってすぐに忘れてくれる紳士力は持てないのか。だからヒヨコなのだ。
「あのさぁ、ディーノ。私、女の子なんだけど」
「え?」
「私、女の子なんだけど」
まじまじと私を見たベリザディーノはちょっと考えると、三人娘を順に見つめ、一人を選び出した。
「ごめん、フェニア。真実を教えてくれ」
「アレル、女の子。だけど行動と中身は男の子」
「ああ、そういう・・・。良かった。僕に見る目がないわけじゃなかった」
「いや、ないよっ。誰がどう見てもないよっ。女の子を男の子と間違える時点で、見る目ないからっ」
一人でいれば女の子としか思われないのに、どうしてエインレイドといるだけで男の子に見えるのか。
そこが不明だ。
そして私はベリザディーノに見る目がないことを確信した。
「だけどみんな性格良くて助かったよ。愛称だけ名乗るのって横着だと思われて責めるタイプじゃなくてさ」
「うーん、それ、アレル効果じゃないかなぁ。あのね、アレルってばやる気ない感じが凄くて、教室でも目立ってたんだ。だけど私達に言われてやっと三日目に名前を教えてくれたのをみんなも見てたわけで、うーんと思ってたらレイドも連れてきちゃってさ。なんかね、真面目に堅苦しく名乗る方がカッコ悪いかもって、今は愛称だけ名乗るのが流行ってるんだ。あ、だからディーノ、うちのクラスの流行最先端だよ」
「ベルナ、勝手に私の名前で命名しない」
ベリザディーノは一体どんな経験があるんだろう。
そしてベルナルディータ、それってみんな、やっぱりフルネーム名乗るのが面倒だって真実に気づいてしまっただけだよ。私の名前を出さないで。
「そうよね。あのね、ディーノ。最初、アレルってば不良みたいに見えてたの。だけどレイドを連れてきた後にね、実はいい所のお嬢様なんじゃないのかなって噂が流れたのね。レイドも上品な男の子だし。それなのに一般部だなんてお勉強嫌いなのかな、レイドは経済軍事部で賢いのにねってみんなこっそり噂してたんだけど、そんなこと本人には言えないじゃない?」
「本人の前で言ってるよ、リンダ」
「そうか。アレル、似非令嬢だったのか。中身はどう見ても悪ガキだもんな」
「失礼な。誰がどう見てもお嬢様なこの私に」
なんてことだ。ついに似非令嬢呼ばわり。
やはり私を愛の妖精、可愛いウサギさんと呼んでくれるのは父だけなのか。
「やっぱり本当にアレルってばお嬢様だったのよね。だってアレル、レイドをわざわざ経済軍事部に捜しに行って、その後は一緒に行動してるでしょ? それってアレルの為にレイドも入学したのかな、ご家族のお仕事の兼ね合いもあるのかしらって、みんな噂してたの」
「え。ああ、そうか。僕がアレルの学校生活を手助けする為に入学したって話になってたんだ?」
「そうなの。だってレイド、平民から経済軍事部で王子様のいるクラスに入れたって、とても成績が良かったわけでしょう? そんな優秀な男子生徒が、アレルが捜しに行った後、ずっとアレルといるんだもの。それでアレル、噂になっちゃったの」
「そっか。言わなくても分かっちゃうことってあるんだね」
おいコラ、そこの王子様。何をクラウリンダの誤解に乗っかってやがるんでしょう?
「ああ、つまりレイドはアレルのお目付け役みたいなものか。往復の際の虫よけなら校舎が違っても構わないんだな」
「まあね。ディーノも理解あるタイプなんだね」
「珍しいことじゃないからな。もう一人分の学費を負担できる家なら大抵やってる」
「ちょっと待って。なんだか凄い話になってきていて、私はもう気絶したい」
もう不敬罪待ったなしだ。ベリザディーノの誤解を加速させていく王子様を誰かどうにかして。
「心配するな、アレル。そんな事情なんて誰も気にしない。どこのクラスにもそんなのうじゃうじゃいるってもんだ」
「やっぱりそうだったんだ。アレルってば無気力そうなのにレイドを振り回してるから、なんか凄いねって話になってたんだけど、先生がその噂聞いちゃったんだ。でね、みんなに言ったの。このクラスでアレルより入試でいい点数を取った者はいないのだから君達にアレルの成績や行動について変な噂をする権利はないって。それでみんな、実はアレルって凄いんじゃないって話になって、その隠れた実力が凄いよねって話になったんだ」
「私の隠れた実力とは一体・・・?」
ベルナルディータの誤解が爆走中だ。
「アレルって黙ってたらとても可愛いでしょ? しかも希望すれば王子様とのクラスも可能なぐらいにいい点数だったって先生が言ったから、今、アレルってばうちのクラスで大人気なの。自分の実力だけで勝負しているアレルやレイドみたいに、愛称だけ名乗るのが流行りになったのよ」
「ちょっと待って、リンダ。肝心の私が知らない内に、変な流行が出来ちゃってるっ。合っているのは私が可愛いことだけだよ」
「自分で可愛いって言うかよ、アレル。だけどそういうポリシーは格好いいな。うん、感心した」
ベリザディーノが私の頭をごしごしと撫でてくるけど、全然嬉しくない。
「一般部、馬鹿にされること多いから。だからみんな、アレルが経済軍事部行けたのに、一般部選んでくれたの嬉しいの」
「そんなものか? 一般部校舎、明るくていいと思うけどな。うちの校舎なんてめっちゃ薄暗い内装だし、一般部のレベルも引き上げられるんだろ。それならこれから一番居心地のいい校舎になるんじゃないか? 卑屈になるなよ、フェニア。アレル、多分何も考えてないぞ」
「誰も彼もが私を分かってくれない・・・」
