6 女の子の友情は儚い
国立サルートス上等学校。
校舎それぞれに食堂はあるものの、一般の部の食堂はかなり混雑するのでクラスで食べる生徒がほとんどだ。
基本的に席というのは決まっていない。
そんな中、一人で食べることが全く苦にならない私がどうして、一人ぼっち人間を見つけて一緒に食べようとしたかというと、さりげなく教師が昼食時間にも見回っていたからだ。
鋭い私はピンときた。これは生徒の社交性をチェックしているのだと。
というわけで、昼食時間だけうまくごまかしておけばいいと思ったのだが、人生はままならぬものだ。
名前を名乗って愛称まで言わないと、一緒にご飯を食べるのも駄目だったらしい。これがファレンディア国なら、
「ここ、いいですか」
「いいですよ、どうぞ」
「いい天気ですね」
「ええ。ところでそれ、味どうです?」
「ダシの昆布がきいてます。さっと取り出さずに煮出してありますね」
「ほう、通じゃないですか」
から始まって、その後は顔を見ればOK、名前は知らないけど一緒にご飯を食べるだけの仲になれるというのに。
え? お前だけ? そんなことはない。
結構それで私、名前を知らない友人を何人も作ったぞ。だからファレンディアの常識だ。
文化の違いは大きかった、サルートス国。
「こんにちは、ベルナ、リンダ、フェニア。ご飯を食べましょう」
「えーっと、アレルって、本当に用事に向かって一直線で生きてるんだね」
「あのね、アレル。私達、休み時間にも話しかけようとしてたの、気づいてた?」
「休み時間になった途端、ぐでっと寝てたのが凄かったよね」
一人ぼっちだった筈の三人はいつの間にか三人で仲良くなっていた。もしかして私がいきなり仲間外れなのか。それはひどい。
「え? 休み時間って寝る為の時間だよね?」
夜更かしする為に昼寝は大事だ。細切れでもいいから睡眠をとっておくと、夜遅くまで好きなことをしていられる。
「違うんじゃないかな」
「なんかアレルって、見た目と中身が違うんじゃないかなって、私、思えてきた」
「同感」
ひどいぞ、三人娘。
そう思っていたらいきなり背後から肩を叩かれた。
「やあ、アレル。僕も一緒にお昼を食べていい?」
どこかで聞いた声だ。聞き覚えがある。
主に昨日の放課後。
「・・・ぅ、・・・でっ、殿っ」
「やだなぁ、また僕の名前、忘れちゃったの? レイドだよ、アレル。本当に人のこと覚えないんだから」
振り返った先には、眼鏡をかけた濃い青紫の髪と紫の瞳をした少年がいた。ちょっと髪型も変えてイメージチェンジは完璧かもしれない。何でもう眼鏡を手に入れてるんだろう。これが王族の権力なのか。
色々と言いたい私をすり抜け、少年は三人に話しかける。
「こんにちは。僕はアレルの友達でレイド。女の子の中に入るのはまずいかな? できれば一緒に食べてほしいんだけど。実はうちのクラス、仲のいい友達がまだできてなくって」
お友達もできずにいた割にはとても自然な声の掛け方だ。オドオドする事もなく、グイグイいくわけでもなく、優しげな性格が見て取れる。
「あ、勿論。どうぞどうぞ。私はベルナ」
「じゃあ、前の席に座ったら? そしたら、みんなで囲めるし。あ、リンダって呼んで」
「うん。アレルも隣に座ればいいし。フェニア。一気に言われても覚えにくいだろうから、何度でも聞き直して」
「ありがとう。僕、あまり女の子の友達っていないから、失礼なことしてたら遠慮なく言ってね。レイドも言いにくかったらレイでいいよ」