そんな感じでランチは一般部の校舎で食べたが、ベリザディーノは校舎が持つ雰囲気の明るさにびっくりしたらしい。
うん、分かる。建築理工部、灰褐色な校舎だもんね。なんか煙もくもくって感じの色合いだもんね。
「あちこちの校舎で授業を受けるの、けっこう面白いかもしれないな。明日からも一緒に受けていいか?」
「勿論。二人じゃなくて三人か。心強いよ。な、アレル」
「うん。どっちかが休んだら一人で回るって思うと、心細かったしね。普通の授業はいいんだけど、体育で誰も組む人いなかったらやっぱりさぁ」
「心細いって感情、知ってたのか、アレル。だけど体育でレイドと組んでるんだろ? それができるんなら、やっぱり男だろ?」
とても失礼な奴だが、ベリザディーノが加わったのはいいニュースだ。
いずれエインレイドの正体を知っても逃げられないぐらいに絡めとってやろう。
そしていつかエインレイドの変装がばれた時、全校生徒から王子様の取り巻きをしていたと嫉妬攻撃にさらされるがいい。・・・私の代わりにな。ふふふふふ。
― ◇ – ★ – ◇ ―
ある程度、学校に慣れてきたところでクラブ活動案内がある。
クラブ活動といっても授業とは違うので、特に試合があるようなものは学校外のチームと合同で活動していたりする。大勢の人数で行う芸術関係、つまり演奏や演劇関係は特にその傾向がある。
たとえば演劇クラブに所属していたら、何かの催しで子役とかその他大勢の役として声がかかったりするのだ。
「だから何年か前、学校を退学して舞台女優に転校した人もいた筈だよ。有名な監督がその舞台を見て口説き落としたんだって」
「よく知ってるね、レイド。その人も学校との両立は無理だったのかなあ」
「舞台女優は天性のものもあるだろうし、いい指導者に当たるかどうかでも変わってくる筈だ。学業よりもそっちを優先したんじゃないか? 僕はあまり舞台とかに興味はないが、興味ある人はかなり詳しい。レイドは興味あるのか?」
「普通かな。見たら楽しいって思うけどそれぐらいだよ。ファンになる程ではないってとこ。アレルは?」
「たまに叔父に連れてってもらうよ。だけどうちの兄はいつも途中で寝ちゃうからもう連れてってもらえなくなったの。なんかね、兄に言わせると、そんな男にしがみつくよりもっといい男を捜せよって思えちゃうから全然面白くないんだって」
「それは僕も分かる。ストーリーが時代遅れなんじゃないかって思ったりもするんだが、それを言ったら情緒が分かってないとか、心情に寄り添う教養がないとか、もうそんなことばかり言われるんだ」
「大変だね。僕も似たようなことを言って、じゃあ代わりのストーリーを考えたらどうなるかって言われて話してみたけど、なんかそれがとんでもない話だったらしくて、もう二度と言わないって決意した。みんな、僕のお話をあちこちで話して笑ってたんだ。ひどいよね」
「それだよ、それ。子供の話を大人ってのは真面目に考えてくれないんだ。自分達はあんな変な話を名作だとか言ってるくせに。やってられないよな」
うん、この二人を観劇に誘うのはやめておこう。私はそう決意した。
上等学校では、スポーツ関係のクラブも地域の社会人チームと一緒になって汗を流したりするシステムが構築されている。学校内とは違う上下関係、先輩後輩といった関係を築きもするし、社会人と一緒に行動している様子を様々な人達が見に来るからスカウトもされやすい。まだ出来上がっていない体を無茶しないよう、経験者達が導いてくれるという利点もあった。
「お隣なんだし、それなら修得専門学校と上等学校のクラブを共同にすればいいのにね。その方が無駄も減ると思うんだけど」
「アレルって、合理的に考えようとする傾向がホント強いよね。だけどそれ、今度は完全に上等学校の生徒が逆らえなくなるから、あえて禁止されてるんだって」
「よく知ってるな、レイド」
さすがは王子様だ。内部事情の詳しさに私も感心する。
クラブ活動といっても熱心な生徒は熱心だったりするが、勿論、学業に影響するようなのめりこみようは本末転倒だ。多くても週に三回までと決められている。
勿論、校内の生徒だけで行うクラブ活動もあるが、やはり地域のプロ・アマチュア集団や他校のクラブと合同で行うものの方が人気だ。色々な人と知り合いになれるからだろう。
そして学校のクラブ活動と合同で行う以上、提携しているその集団にも学校側は透明性を求める。
地域において学校のクラブ活動と合同で行っているというのは、社会人側にとってもそれなりにステイタスなのだ。少なくともいい加減なチームや興行集団とは提携しない。
そういった事情もあり、特にスポーツ関係は生徒からの希望者数も殺到する。子供の使う物と、社会人が使う物とは質に差があるので、上手になりたい生徒はやはりここで参加しておきたいのだ。クラブ活動だからこそ、通常では指導料がかなり高くつくものであってもほとんど形ばかりの月謝ですむことも影響していただろう。
「でさ、もうすぐクラブ活動案内あるだろ。二人はどこか入るのか?」
「それは自分の入るクラブを聞いてくれというおねだり? いいよ、ディーノ。このアレル様が聞いてあげる。聞くだけだけど」
「ほんっと態度でけえよな、お前」
「ほほほほほ。だって三人の中で私は唯一の淑女。文句があるなら女装していらっしゃい」