ここで、嫌だから出て行けと言う排他的行動に出る生徒がいる筈もなかった。
これでも国一番のエリート校だ。
クラスの机と椅子は固定されているが、椅子は回転させられるので、前後から問題なくランチボックスを同じ机に置くことぐらいはできる。
私は必死で考えた。
この世間知らずな王子が怪しまれないストーリーを。
「アレルってば、休み時間は寝てるし、放課後になったらさっさと帰っちゃうのにお友達いたんだね。だけど前からアレルって呼ばれてたなら、なんでウェスなんて呼んでもらおうとしたの?」
みんなでランチボックスを開けて食べ始めると、とても正直なベルナルディータが早速突っ込んできた。クラウリンダとエスティフェニアもうんうんと頷いている。
そこにあるのは好奇心とみた。いや、好奇心以外のなにものでもない。色を変えてもこの王子様、顔がいいのだ。背も高い。
(お友達になったのは昨日の放課後で、別れた時点で自然消滅の予定だったと言っていいだろうか。いや、まずいな。さすがに怒られそうだ、みんなから)
私のランチボックスはいつものようにパンの中に色々な具がはいったものだが、今日は甘いミルククリームを塗った小さなパンも入っていた。幸せ。オレンジも入ってる。
「えっと、えっと、・・・あのね、この人はね、実は私と同じ幼年学校の同級生のお兄さんの親戚の弟なんだってっ。で、同じ学校に行ってるからなんかあったらお友達になってねって言われてたんだ。それで昨日の放課後、捜しに行って、それでね、早速みんなに決めてもらったアレルって呼ぶようにしてもらったのっ」
「・・・そうなんだ。実は義理堅いところもあったんだね、アレル」
正直だな、エスティフェニア。私もそう思う。
そしてエインレイドよ。けっこう食べるんだな。ところで寮生は学校の食堂で食べるしかないと思うのだが、そのランチボックスはどうやって調達したのだ。
「うん、名前ぐらいは聞いてたけど会いに来てくれるなんて思ってなかったからびっくりした。嬉しかったけどね。
僕は経済軍事部だったんだけど、ぎりぎりで合格したものだから、とっても居心地が悪くてさ。みんな優秀だし。それでお昼はこっちに逃げてきちゃった。昨日つけてもらった愛称を披露するなんて、けっこう気に入ってたんだね、アレル。もしかして早速呼んでもらいたくて僕を捜した?」
「もうっ、アレルってばっ。気に入ってくれてたならそう言ってよ。・・・あ、だけど経済軍事部なら王子様いるんじゃなかった? なんかとっても儚げな王子様って聞いたけど」
ベルナルディータ、そんなに肩をバシバシ叩かないで。暴力はよくない。
ところで目の前の王子様、儚げか? ランチボックス、君達の二倍の大きさはあるぞ。
「うちのクラスの子も、みんな休み時間とかお昼にあっちの校舎に押しかけてたもんね。だけど、なかなか見られなかったみたい。空気に溶けそうな、薔薇みたいな王子様って話よね」
クラウリンダよ。目の前にいるのがその薔薇みたいな王子様だ。
ガツガツとチキンカツだのハムだのを食べている少年のどこが空気に溶けそうなのか教えてくれ。
もっと野菜を食え、エインレイド。女の子なら便秘になるぞ、その食生活。
「やっぱり一般の部からも来てたんだ? アレルに聞いたら、校舎が違うから誰もわざわざ見に行かないよって言ってたけど」