三人であちこちの校舎を回って授業を受けているわけだが、放課後は校庭の花壇とかの近くにあるベンチに座ってお喋りして時間を潰したりもする。少し離れた花壇では、上級生らしき生徒達が新しい苗を植えているようだ。
移動車で帰宅するにしても、あまり時刻が早いとみんなの目がある。生徒が少なくなってから移動車を出してもらった方がいい。
「お前は淑女じゃない、海狸枠だ」
「そりゃビーバーは可愛いけど、私は川でダムづくりをするビーバーではなく、真の姿は誰をも魅了する愛の妖精なのです」
「本気で図々しいな、お前。可愛いのは外見だけか」
「中身も可愛いよ。その証拠に同じ顔してる兄より私が愛されている」
「全てにおいてそこが謎だ。どうやったらこんなこまっしゃくれた奴を可愛がることができるんだ?」
「二人とも、そういう会話でよく喧嘩にならないなって、僕はそっちに感心するよ」
さすがにエインレイドにとっては目を丸くする会話らしい。言葉にする時はよく考えてからと、常日頃から言われているそうだ。
だが、これが一般人生徒の会話だ。王子様の前では誰もが猫をかぶっていても、裏に回ればこんなものだ。
きっとエインレイドは、いつか私に感謝するだろう。私のおかげで世間を知ったと。
「レイドはほら、お坊ちゃまだからぁ」
「そだな。アレルがあまりにがさつすぎて、レイドに後光が差して見えるぜ」
ベリザディーノは伯爵の長男の次男だった。フルネームを名乗られて全く態度を変えなかった私達に、貴族だからと目の色を変えない奴らで助かったと思ったそうだ。
実は反応を見てから仲良くなるかどうかを決めるつもりだったと謝られて、
「その前にディーノの苗字ってなんだったっけ?」
と、答えた私は悪くないだろう。
そしてもう一度名乗られても分からなかったので、
「うん、分かった。明日まで待って。態度を決めてくるから」
と、真面目に答えた私に、エインレイドが、
「アールバリ伯爵家は色々な会社を持っていることで有名だよ」
と、教えてくれた。
なるほどと頷いた私は、
「そうなんだ。じゃあ色々なところと繋がりがありそうだね。ところでこの学校の学校長以下、先生と寮監の弱み一覧ってある? お友達だから無料で買っちゃうよ」
と、ねだってみた。
あの時の、愚か者を見るような紺の眼差しが忘れられない。
結果として三人で今も普通に授業を受けているし、帰りはたまにベリザディーノの家経由で送ってあげたりもしている。乗り合い路面車で帰る方が途中にあるお店とかを見たり、買い食いしたりするのが楽しいので、いつかエインレイドも誘ってあげたいところだ。
「なんでだろう。どこまでもアレルが男の子化していく」
「こいつ、最初から男だろ?」
「私に喧嘩売るならまずは女装しなよ、ディーノ」
私とエインレイドが一緒に帰っているのを見た際、
「もしかしてかなりいいところのお坊ちゃまとお嬢様だった? 乗り合い路面車も使わないのかよ」
と、遠慮なく聞いてきたベリザディーノだ。
ランチタイムで、私の方が立場が上だとエインレイドが嘘情報をかましても、私達を見ていたらやっぱりそれはないと思ったらしい。
私の家がエインレイドの学費を出してまでつけたお目付け役ではありえないと判断する何かがあったようだ。
(私はディーノの苗字を聞いても分かんないけど、レイドもディーノもウェスギニー家といえば頭に入ってる情報は情報であるってことか)
あまり嘘を重ねても破綻するだろうと思い、
「私、これでも子爵家のお嬢様で病弱だから帰りは移動車なんだよ。でね、レイド、うちで働いている人の親戚だから、一緒に連れて帰ってあげるの。うちからは歩いてもらうけど」
と、適当なことを言ってごまかしてあげた私は、王子の身元を隠すべく盾になってあげた、とてもよくできた女子生徒だったと思う。
問題はここが国立サルートス上等学校だったことだ。
併設されている国立サルートス修得専門学校という存在もあり、たとえ公爵家や侯爵家のお嬢様だって校内まで移動車を乗りこませたりはせず、近くの専用駐車場を契約している。
すぐにそこの矛盾点をつっこまれた。
仕方がないから、
「ここで働いている用務員さんとか警備している人とかが、父と同じ職場でいた人だったんだよ。だから帰りがけに送ってってくれるの。そのお礼はちゃんとうちの父が酒場で奢ってるよ」
と、言ってみた。
なるほど、そうなんだなと納得された。微妙に何かが悲しかった。
だけど、とっくの昔にエスティフェニアから、
「レイドはね、たしかアレルの幼年学校の同級生の親戚だって話だったよ。で、同じ学校だから様子を見といてって言われたそうなの。でね、私達にアレルってニックネーム決めてもらってから、アレル、レイドを探しに行って、お友達になったの。レイド、王子様と同じクラスでなんだかいたたまれなかったらしいよ」と、ベリザディーノは聞き出していたらしい。
女の子の友情って、時に男の子の声掛け一つに負けるものなんだね。ハニートラップって男が仕掛けることもあるんだね。
それによってベリザディーノの中では、
「レイドはおっとりだが、多分、貴族じゃないからクラスに溶けこめなかったんだろう。王子の学友として、同じクラスには貴族が多く配置された筈だ」
というストーリーができあがった。
そういった事情を経て彼の中では、貴族の特別入学でも一般の部に入った出来の悪い子爵家令嬢と、子爵家に関連する仕事に就いている親戚のいる優秀な男子生徒といった認識がされたようだ。
先生が私の成績を褒めていた件は、貴族令嬢に対するゴマすりと認識された。微妙に何かが切なかった。
ともあれ、ベリザディーノはいきなりエインレイドの肩を叩いて、
「生徒の間は平等だが、柵がないわけじゃないよな。それにアレルは我が儘お嬢じゃない分、気楽なもんだ」
と、励ましていた。どうやら学校での私のお守りを断れなかったと考えているらしい。
この節穴おめめ少年め。
あのな、ディーノ君よ。お前、貴族として落第生すぎるぞ。
貴族なら王族の纏う空気ぐらい見分けろよ、伯爵家の名が泣いてるぜ。
そう思ったが、ここまで仲良くなってしまったら、いずれエインレイドの身分を知っても引き返せないだろう。
今は私こそが落第令嬢だと思っているがいい。真の王子様はそこにいる。
大人の女性は策謀に生きるのだよ。
「いいけどね。クラブ活動、アレルは全く興味なさそうだね。ディーノもまだ決めてないんだろ? 何も言わないとこ見ると」
「実はそれ。だって授業についていけるかをまず考えるだろ。クラブは余力でするもんだ。まあ、いけそうだからクラブ活動するかどうかってとこなんだけど、二人はどうかなって思ってさ」
「私も考えてなかった。うちの兄は球技系のクラブ入る気っぽいけど。レイドはどう? レイドとディーノ、なんかあまりスポーツするってイメージはないよね。不得意でもなさそうだけど」
「そうだね。僕はやるとしたら室内でやるのがいい。片手剣術とかなら習ったりもしたけど、運動は嗜む程度でいいよ」
エインレイドがスポーツしたくない理由はその髪ペイント剤が原因だろう。ひょんなことから眼鏡が外れてもまずい。
「へえ、片手剣術か。どこの流派?」
「ミヌェーバ流」
「おお、古典正統派。優雅だが勇ましい趣味じゃないか。僕は朝、軽く馬を走らせる程度はしてるけど、それぐらいだな」
「・・・くっ、このお坊ちゃま共め。うちなんかボール蹴りだというのに」
ベリザディーノはエインレイドとかなり馴染んでいる。
やっぱり男の子同士は通じ合うものがあるのか、いい感じだ。
だけどちょっと格差を感じる。経済格差? 身分格差? あれ? 考えてみれば本気で私、三人の中では最下層?
「アレルだってやってみたいなら先生を紹介するよ?」
「そうだぞ。何ならうちの馬に乗りに来るか?」
「遠慮します。私、筋肉は触って堪能する方で、自分がつけたいわけじゃないから。やっぱりあの固さと熱量のバランスは他者だからこそなんだよ」
全体的に体を引き締めるのはいいが、そういう運動は特定の部位に筋肉を育てすぎてしまうのだ。
何だそりゃという顔をしている少年達に、いかに父の筋肉がセクシーで素敵かを語ってみたら、理解できない生き物を見る目で見られた。
「え? 触った時の筋肉の力の入れ方まで採点されちゃうの? しかも筋肉つけろと言いながら汗臭いのは許せないの? それに使う香水や私服まで指定って何それ。アレルの支配欲が凄すぎる」
「抱きしめる時の力の入れ具合まで指定って何なんだよ、アレル。自分の少女力最低レベルを棚上げにして父親にとんでもない要求を突きつけるとは、なんて恐ろしい奴」
少年二人は汗をかかずに鍛錬することは不可能だし、汗臭いことに文句を言われたら誰も筋肉をつけることはできないと、私を非難してきたのである。
汗をかいたらすぐにシャワーを浴びて全身をくまなく洗えばいいという私の意見は、なんという分からず屋なのだと取り合ってもくれなかった。
「二人とも分かってないなぁ。息子は母親の最後の恋人で、娘は父親の最後の恋人なんだよ? 息子や娘のセンスがよければ、身につけるものを選んでくれたら親は嬉しいもんなの。母親が息子にそれを言わないのはね、息子のセンスがないからなんだよ」
ずばりと私は二人の少年に言いきる。
二人は黙りこんだ。
「二人とも、まずはお母様の身につけるもののセンスを磨いてから言いなよね。うちの父は全てにおいてかっこいいんだから。それとも二人とも、お母様の服や香水を選べるぐらいのセンスあるの?」
「・・・な、ないかもしれんが、そんなの息子が選ぶもんじゃないだろ」
「そんなの、・・・分からないよ」
「まずは二週間に一度はお母様にお花を一輪でもプレゼントすることから始めてみなよ。路面車停で売られている花でいいんだから。もしくは女の子に人気のお菓子を買っていくとかね。あ、大事なのはすぐにお腹に消えるか、捨てるかできるものってこと。趣味に合わない物をもらっても迷惑なだけだから」
ぴしーっと言いきった私に、二人はもう反論の言葉を持たない。
ええ、たどたどしい単語しか言えなかった時でも、休日には父に私が選んだシャツやズボンを指差して着てもらったり、スポーツシャツで寝ようとしていたのをマーサに買っておいてもらった寝間着を渡したり、鼻をくんくんして似合いそうな香水を選んだりしていたのは私ですとも。
マーサには、
「あらまあ。旦那様がおしゃれになって」
と、好評だった。聞いたら、少年時代から父はもっさり状態だったらしい。物静かな生活を好んでいたからそれでよかったのだとか。
娘への愛を利用して、かっこいい父を育てた私は偉い。父は私に逆らうよりも、言われたものを黙って使っておけばいいと思っているようだが。
「お前は本当に上等学校生か?」
「諦めなよ、ディーノ。アレルは少女の皮をかぶった魔法使いだから。・・・ま、騙されたと思ってやってみたら? 僕もそれなら今度、お花買ってみようかな」
少女の皮をかぶったババアからクールボーイ、そして現在の私は魔法使いらしい。