「それ、アレルだけルールだよ。アレルがみんなのことを語る資格はない」
「レイドも災難だったね。アレルのこと、あまり信じちゃ駄目。こういう子なんだなって見守ってあげた方がいいと思う。おかしいなって思ったらちゃんと教えてあげて。教えてあげたら理解するから」
ベルナルディータ、どうして私を決めつけるのだ。
そしてエスティフェニア。ペットの調教と間違えてないか。
「そうだよね。他の生徒にしてみれば王子様にみんなが群がってるんだもん。身の置き場がなかったよね。レイドも友達作れなかったのって、それがあったからじゃない? 王子様が悪いわけじゃないけど、みんなも騒ぎすぎだと思う」
「そっか。じゃあ、まだ友達を作るチャンスはあるかなぁ。僕も誰かに話しかけようにも、なんだかクラスにいない方がいいんじゃないかって感じでそそくさと出てきたんだ」
すると分かったような顔で三人が頷く。
分かっていないのは私だけか。これが生粋のサルートス人じゃないがゆえの疎外感なのか。
「分かる。だってうちのクラスからもあれだけの人が見に行ってたし。どの部もそういう人達がいただろうから、それはもうクラスにいられないよね。よほど神経が図太くないと」
「やっぱり王子様に気に入られたいって人、多そうだもん。その内、落ち着くとは思うけど」
「同じ授業はわざわざ経済軍事部のを受けに行っているって人もいたらしいよ」
「え? 何それ。わざわざ一般から聴講しに行ったの? 授業を聞いたところで、王子様に近づけるわけじゃないのに? おかしくない?」
「アレルったら分かってない。王子様と同じクラスで授業を受けられたってことがいいんじゃない。もう聴講枠、凄いって話だよ」
何故、私がよその校舎の事情を知らなくて怒られるのだ。ひどくないか? それは無茶というものだ。
そしてベルナルディータよ。君は同じ授業どころか、王子様と向かい合わせでランチしている。もっと凄い奴が何を言うか。
「あのね、みんな。よく考えてみなよ。私は王子様が同じ学校にいるからといって、浮つくこともなく、静かに誰にも迷惑をかけない学生生活を送っていたんだよ? 大体、三人だってそんなのに行かなかったのに、どうして私だけ責められるの。それがおかしいよ」
「その前にアレル、王子が入学してたことも知らなかったじゃないか。そうだったよね?」
あのな、エインレイドよ。自分からそれを言う?
蒸し返すな。もしかして実は根に持ってたわけ? 悪気はなかったのだと理解してくれたんじゃなかったの?
「え? 入学式で王子様、壇上に上がったじゃないの」
「あの名前聞いて、気づかない人いないよ、アレル」
毎年繰り返される定番の挨拶を君はいちいち注視していたのか、クラウリンダ。
そしてやっぱり王子様の名前は苗字なしなのか。それで王子だとみんな気づくのか。
「あー、それ、アレルを責めちゃ駄目。私、アレルの隣にいたけど、アレル、前髪を垂らして居眠りしてたもん。最初の起立から最後の起立までずっと。私と反対側の女の子に
『ごめん。悪いけど最後の起立の時に起こして』
とか頼んで。実は具合が悪いんだろうなって、その子も反対側の子と囁いて寝かせてあげてたけど、式の後で、
『体、大丈夫?』
って聞かれてアレル、
『んー。折角だから式の後に遊びに行く体力残しておこうと思って』
とか答えてたよね」
ずばっとベルナルディータが暴露しやがった。
(まさかベルナにあれを知られていたとは・・・!)
こっちだって事情があった。入学式は普通の時間割と違い、帰宅時間がおかしくても不審がられないという切実な事情が。
アレンルードと違い、マーサは私を全く寄り道しないで帰ってくる子だと思っている。
大人を心配させない、とってもいい子なんだよ、私。
だけどたまにはどんな物が街にはあるのかチェックしたっていいと思うんだ。防犯用に使えそうな物とか、いざという時に自分の身を守れそうな物とかを捜したりとか。
「そうだったんだ。見た目はふわっとしてるのに、アレルってとても無駄のない考え方してるよね。そりゃ王子の名前も存在も知らない筈だ。うん、理解した」
そんな私の健気さを知ることもなく、エインレイドからの視線がなんだか冷たいような気がする。
我が意を得たりとばかりに、ベルナルディータが大きく頷いた。
サルートス人は粘着質だと思う。
「ふわふわしたラブリー顔なのに、アレル、性格が不精なんだよね。最小限しか動かないし」
「休み時間も、ぐでーって感じで寝てるものね」
「お昼休みもご飯食べたら寝てるしね」
「か、体が弱くて・・・。虚弱体質なの」
私は瞼を伏せがちにして言ってみた。
うん、今日から私は虚弱体質なのだ。そういうことにしよう。
「私、入学式でびっくりして、よほどの不良なのかなって思って見てたんだ。だけどアレル、体力測定とかもいい感じだったよね」
「あ、私も目がくりくりして可愛い子だな、ドジっ子かなって見てたら、スポーツ測定、けっこう上位だったでしょ。意外だった」
「見た目はリスみたいで可愛いのに、凄いバネがあったよね」
「・・・しゅ、瞬発力はあるんだけど、その後は無理がたたって寝こんじゃうから」
くっそ。どうして人のことを皆は見てるのだ。
だってこの体、さすが父の娘だけあって、身体能力は高い。誰だってラッキーと思って使えるものは使うよね? 引きこもりだったけど、マーサが楽なようにってそれなりにお手伝いしてるから、これでも筋力はあるのだ。
家事をなめるな。掃除だって全身の力を使ってやったら、凄い運動量だ。
何より我が家の裏庭は広く、全身を使って遊べる遊具が揃っていた。実はアレンルードと私、かなり身が軽い。
(家のことをしながら体型を維持する。それが女の嗜み。・・・貧乏は辛かった)
いや、考えてみてください。私、この体で気づいたら襲われるところから始まっているんです。
しかもそうなった事情は全く分からないんです。母が殺されるところを覚えているとか言おうものなら、父とマーサが取り乱すことが分かってるから口にできないんです。
そうとなれば誰だって何かあった時のことを考えて鍛えますよね? そして襲われた時のことを考えて様々な防犯用具を用意しますよね? 相手の隙を見て攻撃できそうなものを買い揃えますよね?
(そ、それにパピーだって、スリングショット、ベッド脇に仕舞ってくれてるしっ。侵入者がいたら遠慮なくぶっ放せって、インク瓶も沢山っ)
そんな私の頭をぽんぽんと撫でたのはエインレイドだった。
「安心しなよ、アレル。僕の親戚にあたる君の同級生からは、幼年学校、一度も欠席したことないって聞いてるから。・・・じゃ、そろそろ戻ろっかな。明日も迷惑じゃなかったら一緒に食べていい? 女の子の中に僕一人がまずければ、他の男子も連れてくるけど。それともこういう時は女の子を連れてきた方がいい?」
「そんな変なこと気にしないでよ。レイドが女の子ばかりでも気にしないならいつでも歓迎だよ。ねー、みんな?」
うんうんと残りの二人も頷いているが、エスティフェニア、私の意見は聞かないの?
そこの少年は仲良くなったが最後、数えきれない嫉妬が全校舎攻撃してくる危険ホイホイ物件だぞ?
何より私の幼年学校時代の出席率まで調べてあるんだぞというさりげない言葉が怖すぎる。この王子様、見かけはただの容姿がいい少年だけど、実は何かあったら学校長が乗り出す危険人物。
「言える。大体、アレルってばひどいんだよ。私達とお昼ご飯、一緒に食べようと思った理由聞いたら、一人で食べているのを先生が見て成績評価表に影響したらまずいからって言ったんだ。それに比べたらレイドはとっても気遣いさんだよ」
ベルナルディータ、君が分かっていないだけだ。私ぐらい気遣いの人はいない。理由を説明された方が納得できることは沢山ある筈だ。学校とは人間付き合いの様子もさりげなくチェックしているものなのだから。
それなのにクラウリンダも加勢した。
「普通、もうちょっと違うこと言うよね。仲良くしたいからとか、嘘でも。あのね、本当にレイド、変な気を遣わず一人で来て。気づまりじゃなかったら。どうせアレル、中身は男の子だもん」
「なんかもう、あの時はアレルの顔、二度見しちゃったよね。正直すぎてびっくり」
三人共、不満があるならその場で言ってほしい。後から言うのは卑怯だ。言い方が嫌だったならそう言えばいいだろうに、なんでよりによって王子に暴露するの。
中身は男の子で正直すぎるって、それって女の子は嘘つきが基本なのか。そっちが怖いわ。
そしてエインレイド。その憐れむような眼差しはやめて。
分かってるから。昨日、アドリブで作った設定が全て崩壊したのは分かってるから・・・!