「うん。あえて安い花でいいの。お庭のでもいいんだよ。お母様の為に綺麗な花を選んで渡したって行動が大事なんだから。それでお母様のお部屋の窓際にね、可愛い小さな花瓶を置いて小さな花を挿しておけばいいんだよ。二週間に一度ずつでも、息子から花をプレゼントされるの、嬉しいもんだから」
「へえ。じゃあ、アレルも花とかもらったら嬉しいのか? 双子の兄とやらもプレゼントするのか? 意外だな。けっこう可愛いとこもあったんだ」
実は本来のエインレイドと兄のクラスは同じだ。ゆえに三人で教室を放浪していても、そのクラスは避けていた。
さすがにアレンルードに声をかけられて、「フィルと一緒って、こいつら誰?」と、まじまじ観察されたら王子のことがばれてしまう。だからベリザディーノはアレンルードを見たことがない。
「え? 私はそういうのってお金の無駄で嫌い。お花を買うお金があれば、それで違う物が買えるよね。うちの兄がそんなのくれたら、無駄遣いするなって叱り飛ばすよ。当たり前でしょ。したいんならお庭の花を切ってくる程度だね」
その時の二人の顔は、何故かとても冷ややかだった。
言っておくが、そこに矛盾はない。母親は母というだけの生き物ではない、たまには息子から淑女として扱われたい生き物なのだ。
そして私は兄に淑女扱いされるより、妹に迷惑かけずに掃除洗濯を自分でちゃんとやれる生き物に進化してもらいたいのだ。
二人の大きな溜め息にどんな思いがこめられていたかは知らないが、エインレイドは話題を変えた。
「あ、そうだ。アレンはクラブの掛け持ちを狙ってるらしいよ。だけど球技も他の学校と合同だったり、市との合同だったりするだろ? その強さがどうだのこうだの、みんなと騒いでた」
「どのクラブに入ろうがどうでもいいけど、泥だらけになった服の洗濯術をマスターしてからにしてほしい。たしかアマチュアチームと合同で活動してるとこを狙ってたんじゃないかな。よその学校とだと、結局は生徒同士でしょ。その点、社会人チームとの合同クラブの方が強くて刺激的なんだって」
「へー。双子なら応援とかで同じクラブには入ったりしないのか? アレルも運動は得意だろ?」
「うーん。私はね、双子だからこそ重ならない所で生活したいんだよ」
エインレイドと二人きりなら敬語も使うが、ベリザディーノが加わったことにより、私の敬語は消失した。王子の正体に気づかれたら困るからだ。
おかげで私の少年力が増加中だ。
勿論、王子の正体がばれた時、私ではなくアレンルードだったフリして逃げる為の布石である。少年っぽい言葉遣いなら、兄に全てを押しつけて私は逃げきれるだろう。
大丈夫だ、アレンルード。君の鈍感さなら、多少の嫉妬に負けない。
「私としてはさ、どうせなら健康的なお茶みたいなのを作って飲むクラブがあってくれればいいんだけど。フレッシュハーブティーとか。だけど既存のクラブだと、多分、私の求めてるものじゃないんだよね。ほら、あそことかで花壇作ってるけど、私、そういう地道な努力したいわけじゃないんだよ。いや、自分でどうにかするしかないんだけど」
はああっと、私は悩み中だ。
マーサは父よりも年上だ。だけど二つの家の管理を受け持っているものだから、どうしても働き盛りの父や育ち盛りの私に合わせた食生活に引っ張られている。
(ああ、早く大人になりたい。そしていつかファレンディアに帰る。せめて隣のお姉さんとか、その頃にはもう生きてはいないかもしれないけど、お墓に花ぐらいは供えたいよ)
母の墓はまだ残っているだろうか。私が死んだ後、全てはどう処理されたのだろう。
いいや、私は怖いのかもしれない。
何度となく浮かんでは消してきた思考が浮かび上がってきたが、エインレイドの声がそれをストップさせた。
「え? つまりアレル、何がしたいわけ? ハーブティーを買いに行きたいの?」
「まずは何を求めてるか言ってみろよ、アレル。実は知らないだけでそういうクラブがあるかもしれないぞ」
ハッと気づけば、二人が私の顔を覗きこんでいる。
二人にそう言われたので、私は話してみた。
「実はさ、うち、母はもう亡くなってて、親戚筋の女性が、母親代わりで私達を育ててくれたんだよ。旦那さんもその為にうちの近くに引っ越してくれてさ。二人は父よりもずっと年上なの。二人には息子はいても娘はいなかったから、私を実の娘のように可愛がってくれたんだ」
「え、・・・あ、そうなのか」
ベリザディーノがなんか酢を飲んだような顔になっている。
「どしたの、ディーノ。トイレなら行ってきなよ。大きい方でも気にせず待っててあげるよ」
「・・・黙れ。くそアレル」
「誰がだよ。我慢はよくないんだからねっ」
「もういいから話を続けてよ、アレル。ディーノも行きたければ勝手に行くよ」
外のベンチって冷えるからトイレに行きたくなる人、多いのに。
それで漏らしてしまった人を知っているから、言ってあげているのに。
私の親切を誰も分かってくれない。
「うん。でね、男の人ってお肉好きだし、カロリー高いものもよく食べるでしょ。それって高齢女性の体にはきついんだよ。だけど父も私もまだカロリーが必要な生活してるし、それに付き合ってたらどうしても過剰摂取なの。
だから私はさ、せめて消化を助けるお茶とか、新陳代謝をよくするお茶とか、カロリーの低いおやつとかに、少しずつ変更していきたいんだ。
だけど、そういうことを子供が言い出すのっておかしいんだよ。子供は甘いお菓子を、わーいって何も考えずに食べるもんだから」