「そっか。アレルは少女の皮をかぶったお婆ちゃんじゃなくて、クールボーイだったんだね」
かっこよく言えばいいものじゃない。
・・・・・・誰も、私を分かってくれない。
この国で優しいのは祖父と父と叔父と、ローグとマーサだけだって、私は知った。
― ◇ – ★ – ◇ ―
授業は、それぞれの部のクラスによって時間割が決まっていて、出席者はその教師の授業ごとに、自分のスタンプを押していく。
スタンプはナンバリングされているし、首から鎖でかけているので身分証も兼ねた金属製だ。ポーチに入れて持ち歩く子もいる。
スタンプを忘れてきたら自分でサインするけど、聴講の際は、そのクラスの表の下にある空欄に自分のスタンプを押していく。だから休んだ日があっても、違うクラスの時間割を見てその授業を聴講することも可能だ。
だけど、私はまだ授業を欠席はしていないのである。
「何故、私は地理植物部の校舎に来なくてはならないのか、そこが不明すぎる。いや、それ以前に私の命が危険すぎる。というわけで、今すぐの帰宅を希望します」
「何を言ってるんだか。もう僕達は呼び捨てし合う仲じゃないか、アレル」
一般の部の授業が終わった放課後、私は濃い青紫の髪、紫の瞳をした眼鏡少年に拉致された。
そして一緒に授業を受ける羽目になった。私、この授業、受けた気がするんだけど。
「だって一人で聴講するの、寂しいじゃないか。二人組なら、まず疑われにくいしね」
「か弱い女の子を盾にする気満々な権力者の横暴について、苦情受付はどこで担当者は誰かと尋ねます」
「王宮の国王じゃない? 頑張って面会予約を取ってよ。僕は元気にやってますって言っておいて」
「・・・ひどすぎるぅっ」
なんでお城にも行ったことのない子供が王様に会えるというの。
しかも教師まで仲間だった。出席表の聴講枠をちらっと見て、授業を始める前に言ったのだ。
「ああ、授業が分からなかったからと一般から希望してきた子達か。熱心なのはいいことだ。よく学びたまえ」
おかげで一般の部はまだ授業が少し優しい感じなのに、それも分からなかったのかという空気がクラス内に流れた。この王子様は経済軍事部なのに、一般部とされたのだ。少しは怒ればいいのに。
(私を隠れ蓑にするーっ!?)
しかも次に行った建築理工部でも、教師は同じセリフを言いやがった。その次もだ。
つまり、これはもう仕込みだ。どのクラスで今後聴講することがあったとしても、「授業を受けても分からなかったので、再度聞きに来ている」という仕込みなのだ。
他の部ならばともかく、一般の部はどうしてもややランクが低いと思われているから、わざわざお近づきになるメリットを見出す生徒は少ない。
(うん、そうだよね。囲まれてちやほやされるのが嫌だったから、今のレイド、とっても爽やかな気分でしょーね)
王子にしてみればこれこそが望んだことかもしれないが、何故、私が付き合わなくてはならないのか。
結果として三つの授業を受けた私は、自分がとても勉強家になった気分だ。私が目指すのは平凡な役人であって、エリートではないのに。
だけど教師が協力状態にある以上、学校長に泣きついてもきっと役に立たない。
少しは申し訳ないと思っているのか、遅くなるお詫びにと、エインレイドに付き合った日は移動車を出してくれるということではあった。そーゆー問題?