「ねえ、アレル。それを自分で言っちゃう時点でおかしいよ。やっぱり中身、お婆ちゃんだよ」
「気にすんな、レイド。こいつはビーバーだ。木や草を食べて生きてるから普通の菓子が口に合わないんだ」
やかましいわ、ヒヨコ共。ちゃんと私は普通のお菓子を美味しく食べてるし、大好きだっつーの。
だけど一緒に食べてくれるマーサには、高脂血症とかそっちを心配してしまうんだよ。
父の爪の垢を煎じて飲めと、私は言いたい。
「だからさ、これが学校で勉強したことだって言って持ち帰れば飲んでくれるかなぁって考えたわけ。学校で作ったお菓子なら一緒に食べてくれるでしょ? だけどさすがに学校で成人病予防の食べ物クラブってなさそうじゃない?」
「うん。全てのクラブを知ってるわけじゃないけど、ないだろうね」
「そうだな。アレルって考えなしに見えて、本当は考えてるとこあるよな。その人の為に勉強したのか、そういうこと」
「うん。私を娘のように可愛がってくれた二人だしね。二人の老後は近所に住んで、ちょくちょく顔を見せてあげるんだ。だからね、元気で長生きするよう食生活を改善しといてあげたいんだよ。第二のお父さんとお母さんだから」
「偉いね、アレル」
ありがとう、エインレイド。
だが、私の目標はここからだ。
「で、考えたのは、学校でそういうヘルシークラブがあって友達が所属しているんだけど、人気がなくて可哀想だからそこの作品を買ってあげたってウソで、お菓子やお茶を家に持ち帰ろうかなってこと。後は、こっそりブレンドして保管する場所を確保することと、調理する場所なんだよね」
「えーっと、クラブ関係なくて、アレルがもうやる気なのはよく分かった」
「全くだ。お前の場合、言い始めたら既に動くんだな。よく分かったよ」
お前らには分かるまい。
可愛い子供でいるのは大変なのだ。
「失礼な。材料は私の小遣いでどうにかなるとして、後は不自然じゃない提供方法なんだよ。子供らしく、
『あのね、これ、頑張ってご本見ながら作ったの。ママに食べさせたかったの。だめ? 食べてくれない?』
って甘えながら、
『そんなことありませんよ。いただきますわ』
と、それを口にしてくれるように持っていきたい。茶は家のどこかに隠すとして、あとは菓子を作る場所かな。うちのキッチンは使えないんだよね。そして味を良くするために新鮮なハーブは欠かせない。そこはこっそり裏庭に植えるとしても」
こっそり植えて雑草だと思われて引き抜かれてはまずい。だけどハーブの花壇だと知らせてしまえば、今度はどうしてそんなものを育てているのかという話になる。
問題はそこで、こっそり植えることが本当に可能なのか、自分でもあまり自信がなかった。どこか無料で畑を貸してくれる所はないものか。敷地はかなりあるのに、こっそりやるスペースが皆無だ。
「それを口にさせる為、甘えながらという計算高さが凄いね、アレル」
「そうだな。良いことをしている筈なのに、子供らしさにこだわることで犯罪臭が漂っている」
「それなりの薬効がある葉を煮出したりする以上、どうしても味がねー。はっきり言えばまずいんだよ、あれって。だから甘えながらじゃないと口にしてもらえないと思うんだ。そりゃあ私だって、可愛がられているのをいいことに甘えながらってのは、あざとすぎてみっともないって思う気持ちはあるよ? だけど仕方ないんだよ。そこはプライドを捨ててかからなきゃ。だって孝行する前に早死にされたら終わりだもん」
ファレンディア国で、お隣のお姉さんを見ていて思ったものだ。あと十年、できれば二十年早くから食生活改善とかをしておけば、かなり違っただろうと。
いつだって私が笑って過ごしている内に、大切な人はいつの間にか命を削って散らしていくのだ。
前世でも今世でも、私は母親に縁がないのかもしれない。
だから手を伸ばしてしまうのだろうか。今度こそはと思いながら、いつだってこの手は空振りして私は取り残される。
(結局、私は誰も守れないのかもしれない)
すると、背後から声がかけられた。
「ふむ。そういうことならクラブを新設するというのも悪くはないと思いますよ、ウェスギニー君。たしかに生徒らしからぬ活動分野ですが、試しに一年だけの短期クラブ申請をしてみたらどうですか?」
「へっ?」
振り返れば、何故か後ろに学校長と淡い水色の髪をした警備の人、そして裏切り者アップルグリーン頭な寮監とブラウン系用務員がいた。しかもその後ろには知らない生徒達もいる。
一体、この人達はいつからいたのか。
(この学校は盗み聞きと盗み見する人しかおらんのかっ)
なんという場所なのだ、国立サルートス上等学校。
私は、父が私達を国立サルートス幼年学校に行かせなかった理由を悟った。
国立、やばいよ。まともな神経の持ち主がいないよ。生徒のプライバシー、完全無視だよ。
「クラブ活動申請はちょくちょくありますが、一過性の気分だけで続かないのがほとんどです。だから試しに一年だけの活動と区切ることがあるのですよ。どういう指導者が必要かが分かれば、一年契約で週に一度の来校もお願いできるでしょう。まずはそのプランを立ててごらんなさい」
「え・・・。だけど先生。一人でクラブ活動するのは、駄目だと思います。どんなクラブ活動でも最低人数は必要だと・・・」
クラブ活動にはそれなりの人数も必要なのだ。思いつきで雨後の筍のようにクラブを乱立させられてはたまらない。
そういうものである。
ついでに「お母さんにヘルシー料理とハーブティーを提供するクラブ」って、そんなクラブ活動が上等学校に存在していいのでしょうか、学校長先生。
「あのっ、それっ、僕も参加しちゃいけませんかっ。つまり食生活改善における成人病予防ってことですよねっ。社会に貢献する立派なクラブ活動だと思いますっ」
「僕もそのハーブティーに興味がありますっ。育てやすい植物なら、一緒に育てては駄目ですかっ」
誰だ、お前ら。
象牙の灰白の髪をさらりと掻き上げた学校長はその存在に気づいていたのか、落ち着いた様子で振り返った。
「君達は? 1年生かね?」
「あ、はい。グランルンド・アンデション・ダヴィデアーレ、医療薬品部です。あの、実は三人がそこにいるのを見つけて・・・。授業で色々な校舎を回っているのに混ぜてもらえないかと思って、声をかけようとしたら、なんだかかけるタイミングが分からなくて・・・。
あの、盗み聞きするつもりはなかったんですけど、それでも成人病を予防する為の代替食とかって、是非、参加したいです。別に僕自身も成人病に悩んでいるわけじゃないですけど、大事なことだと思いますっ」
トルコ石の青緑色の髪をした少年が、上気した頬で答える。
声をかけるのなんて、タイミングみてないで普通にかけろよ。ずっと会話を聞かれている方が怖いっつーの。
おまえの未来の職場は男子寮と決まったな。盗み聞きしたい、盗み見したい、そんな君にぴったりの職場だよ。
「ハネル・バックルンド・マルコリリオです。地理植物部です。僕は花壇クラブのお試しで今日は花の入れ替えで回っていたのですが、あまりピンとこなくて・・・。聞くつもりはなかったんですが、三人の話がとても面白くて、つい立ち聞きしてしまいました。
ですが、そのハーブティーに興味があります。どんな味なのか知りたいですし、雑草として捨てられる草が役立つのかどうかも知りたいです。僕は見て美しい花より、何らかの効果がある植物を世話したいです」
暗い苔の緑色の髪をした少年は、他のクラブのお試し体験中だったらしい。
それは浮気か? なんかあっちの花壇からお前さんを睨んでる女の子がいないか?
「学校長先生。クラブは何人から設立できるんですか? 僕も参加してみたいです。アレルの計画していることがとても面白そうだという理由ですけど」
おいっ、王子様っ。君は口を開くなっ。
それでは本気で始動してしまう。私はそこまでセメントにやりたいわけじゃない。王子が入部なんぞしていたら、注目されてしまうだろうが。
私は慌てて割り込んだ。
「いっ、いえっ。そういう思いつきでクラブ活動するものじゃありませんっ。人は何事も熟慮して口にし、そして行動すべきだと思いますっ。誰だって親孝行は自力でやるものですっ。ええっ、私もここは自宅でよく考えたいと思いますっ」
私がやりたいのは、
「あ、あのね、マーシャママ。学校でね、体にいい葉っぱで、お茶、作ったの。お肉の脂とか、さっぱりさせるんだって。ちょっと苦い味なのは消化を助けるからなの。あとでお腹もすうってするの。・・・一緒に、飲も?」
って奴だ。それとか、
「マーシャママ、これね、フィルが学校で作ったの。バターとか使ってないし、小麦粉もあんまり入れてないからあっさりしてるけど、お野菜の甘味だけでできてるの。フィル、マーシャママと食べようって頑張ったんだよ」
なんだよ。
いいか、エインレイド王子よ。
お宅が動くと、必要以上に学校が動くのだ。それを理解してほしい。
だが、私の表情を読み取らない友情しかそこには存在しなかった。
いきなり思いつめた顔でベリザディーノが軽く手を挙げる。
「学校長先生。建築理工部、アールバリ・フォーシェン・ベリザディーノです。僕にとっては全く理解できない分野ですが、新設の為の人数が足りないなら入りたいです。アレルがしたいことに人数が足りないというのであれば、五名でどうにかならないでしょうか」
いや、私は人数が少ないから引き下がろうとしてるんじゃないよ。
ベリザディーノの馬鹿っ。お前はそこの王子様を巻きこむのがまずいというのが見て分からんのかっ。このエセ貴族がっ。
「ふむ。だがね、アールバリ君。クラブ活動は自主性を重んじるものだ。そのような理由は感心しない」
その通りだ、学校長。もっと言ってやってくれ。
熱意のない行動が続くことはないのだと。
人数が揃わなかった、だからクラブ活動は成立しない。うん、それでいい。完璧だ。
「はい。アレルの食生活改善は、僕に理解できない話でした。ですが理解できないのは今現在の話です。・・・実は、僕は最初、二人があちこちの授業を渡り歩いているのを見て、馬鹿ではないかと思っていました。だけど気になっていたんです。どうして二人はそんなことをしているのだろうと。そして勇気を出して声をかけ、一緒に回ってみたら、自分の世界がいきなり開けたんです。
様々な校舎の特徴に、その部に進む生徒への配慮を感じます。違う校舎の授業を聴講できるシステムは、専門しか理解できない生徒を生まない為だと気づきました。
それは、自分の狭い世界に閉じこもっていては分からないことでした。今、僕は二人と友達になれて本当に良かったと思っています。二人が、僕の視野を広げてくれたんです」
「ほう。・・・よく、理解したね」
ふむふむと淡い青磁の目を閉じて頷く学校長だが、頼むから思い出してくれ。
授業をどの校舎でも受けていいようにしたのは、この王子様の存在を隠す為で、そんな意図など全くなかったのだと・・・!