なんなのだろう。権力者の横暴がひどすぎる。
「メンバー交代を要求します」
「その交代するメンバーを捜してきてよ。僕が誰であろうと気にしない子」
いないよ、そんなの。王子様って言ったら雲の上の存在。又の名をカモ。
知ったらもう遠慮なくにこにこしながら取り入ろうとしてくれるよ。
うん、そんなことは言えない。
「今のレイドなら、ばれないと思います。そこらの子をひょいっと引っ掛ければ問題なし」
「いや、ばれるよ。いつも一緒にいたら。顔は同じなんだし」
大丈夫。私みたいに王子様の顔を知らない生徒を捜せば・・・。あれ? そうなると一般部しか残らない? いや、他の部でも普通の学校から進学した生徒はいる筈だ。
「よくよく考えたら、殿下、今までの幼年学校でのお友達もいる筈でしょう。その子達はどうなったんです?」
「幼年学校の時は普通にみんなと遊んでたんだけど、上等学校になると今度はお友達だからってのですまなくなる問題も出てきてね。皆、取り入ったと思われないよう、それでいて親しい友人として選ばれるよう、色々と指示されてるんだろうなって感じなんだ。子供なんて家の意向に逆らえない立場だよね」
「・・・それ、うち程度なんて、瞬殺される案件ですよねっ? 要はレイド、今の内から狙われてますよねっ?」
何故か折角だから車内でお喋りしようということで乗りこんできたエインレイドを、昨日とは違う灰色頭の運転手は注意してほしい。
今日の運転手は、校内警備をしながら王子の警護をしている人だとか。
「運転手さん。何か言ってあげてください。大切な王子様が、二人きりの状態で少女に誘惑されそうになってます。不純異性交遊を防止する為にも、二人は引き離すべきです」
「・・・うーん。そちらにいらっしゃるのは、レイド君っていう一生徒だからねえ。少年が少女に変なことをしないよう見張れとは言われているけど、行き先も近くなんだし、そう深く考えなくていいんじゃないかな?」
「え? 近くって?」
するとにっこりと微笑むエインレイドだ。
「だってこの髪、寮に戻る前に落とさないとまずいだろ? だけど学校とかで落とすと、シャワールームの出入りを見られていたらいつばれるかも分からない。折角だからね、君の家の近くに部屋を間借りしたんだ。髪の色を落とす為だけの部屋」
「そこまでしなきゃいけないものだと思わないんですけど。それ、染めたわけでも何でもなく、髪ペイント剤ですよね? どこかでちゃちゃっと洗えば落ちますよ。男なら水でジャバジャバ洗えばいいのです」
「少しでも残っていたらやっぱりどこかでばれるじゃないか。落とし残しがあったら終了だよ」
髪を染めるのと違い、皮膚にはくっつかないけど髪にはくっつくという髪用塗料があるのだ。髪を全く傷めないので、そっちを勧めたのだが、弱点が一つある。お湯で簡単に落ちてしまうことだ。石鹸で洗えば完全に塗料が落ちてしまう。
ファレンディア国の「今日はちょっといつもと違うワ・タ・シ」なおしゃれ用品だが、本当に一時的にしか使えないので、そういう遊び心がなければ使わないし、この国ではあまり売られていない。人気がないのだ。
それをさっと手に入れてきたところが凄い。さすがは国家権力だ。
しかもシャワーの為に部屋を用意するところも凄い。さすがは国家権力だ。
更には無関係で無力な少女を遠慮なく巻きこむところも凄い。さすがは国家権力だ。
「ところで僕が間借りしている場所で僕をおろしてから君の家に行ってもらう? それとも君の家から先に行く?」
「勿論、レイドが先ですよ。私を送ってもらう間にさっさとシャワーを浴びて色を落としてください。時間を無駄にせず、早く寮に戻らないと何事かと思われます。いいですか、レイド。あなたに万が一のことがあってはならないんです。そんなことに私のような庶民を巻きこむことなく、王子様らしく守られて生きていきましょうね」