それにそれまでの聴講システム、開校以来、みんな三日坊主だったよねっ!?
「アレルの話は、僕にはよく分かりません。カロリーをとるのが悪いと言われても、体が欲しているものを食べて何が悪いのか分からないからです。その分、運動すればいい。その女性だって食べる量を減らせばいいだけじゃないかって思いました。
だけど、きっとそんなことじゃないんです。アレルは大切な人の為に、今から自分にできることをしようと考えてずっと調べてきた上で言っているんですから。
僕はそれを理解したいし、協力したいです。いつか、僕が母の為にそうしたいと思った時、アレルと同じように動ける自分になる為に。何より、この友情の為に」
「なるほど。素晴らしい、素晴らしいことだよ、アールバリ君」
あれ? なんだかとっても美談になっている。感動した顔の学校長が、なんか遠い世界に足を踏み入れそうになっている。
騙されるな、学校長。友情の為にとか言ってるそいつは、さっき私をビーバー呼ばわりした奴だぞ。
まずい、本気でまずい。
恐らくクラブ活動、最低人数は五名だ。
どうせここに学校長がいるのも、私達を見かけて様子を見に来たのだろう。くっ、こんなことなら口を開かず、エインレイドとベリザディーノだけでお喋りさせておくんだった。
このままでは、私はエインレイドから逃げられなくなる。
何のためにベリザディーノという犠牲者を確保したと思っているのだ・・・!
そんな私に、青林檎の黄緑色の髪をした寮監が話しかけてきた。どうでもいいけど、なんでそんな帽子かぶってサングラスかけてるのだ。めっちゃガラ悪いんだけど。
「ところでウェスギニー。成人病予防の食生活改善とは、どういう指導者が必要なんだ? 医療分野か? それとも植物学か? 調理でも特定の料理人か?」
「あ、いいえ。・・・えっと、たとえば乾燥させた葉や樹皮を煎じたり、ハーブを煮出したりしてお茶代わりに飲むのは、多分、もう市販されている商品であると思うんです。そういうのを買うのではなく、たとえばそのハーブを育てて新鮮なものを使うとか、そういうことをしたいんです。その方が日持ちはしませんが、味がよく、効果も高い筈です。・・・で、カロリーや炭水化物の量を減らすというのは、色々なやり方があると思いますが、多分、自分で調べることで対応できると思います。だから、別にクラブ活動ではなくても、図書室で調べて自宅で試すだけで十分と言いますか・・・」
「つまり、学校外から指導者を招く必要すらないわけか」
「そうなんですっ」
そうなんですよ、ええ。もう自分の趣味でできることなんです。
ほほほほほ、クラブ活動するまでもないのですわ。
私、そんなことは自宅でいたしますのことですのよ。ほほほほほ、ごめんあそばせでございます。
(冗談じゃない。レイドが安心して参加できるクラブ活動を私に設立させるなんてことになったら、もう逃げられない。いつかこの変装がばれた時、私は皆から王子を独占していたという怒りを向けられる・・・! そう、ここは何としてでもクラブ活動設立は阻止しなくてはっ)
迷惑なことしかしない裏切り者寮監だが、たまにはいい指摘をしてくれるではないか。
やっと役に立つことをしてくれたな。褒めてつかわす。
さあ、そこの学校長にびしっと言ってくれたまえ。
ほんなんクラブ活動にはなりまへん、お子はんの趣味でっしゃろってな・・・!
「だそうですよ、学校長。つまり自分達で本から調べ、煮出したり調理したりして作ってみるという、実践型の自由研究でしょう。結果として茶や菓子や料理ができるにしても、ウェスギニーの小遣いで材料も賄えられる程度という話でしたし、たいしてクラブ活動費もかからなそうです。成人病が気になる教師を顧問につければ一石二鳥かもしれませんね」
「何言ってんですかぁーっ」
やっぱりこいつ、私を陥れる罠の具現者でしかねえっ。
止めろよっ。大切な王子様はもう男子寮の最上階に仕舞っておくがいいっ。
それなのに学校長が、まるで私を優しく労わるかのような表情で微笑みかけてくる。
「遠慮しなくていいのですよ、ウェスギニー君。生徒の自主性を重んじてこそのサルートス上等学校。しかも先程の話を聞く限り、ウェスギニー君はもうほとんどを理解している様子でしたね。幼年学校時代から、自分なりに調べていたのでしょう。立派です。顧問はこちらで用意しましょう。遠慮なく実験台にして、大切な女性の健康を守ってあげなさい。五名いますから、クラブ申請書は受け付けますよ。明日、教員室へいらっしゃい。書類は用意しておきますからね」
「え」
結論から言おう。
新クラブが設立された。