これでも私はファレンディア国民だった人間だ。時間とは有限で、合理的に使うものだと思っている。自分の趣味の時間は除いて。
するとエインレイドは優しく微笑んだ。
「そっか。そうなると君は僕が使う内緒の部屋を知るただ一人の生徒ってことになるわけだ。二人だけの秘密だね、アレル」
そこでにっこり笑わないでっ。私をどろどろした世界に引きずりこまないでっ。
「やっぱり私の方を先におろしてください、運転手さん。身分がどうこうとかより、人として女の子を大切にできる王子様になってもらわないといけません。人格は大切です。やっぱり女の子を優先できない男の子はみっともないですからね」
負けたなんて思いたくない。だけどのんびりとしたおとなしげな王子様が、ここ数日で狡猾になりつつあるとはどういうことなのだ。本性がコレだったなんて信じたくない。
というわけで、私はあくまで紳士としての嗜みを前面に押し出し、先に私を降ろすよう要求した。
「身分も何も、一般の部に通う真面目な生徒達だそうだからねえ。・・・うーん。最初は一般の女の子を揶揄うなんて感心しないと思っていたけど、負けてないからいいのか」
「よくありません。この権力の波に怯え、震えている私の姿が目に入らないのですか。ここは身も心も頑丈な生徒に変更すべきです。大切な男子生徒をお守りする為にも、しかるべき人選を要求します。王族とか、公爵家とか、侯爵家とか、伯爵家とか、そういう立派なおうちの子供がいるでしょう」
それぞれの爵位を継いでいる本家のご令息ご令嬢じゃなくても、分家とかのご令息ご令嬢を合わせればそれなりの数がいる筈だ。
分家なら爵位はないかもしれないが、貴族同士の婚姻の際は本家の養子扱いとして繋がるから問題はない。
大切なのは私が無事に暮らせることだった。
「善処しよう」
「善処というのは、時間稼ぎに使う言葉です」
人を子供と思って何を言い逃れしやがる。
びしっと私は言ってやった。
「その通り。さて、おうちに着きましたよ、お嬢様。今日は門の前でおろしますね」
「あ、すみません。うち、いつも門を閉めてるんです。送ってくださってありがとうございました」
それでも私はおうちが大好きだ。おやつを用意して私を待っているであろうマーサを思い、いそいそと降りる。エインレイドに手をフリフリしたら、クスッと笑って振り返してくれた。
もしかしたらやんごとなき王子様にこういう手抜きな挨拶はダメだったかもしれない。まあ、いいか。肝心の王子様、気にしてないし。
アレンルードが男子寮に入った今、マーサの愛情は私が一人占めしていた。アレンルードと違って服を泥だらけにしない私なので、マーサも余裕が出てきている。
最近は自宅の模様替えもしているらしく、出来上がったら真っ先に私を招待してくれる予定だ。
(うふふ。今日の食後のデザートはなぁにかな)
ウェスギニー家の門前で私をおろすと移動車は去っていったが、ここは父に泣きついて国王へ直談判をすべきか。エインレイドが王子じゃなければ問題は全くないし、一緒にお喋りしてても気楽で楽しいんだけど、王子が王子じゃなくなる筈もない。
冗談ではない事態だ。
入学したばかりの王子に取り入った女子生徒。
そんな噂が出回った時点で、もう退学しかなくなってしまう。全校生徒のいびりが私に集中する。
(パピーとて、貴族の一員。ましてや学校長とは面識もある。ここはもう頼みこむしかない。軍なら国王へ意見を上げられる部署がある筈だ。私はルードだけでお疲れ様なのだ)
その日、父の帰宅は遅かった。
それでも寝室の扉を少し開けて物音に聞き耳を立てていた私は、父の寝室の扉が開いたことに気づいて起き上がる。
ベッドから飛び降り、ばたばたと廊下を駆けて父の寝室に向かった私は、寝間着姿の父に抱きついた。
「パピー、お帰りなさいっ。聞いてっ。ひどいのっ」
「ただいま、フィル。可愛い愛の妖精。まだ起きてたのかい。寝坊しても知らないぞ」
結論から言おう。
私の要望は父に通らなかった。